第13話 入学試験


「ね? 大丈夫だったでしょ?」


「ああ。大丈夫だったな」


 教室の中でヘレナに持たされた弁当を頬張りながら、オレは小声でキアラの言葉を肯定した。


 入学試験は、午前中にある筆記試験と午後にある実技試験の二つに分けて行われる。

 筆記試験と実技試験の両方で、学院に入学するにふさわしい学力を持つ者をふるいにかけているわけだ。


 今は午前中の試験が終わって、待機室となっている教室の中で昼休憩の時間の真っ最中だ。

 場所が場所なので、オレの声も自然と小さいものになる。


「なにせ、出た問題がほとんど小学校低学年ぐらいの内容だったからな……」


 受験者の年齢を冷静に考えればわかるはずなのだが、そんなことすら考えられないほど心に余裕がなかったのだろう。

 どんだけテンパってたんだオレは。


 とにかく、筆記試験のほうは余裕で満点を叩き出せるレベルだった。

 残るは実技だが、


「この歳でラルくんより魔術が使える子なんているわけないから、絶対大丈夫だよ」


「だな」


 自惚れているわけではないが、オレの魔術の実力は既に一流の魔術師の域に達している。

 さすがに七歳の子どもに負ける気はしなかった。




 そんなことを話しているうちに、そろそろ実技試験が始まる時間だ。

 いつ試験監督の人間が入ってきてもおかしくないのだが……。


「お、来たか」


 噂をすればなんとやら。

 教員らしき痩せぎすの男が教室に入ってきて、教卓のところに腰を下ろした。


「それでは、ディムール王立魔法学院入学試験、実技試験の説明を始める」


 男の声が教室内に響き、それまでガヤガヤとうるさかった教室が、水を打ったように静かになる。

 さすがだ。


 ディムール王立魔法学院の入学試験の実技試験は、年ごとに内容が異なり、この瞬間まで試験内容が明かされることはない。

 つまり、対策のしようがないわけだ。


 まあ実技と言っても、魔術の試験が行われることは確定しているが。

 前世のように体育的な実技試験が行われることはない。


 さて、今年はどんな試験になるのだろうか。


「……と、言いたいところだが、今年の試験はグラウンドで行う。試験の説明もそちらでする。今から向かうから、ついて来い」


 男はぶっきらぼうにそう言い、少しもオレたちのことを待つことなく歩き出した。

 受験生たちは、慌ててそのあとを追う。

 しかし、グラウンド? 今年から入学試験の傾向が変わったのかな。




 そんな疑問を抱きつつも、他の受験生と一緒にグラウンドに出た。


「……なんだ、あれ」


 グラウンドの真ん中あたりに、人形のようなものが立っている。


 ざっと十体はいるな。

 全体的に白っぽく、顔はない。

 前世で言うとマネキンが一番近いだろうか。


 あんな奇妙なもの、普段から置いてあるとは思えない。

 となると……。


「もう見つけて気になっている者もいるようだが、今年の入学試験は、お前たちに触れずに・・・・あの人形を倒してもらうことだ」


 やはりあの人形は入学試験で使用するものだったか。


 触れずに、ということは、遠距離から攻撃するしかない。

 飛び道具なんて今手元にあるはずもないし、魔術を使えない人間のことなど欠片も考慮していないな。


「倒したという判定は、人形を破壊するのが一番高い評価になるが、単純に転ばせただけでも加点対象にはなる。ただし、人形に直接触れた場合、その時点で失格になるので注意しろ」


 ふむふむ。

 完全に魔術の試験だなこりゃ。


 とにかくオレがやるべきなのは、あの人形を破壊することだ。

 強度は大したことなさそうだし余裕だろう。


「なお、この試験は今ここにいる受験者全員が同時に行う。以上だ」


 全員?

 ……そうか、全員か。

 そうなると話が少し変わってくる。


 魔術が使えなくても、この試験で加点される可能性が出てくるな。


 今の説明を聞いた限りだと、他の受験者を人形にぶつけて転ばせたりした場合でも加点されそうだ。

 それでも、かなり厳しい試験になることは想像に難くない。


 まあ、魔術を使えるオレがそんな抜け穴的な方法を取る必要はないが、一応いくつか聞いておくか。


「いくつか質問してもいいでしょうか?」


「なんだ?」


「この教室にいる受験者全員、同時に試験を行うと仰(おっしゃ)いましたが、加点の条件となる人形はあそこにある十体だけなのですか?」


 男はニヤリと笑って、


「いい質問だ、ガベルブック。その通りだ。つまり、お前たちのうち最大十人までしか加点対象にはならない」


 男の言葉を耳にした受験者たちがどよめいた。

 なるほど。なかなかエグい試験だ。

 てか先生、オレの名前知ってるんだな。


「その試験中は、基本的には何をしてもいいんですか?」


「ああ。だが、ディムール王国の法を犯すようなことをした場合は、即刻退場してもらうから注意しろ。特に、他の受験者への攻撃は厳しく処罰するのでそのつもりでな」


 当然だが、さすがにその辺の規制はあるか。


「質問は以上か?」


「僕からはそれだけですね」


「他の者は?」


 男がそう尋ねたが、返ってきたのは沈黙だった。




「よし。それでは、ただいまよりディムール王立魔法学院入学試験、実技試験を開始する!」




 まさか、今この瞬間に試験が始まるとは思っていなかったのだろう。

 他の受験生たちは、戸惑ったような表情を浮かべながら固まっている。


 だが、オレは既に動いていた。


 まず、人形を受験生たちの攻撃から守るために、土属性の中級魔術『岩壁(ロックウォール)』ですべての人形を囲うようにして高い岩の壁を作った。


 その高さはおよそ十メートルほど。

 前世の建物で換算すると、だいたい三階ぐらいの高さだ。

 今の年齢で、この壁を越えられる奴は少ないだろう。


「なに!? 無詠唱だと!?」


 オレの隣にいた黒髪の少年が声を上げる。

 その表情は驚きに染まっていた。


 やはり無詠唱魔術は珍しいようだ。


 まあ今はそれはいい。

 オレもさっさと人形を倒さないと。

 守っているだけでは、この試験はクリアできないからな。


「よ、っと」


 風精霊(シルフ)の助けを借りて、ひとっ飛びに岩の壁の上に飛び乗った。

 ほとんど音のしない、完璧な着地を決める。


 人間離れしたその動きに、周りの視線が集まっているのを感じるが、今は無視だ。


「お、いたいた」


 下のほうを見ると、人形たちは全く動くことなく、変わらずその場に佇んでいる。

 やはり、岩の壁を越えるのは他の受験生たちにはまだ無理か。


 倒す人形は一体だけでいいな。

 別に他の入学生の数を減らしたいわけじゃないし、そんなことをしたら協調性がないと判断されて弾かれるかもしれない。


 そう判断したオレは、指の先端に火属性の下級魔術『炎球(ファイアーボール)』で作った弾丸を灯した。

 一瞬の迷いもなく、それを人形めがけて放つ。


 爆音と共に、狙いを定めた一体の人形が粉々に砕け散った。

 これで試験はクリアできただろう。


「……まさか、これほどとは」


 試験官の男の顔は、驚きの色に染まっていた。

 オレが岩の壁の上へと登ったときに、この男もここまでやってきたのだ。

 人形の状態を確認するためだろう。


「ありがとうございます。これで試験はクリアですかね?」


「ああ、文句なしに合格だ。これからも期待しているぞ、ガベルブック」


「ご期待に添えるように頑張らせていただきますよ」


 何はともあれ、無事合格できそうで何よりだ。

 そういえば、キアラはどこへ行ったのだろうか。

 先ほどから姿が見えない。


 いや、別にいなくて寂しいとかそういうことじゃない。

 本当にそういうことじゃないんだが、少し気になった。


「ところで、この『岩壁(ロックウォール)』の魔術を解除してほしいのだが、できるか?」


「あ、はい。できますよ」


 それは、他の受験生たちがここまで登ってくる気配がない故の頼みだろう。

 このまま誰も人形を倒せないと、試験にならないからな……。


「それじゃ、解除しますね」


 オレが魔力を込めて、『岩壁(ロックウォール)』の魔術を解除しようとした、そのときだった。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 一人の少年が岩の壁の上まで上がってきた。


 息がかなり上がっている。

 魔術を使った形跡はない。


 まさか、魔術も何も使わずに自力でここまで登ってきたのか?


「……我が名の下に集え、火精霊(サラマンダー)! 『炎球(ファイアーボール)』!!」


 そして、オレと同じ魔術で一体の人形を倒すことに成功した。


 あれは……詠唱の省略か。

 本来、魔術は長ったらしい詠唱が必要不可欠なはずなのだが、少年の口からそんなものは出てこなかった。


「お、オールノートも優秀だな。お前が二位だ」


「……ありがとうございます」


 オールノート?

 よく見ると、先ほどオレの無詠唱魔術を見て驚いていた少年だった。


 ふむ。

 オールノート、か。

 覚えておくか。




 こうして、オレの入学試験は無事に終わった。

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