第5話 実験


「はぁ……」


 トバリは冷蔵庫の中を覗きながら、ため息をこぼしていた。

 とりあえずの方針を決めたトバリだったが、復讐の前にやらなければならないことがある。


「食べられるものがない……」


 そう。食料の備蓄である。


 現在、トバリの家の冷蔵庫にはほとんど食材が残っていない。

 いくらゾンビを操る力があるとはいえ、このままでは餓死してしまう。


 というわけで、トバリは近所のコンビニへ向かうことにした。






 内心ビクビクしながらも、トバリは家の外へと出た。


「暑いな……」


 じりじりと照りつける太陽が、トバリの体力を奪っていく。

 トバリはできるだけ日陰を通ることにした。


 周りをよく見ると、ガラス片が落ちていたり、不自然な位置で車が止まっていたりする。

 辺りに人の気配はない。


「ん?」


 だが少し歩くと、トバリは何かの気配に気が付いた。

 妙にのろのろとした足音が、曲がり角の向こうから聞こえてきたのだ。

 念のために曲がり角から少し離れたところで待機し、音の正体を探る。


 すると、いた。


 微妙にくたびれたシャツを身に着けたおじさんが、おぼつかない足取りでトバリの前に現れた。

 十中八九ゾンビだろうが、一応声をかけてみる。

 最悪襲われる可能性もあるため、ある程度距離をとっての接触だ。


「すいませーん。少しお伺いしたいことがあるんですが」


 そう言っても、おじさんは一瞬ぼんやりとこちらを眺めただけで、特にそれ以外の反応を示すこともなかった。

 それに、よく見ると腕に噛まれたような傷があった。


 念のために、近づいて心臓の鼓動を確かめたり脈を測ったりしてみたが、生きている気配はない。

 やはりゾンビか。


 しかしゾンビと言っても、今目の前にいるおじさんはきれいなものだ。

 映画に出てくるようなグロさはない。


「やっぱり、襲われないな」


 そして、こうして接近しても、トバリがゾンビに襲われる気配は全くなかった。

 トバリの能力は、刹那以外のゾンビにも有効だということが、これで証明できたわけだ。


 そこでトバリは、自分の能力がゾンビ相手にどの程度効くのか確かめていなかったのを思い出した。


「もののついでだな。ここで確かめとくか」


 次に、刹那以外のゾンビが、トバリの命令を聞くのかを試してみることにした。


「止まれ」


 トバリがそう言うと、ゆらゆらと歩き続けていたゾンビの足が止まった。

 たしかにトバリの言う事を認識して足を止めたように見えるが、まだこれだけでは十分な判断材料にはなり得ない。


「……その場で回れ」


 そう思ったトバリは、ゾンビに向かってその場で回るように命令してみた。

 すると、静止していたはずのゾンビが、その場でくるくると回転し始める。


 緩慢な動きではあるが、たしかにトバリの命令を遵守しているようだ。

 一見すると何の冗談かと思う光景が、目の前に広がっていた。


 そこからは、そのゾンビを使ってどの程度の命令なら実行できるのかを試した。

 その結果、あまりにも複雑な命令は受け付けないらしいことがわかった。


 具体的に例を挙げると、「走れ」「手を上げろ」などの単純な動作や、「そこにある車に乗れ」など対象を具体的に指定した命令ならば、かなりの精度で実行させることができる。

 文字を書けという命令はダメかと思ったが、「〜という文を書け」など、いちいち細かく指定したら書けることがわかった。


 このためだけに紙とペンを持ってきた甲斐があったというものだ。

 面倒極まりないので、もう二度とやらないと思うが……。

 とりあえず具体的に指定すれば、ある程度はトバリの意思を反映させてくれるようだ。


 逆に、物理的に不可能なことや、能力的に不可能なことはできないことがわかった。

 「声を出せ」や、「あの家の屋根によじ登れ」といった命令だ。

 どうやら、ゾンビは声を出すことができないらしい。


 また、トバリ自身がその命令を実行する方法を知らなければ、ゾンビもその命令を実行できないようだ。

 「パソコンを持ってこい」などはいけるかと思ったが、それがどこにあるのかトバリ自身が知らない場合はダメらしい。


 「死ね」というのも効果がなかった。

 これはもしかすると、トバリ自身がゾンビの『死』というものをちゃんと理解できていないからかもしれない。


 ゾンビに命令できる能力については、まだまだわからないことが多い。

 これからもっと調べていかなければいけない部分だ。


 そうしてしばらくゾンビで実験していたが、


「あ、そうだ。コンビニに行くんだった……」


 本来の目的を思い出したトバリは、再びコンビニに向かって歩き始めた。

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