第6話 接触


 家の周りの細い道を抜けると、国道に出た。


 普段なら途切れることなく車が走り抜け、たくさんの人々が通る道なのだが、


「改めて見ると、すごいことになってるなぁ……」


 車が大量に乗り捨てられ、割れたミラーやらガラス片やらが、そこらじゅうに散らばっている。

 ほとんどはフロントガラスが割れていたり、一目見てタイヤがパンクしているとわかるなど、実際に使うのはほぼ不可能と思われるものばかりだ。


 それに、いたるところにゾンビたちがゆらゆらと歩いている。

 ゾンビたちはトバリのことを認識はしているようだったが、襲いかかってくるでもなく、一瞬だけぼんやりとこちらを見るだけだ。

 完全に襲われないとわかると、トバリのほうも緊張感が無くなってくる。


 建物もかなり荒らされていた。

 近くにあった建物に入り、中の様子を確かめようとしたが、


「臭っ! なんだよここ!」


 入った途端に、悪臭で鼻が曲がりそうになった。

 すぐに外に出て看板を確認すると、どうやらここはペットショップだったようだ。

 人間の手が入らなくなったために、動物たちが死んで腐敗が始まっているのだろう。


 特に有用なものが手に入るとも思えないし、何よりあの臭いはトバリには耐えられない。

 再びペットショップに入る気は起こらなかった。


 レジの金などはそのままだろうが、ここまで崩壊した世界で紙幣が役に立つのかどうかは疑問だ。

 トバリは一瞬持っていくか悩んだが、すぐに不要だと判断した。


「……ん?」


 ふと、何気なく視界に入ったゾンビに目が行った。


 パンツスーツ姿の、女のゾンビだ。

 黒髪で、顔もそこそこ整っている。

 生きていた時はOLでもやっていたのだろうか。


「うわっ……」


 少し視線を下げたトバリは、思わずそんな声を漏らしていた。


 女の身体の損傷は激しく、腹の部分が抉れている。

 腸がはみ出て、中途半端に溢れているピンク色の肉が自己主張していた。

 それに、その下腹部から突き出ているのは――、


「グロっ……」


 瞳を閉じて、ゆっくりと心を落ち着ける。

 画像で見たことは何度かあったが、さすがに生で見ると少し心にくるものがあった。


 しかし、何度も見ているうちにそれにも慣れ、トバリは気楽な気分でコンビニへの道を進んでいった。






 ゆっくりと歩いていたせいか、コンビニに着くのがだいぶ遅くなってしまった。

 ゆるゆると歩くゾンビたちを無視して、トバリはようやくコンビニへと到着した。


「こりゃひどいな……」


 コンビニのガラスは、ほとんど全て割られていた。

 その痕跡が、ここでかなり激しい戦闘があったことをトバリに想像させる。


 だが、そんな外観とは裏腹に、食料品類はかなり残っていた。

 多少散らかってはいるが、商品はほとんど無事だ。

 おそらく、店内をうろついている三人のゾンビたちが原因だろう。


 ゾンビたちは大きく動くでもなく、ずっとコンビニの中に居座っている。

 ゾンビたちの行動パターンにも謎が多い。

 そのあたりのことも、おいおい調べていきたいものだ。


 トバリはゾンビたちをスルーして、カップ麺や缶詰、レトルト食品などをリュックサックに詰め込んでいく。

 おにぎりやサンドイッチ、それにパン類は、一度開けて臭いを嗅いでみたら少し怪しかったので、適当な場所に捨てておくことにした。

 残念だったが、腹を壊したら元も子もない。


 雑貨類は少し悩んだが、とりあえず電池や医療品をいくらか拝借した。

 他にも何か必要なものがあれば、その都度持ち帰ればいい。


「車でも運転できれば、もっと色々持って帰れるんだけどな……」


 残念ながら、トバリに車の運転の経験はない。

 まあもう免許などなくても関係ないし、生活に余裕が出てきたら、その辺にある車で練習するのもアリかもしれない。


 そうして物色を終え、トバリがそろそろ家に帰ろうとした、そのときだった。


「――ん?」


 コンビニのレジの奥の、ドアが閉まって、おそらく休憩室のようになっている場所。

 そこから、何かの物音が聞こえた気がしたのだ。


 トバリは気のせいかと思い、スルーしてしまいそうになったが、


「だ、誰かいるんですか……?」


「――――」


 今、明らかに人間の声が聞こえた。

 女の声だ。


 それと同時に、店内にいるゾンビが一斉にドアのほうを向く。

 その獲物を狙うような動きは、トバリの胸の中に本能的な不安を感じさせた。


「……は、はい。いますよ?」


 ひとまず、女の問いかけに答えることにした。

 それはトバリにとって、少しでも相手を安心させてあげようと思っての行動だったが、


「――! お、お願いしますっ! 助けてください!」


 女の声が、コンビニの中に響く。

 今にも泣き出しそうなほど切羽詰った様子で、女は姿も見えていない相手に向かって懇願していた。

 それは、本当に精神的に追い詰められた人間だけが発する声色だ。




 ――トバリにとって初となる、生存者との接触だった。

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