第4話 はじめてのまじゅつ
三歳になった。
そろそろ言語を喋っても問題ない時期だと思い、最近はキアラ以外の人の前でも言葉を発するようにしている。
足腰がしっかりしてきたおかげで二足歩行もできるようになった。
順調に成長中だ。
最近になって、ようやく父親の名前を知った。
父親の名前はフレイズ・ラヴニカ・ガベルブック。
上流貴族、ガベルブック家の当主だ。
つまりオレは、そのガベルブック家の長男、この家の跡取り息子というわけだ。
フレイズはかなり忙しい人らしく、オレの前には滅多に姿を現さない。
だが、そんな忙しい合間を縫ってたまにオレに会いに来ては、わしゃわしゃと頭を撫でながら色々な話を聞かせてくれた。
もっとも、フレイズは息子が自分の話を理解しているなどとは夢にも思っていないだろうが。
フレイズの話とキアラの補足のおかげで、この国について色々なことを知ることができた。
オレが今いるのは、この世界の中央に位置し、人間族によって統治されているディムール王国という国だ。
ちなみにディムール王国の北側に位置しているのがエノレコート王国、南側に位置しているのがロミード王国だ。
エノレコート王国は天族が、ロミード王国は魔族の中でも魔人という種族が統治している。
天族は、背中に純白の羽根を持っているのが特徴だ。
つまり、ヘレナは天族の出身ということになる。
ちなみに、羽根以外の部分で人間族と異なる部分はほとんどないらしい。
ヘレナがガベルブック家に嫁入りしていることを考えると、天族との関係は比較的良好なのだろう。
魔族はもう少しややこしく、魔族と一括りに言っても複数の種族が存在しているらしい。
有名どころで言えば、獣人やエルフ、魔人系の人々だ。
エルフや獣人の外見的な特徴は、オレの知識と照らし合わせても大きな差はなかった。
が、魔人だけは少し特殊で背中から悪魔の翼が生えている。
天族の逆と考えればわかりやすいか。
ちなみにこの世界にある大陸はオレたちがいるドーガ大陸だけで、他に大陸は存在しない。
大陸の東側は山で、西側と南側と北側は海で囲まれている。
その向こう側に何があるのか調べようと何度も調査隊が派遣されたようだが、その全てが失敗に終わっているらしい。
つまり、山の向こうや海の向こうに何があるのかはわからないということだ。
そのうち行ってみたいもんだね。
……ガベルブック家のところまで話を戻そう。
ディムール王国の中でも、ガベルブック家は王族が最も信頼のおける貴族の一つとして、今の地位を守っている。
先祖代々武闘派の貴族で、フレイズはこの国における陸軍の総司令官に任命されているそうだ。
さらっと言ったが、これはものすごい権力を持っているということにほかならない。
学校でいじめられたとしても「パパに言いつけてやる!」と言うだけで、だいたいのことが何とかなりそうだ。
恥ずかしいからやらないけど。
ちなみに、フレイズの背中には羽根は生えていない。人間族である証拠だ。
今まで出会ってきた人(と言っても、両親とメイドのミーシャぐらいしかいないのだが)の中で、背中に羽根が生えているのはヘレナだけだ。
おそらく、ディムール王国の中では天族のヘレナの存在が特殊なのだろう。
キアラとの仲も良好だ。
それどころか、最初よりさらにデレデレされている感すらある。
けっこうきわどいスキンシップも多い。
これは本人から直接聞いた話だが、幽霊であるキアラは、オレ以外の人には見えないし、触れないし、声も聞こえないらしい。
それを聞いて、少し胸が痛くなった。
そういえば、キアラという存在は、ほかの人たちには内緒にするように言われている。
どうやら生前に色々とやらかしたようで、キアラという名前を口に出すだけでもちょっと危ないそうだ。
ホントに何やらかしたんだよ……。
オレ以外の物には一切触れることができないキアラだが、魔術などを使って世界に干渉すること自体はまだ可能だ。
現に、オレが魔術を失敗してしまったとき、キアラに尻を拭いてもらった回数は両手の指では数えきれない。
魔術といえば、そっち方面の勉強も順調だ。
この世界の魔術には火、水、風、土、闇、光、無の七属性があり、それぞれの属性を司っているのが、
『
『水精霊(ウンディーネ)』
『風精霊(シルフ)』
『土精霊(ノーム)』
『闇精霊(タナトス)』
『光精霊(アルテミス)』
『無精霊(ヴァニティ)』
この七種類の精霊だ。
ちなみにオレには、全ての属性の適性がある。
これはかなり珍しいらしい。
また、魔術の強力さを指し示す指標として等級というものがある。
等級は低いほうから初級、下級、中級、上級、皇級、精霊級、神級の七段階あり、どれか一つの属性でも上級の魔術が使えれば一人前とされている。
最近になってようやく、自分の中にある魔力の流れを知覚することができるようになった。
結局、三年近くかかったことになる。
これもキアラのおかげだ。
生前にはなかった自分の中の魔力の感覚を掴むのは根気のいる作業だったが、彼女がいなければオレはずっと魔術を使うことができなかったに違いない。
それに伴って、無属性以外の全ての属性、つまり六属性の初級の魔術を習得することに成功した。
無属性に関しては、初級といってもかなり難しいらしく、キアラ曰く「気長にやってればそのうちできるようになるよ」とのこと。
というか、無属性は魔術学校でも教えていないほど珍しい属性で、その使用者もほかの六属性に比べて相当少ないのだとか。
無属性以外の六属性の、初級の無詠唱魔術も習得した。こちらは特に苦労することもなかった。
元々『詠唱省略』の能力を持っていたのが大きかったのだろう。
つまりオレは今、無属性以外の六属性の初級の魔術を、無詠唱で使うことができるわけだ。
これからも、六属性の魔術の等級を上げること、まだ使用することができない無属性の魔術を習得することを目標に頑張っていこうと思う。
そんな、とある日の昼下がりのこと。
「ラルもそろそろ、お外に出てみよっか」
そう提案したヘレナに手を引かれて、オレは初めて家の外に出た。
家の外と言っても、ただの庭だが。
「わーっ! ひろいですね、かあさま!」
……キアラ以外の人の前では、できるだけ子供らしい喋り方を心がけるようにしている。
ちなみにキアラは基本的に、昼にはオレのそばにいない。
だいたい八時間ぐらいしかオレの前に現れることができないらしく、両親からの接触が少ない深夜の時間帯にどこからともなく現れることが多い。
それより、今は庭だ。
ただの庭だと思っていたが、想像していたよりもかなり広い。
見渡す限り、庭園の全面が芝生の緑色で覆われている。
草の香りがオレの鼻腔をくすぐった。
庭園の真ん中には大理石で造られた白い噴水があり、そこを囲うように、屋敷と玄関を繋ぐ道が舗装してあった。
屋敷は外から見ると白塗りで、どこかレトロな雰囲気を漂わせている。
そういえば、自分の住んでいる屋敷を外から見たのは初めてだな。
「ラル」
「はい? なんですか?」
素晴らしい庭に見惚れていたせいで、ヘレナの声に反応するのが若干遅れた。
「……かあさま?」
いま、オレを呼ぶ声が若干硬かったような気がしたのだが、気のせいだろうか。
ヘレナは真剣な表情でオレのことを見つめている。
心なしか、彼女の背中から生えている白銀の翼もこわばっているように見えた。
「よく聞いてね、ラル。……ラルには、今日からここでしてほしいことがあるの」
「してほしいこと?」
何だろう。想像もつかない。
ガベルブック家が没落して借金まみれになったので、今日からあなたにも働いてもらいます! とか?
「今日から、ママが魔術の特訓を、ミーシャが剣の稽古をつけるわ。だから、ラルにはそれを一生懸命やってほしいの」
ああ、なるほど、戦闘訓練か。
いつ始めるのかと思っていたが、ようやくその日が来たようだ。
深刻な表情をしていたので、何をやらされるのか不安だったが、そういうことなら返事は一つしかない。
「うん! わかった!」
オレの元気な返事を聞いたヘレナは、ほっと安心したように胸をなで下ろした。
「じゃあまずは、ラルの身体の中にある魔力を感じ取るところから始めるわね」
こうして、ヘレナの個人レッスンが始まった。
ヘレナの教え方はうまい。
オレの本質を見抜けていない分キアラには劣るかもしれないが、それでもかなりわかりやすい説明でオレの理解を深めてくれる。
オレが体内の魔力を一発で感じ取ると、ヘレナはオレのことをべた褒めし、さらに発展的な内容に進んでいった。
「それじゃあ、ラル。まずは初級の火属性魔術から試してみましょう」
そう言って、ヘレナは魔術の説明を始めた。
いい復習になるのでありがたい。
説明を聞きながら、キアラとの訓練を思い出す。
やり方は簡単だが、慢心してはいけない。
ただ淡々と、できることをやるだけだ。
指先にほんの少し魔力を込め、使用したい属性の精霊たちの力を借りる。
そして、叫んだ。
「――
短い詠唱。
しかし、これで十分だ。
その言葉を発した直後、オレの指先には小さい火が灯っていた。
「すごいわラル! まさか一回目で成功させちゃうなんて!」
まさか、一回で成功するとは思っていなかったのだろう。
ヘレナはオレのことをぎゅっと抱きしめて、その豊満な胸に顔を押し付けた。
ものすごく喜んでくれているのはわかるんだけど、これやられると窒息する。
その日の練習はオレが窒息して失神したため、お開きとなった。
後で、ヘレナがミーシャにめちゃくちゃ怒られていたのは秘密だ。
その日から、オレは毎日魔術と剣術の訓練を受けて過ごした。
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