第3話 はじめてのともだち


 自分のことを幽霊と名乗った少女――キアラ。

 その衝撃的な自己紹介を聞いて、オレは密かに混乱していた。


「あ。その顔、信じてないでしょ?」


「あー。信じてないわけじゃないんだが……」


 いや、まあ薄々は感づいてましたよ?


 だってよく見たら微妙に浮いてるし。

 もっとよく見たら向こうが若干透けて見えるし!


 でも、幽霊だなんてそんな――あ。


「そういうことか」


「そそ。私は幽霊だから、『呪術系統無効』の能力に引っかかっちゃうんだよね」


 理解できた。

 それならばキアラがオレに弾かれてしまったのにもある程度納得はいく。

 さらに、目の前にいる少女が幽霊であるという信憑性も俄然増すことになる。


 冷静に考えたらこうして幽霊と普通に話しているという状況はかなり異様だが、こいつ幽霊のクセに全然怖くないんだよな。

 とりあえず、キアラが幽霊であるという主張は信じるとして。


「で、キミは何者なんだ? どうしてオレの前に現れた?」


 それは、最初からオレが疑問に思っていたことだった。


「キミ、なんていう他人行儀な呼び方じゃなくて、私のことはキアラって呼んでほしいな。私もキミのことをラルくん、って呼ぶから」


「呼び方なんてどうでもいいだろ」


「どうでもよくありませんー。ほらっ、キアラ、って呼んで?」


 ぷりぷりと怒りながら、口うるさく自分のことを名前で呼べと喚くキアラ。うざい。


「あっ! いま私のことうざいって思ったでしょ!? ひどい!!」


「あー、わかった。オレが悪かった。じゃあ、キアラ。キアラはどうしてオレの前に現れたんだ?」


「むぅー……」


 無理やり話を終わらせると、キアラは腑に落ちないといった表情でオレを見ていた。

 が、不意に優しげな顔でふっ、と笑って、




「ラルくんのことが、好きだからだよ」




 思考が停止した。


 ラルくん。

 生後二か月にして、早くも愛を告白されました。

 幽霊に。


 いやいやいやいや、待て待て。

 どう考えてもおかしいだろう。


「……えっと」


「わかってるよ。こんなこといきなり言われても、戸惑うだけだよね?」


 オレの戸惑いに理解を示すように、キアラは微笑む。

 そりゃ戸惑いますよ、ええ。

 なんでこんな生後二か月の幼児に惚れてるんだこの幽霊は。


「ラルくんは、まだ全然この世界のことを知らない。だから、ラルくんがこの世界で幸福に生きられるように、少しでも力になれればって思ってる」


 おそるおそるといった様子で、キアラがオレの頬に触れる。


 オレは抵抗しなかった。

 受け入れなければ、またキアラが消えてしまうような気がしたから。


 触れ合った肌の部分が温かい。

 その感触は、どうしても幽霊のものとは思えなかった。


「ラルくん……」


 そのままぎゅっと、キアラに抱きしめられた。

 薄い胸にオレの頭が押し付けられる。

 安心して力が抜けた。


 どうしてこんなに、懐かしいような感じがするのだろう。

 この感覚の正体はわからないが、不思議と悪い気はしなかった。


「私のことを利用するだけでもいいの。いいように使ってくれるだけでもいいの。だからお願い、あなたのそばにいさせて……」


 胸元に抱きしめられているため、今の体勢ではキアラの表情を窺い知ることはできない。

 だが、彼女の声が震えているのはわかった。


「……よく、わからないんだ。キアラがどうして、オレのことをそんなに想ってくれているのか」


 だってオレは、キアラに何もしていない。


 やったことといえば、無意識のうちに彼女を拒絶して、二か月もの間彼女を謹慎させたぐらいである。

 さすがにアレで好感度が上がった、なんてことはないだろう。


「でも、わからないことだらけだけど、少しわかってることもある」


 顔を上に向ける。

 残念ながら月が雲に隠れているせいで、キアラの顔は見えなかった。


「オレは、キアラのこともこの世界のこともよく知らない。だからこの世界のことを、キアラのことを、これからもっと知っていきたい」


 わからないなら、これから時間をかけてわかっていけばいい。

 知らないなら、これから時間をかけて知っていけばいい。


 キアラのこと。オレのこと。この世界のこと。

 知るべきことも知りたいこともたくさんある。

 それに、そのために使える時間が、オレたちにはあるはずだ。


「まずは、オレと友達になってほしい。それから、オレに色々なことを教えてくれ。キアラ」


 キアラの身体がピクリと震えた。


 これはきっと、彼女が望んでいた返事には程遠いのだろう。

 しかしオレも、よくわからない幽霊からの告白をそう簡単に受け入れるわけにはいかない。


 だからこそ、これからお互いのことをもっとよく知っていかなければいけないと、そう思ったのだ。


 ……でも、どうしてだろう。

 きっとオレは、キアラのことを好きになる。そんな予感がした。


「……任せて! 私が責任を持って、ラルくんに教えられることは全部教えてあげるから!」


 月を覆っていた雲が流れ、キアラの顔が月明かりに照らし出される。

 とても綺麗なキアラの横顔。

 その寂しげな表情が、記憶の中の誰かと重なって見えた。


「ああ。これからよろしく、キアラ」


「うん! よろしくね、ラルくん!」


 こうしてオレに、異世界に来て初めての友達ができたのだった。







「さて。じゃあまず、ラルくんのステータスを確認してみよっか!」


 どこか吹っ切れた様子のキアラは、にこにこしながらそんな提案をしてきた。

 いきなり元気になったな、こいつ。


 ところで、さっそく聞き覚えのない単語が飛び出してきた。


「ステータスってのは?」


「ステータスっていうのは、その人が持ってる能力の一覧表、みたいなイメージかな。ラルくんがいた世界にあったゲームとは違って、HPとかMPとかの数値はないけど」


 ふむふむ。なるほど。

 HPやMPといった数値的な概念はないのか。


 ということはやはり、ここはゲームの世界などではなく、現実に存在する異世界という一つの世界だというわけだ。


 ……って。ちょっと待て。


「キアラは、オレが転生者だって知ってるのか!?」


「知ってるよ?」


 あまりにもあっさりとキアラは首肯した。

 それがまるで、なんでもないことのように。


 思い返してみれば、それをほのめかすようなことは言っていたような気がする。

 というか、生後二か月の赤ん坊が普通に喋っている時点でお察しか……。


「あ、でもラルくん。間違っても自分が転生者だ、なんて周りの人に言っちゃダメだよ? 本当に信頼の置ける人になら打ち明けてもいいけど、バレたら最悪、国から追われることになっちゃうからね」


「わかった」


 元から言うつもりなどない。

 オレも、自分が転生者だと身近な人たちにバレるのは避けたいからな。


 嘘をついているような感じがして、少し心苦しくはあるんだが、背に腹は代えられない。

 

「それじゃあ、ラルくんのステータスを見てみるね」


「頼む」


 いよいよ、オレのステータスを見てもらうことになった。

 頼むと言っても、オレがやるべきことは特にないようだ。

 先ほどからただ黙ってキアラに抱きしめられ続けている。


「…………あー。なんというか、うん。無茶苦茶だね。規格外もここまで来ると声も出ないというか……」


 キアラは軽く引き攣った顔で、オレの頭上を見つめているように見える。

 そこにオレのステータスが表示されているのだろうか。


 それにしても、規格外? 

 オレはそんなにすごいのだろうか。

 自分で魔力の流れも感知できないダメ野郎だと自負していたのだが。


「お、ラルくんも『能力解析』持ってるじゃん。ラルくんも自分で自分のステータス見れるよ」


「どうやるんだ?」


「見たい相手を視界に入れて、頭の中で『能力解析』って念じるだけ。そうしたら目の前にスクリーンみたいなのが出てきて、そこに能力が表示されるの。簡単でしょ?」


「おぉ、たしかに簡単だな」


 でもこれ、『能力解析』を持ってる奴と持ってない奴との格差が大きすぎないか?

 この能力を持っていないと、自分が今どんな能力を持っているのか確認できないのはかなり不便だと思うのだが。

 その辺も後でキアラに聞いてみるか。


「えーと、どれどれ」


 オレも自分のステータスを見てみることにした。


 キアラに教えてもらった通り、頭の中で『能力解析』と念じてみる。

 自分のちっちゃい手を視界の片隅に入れるのも忘れない。


 すると目の前にキアラの言った通りスクリーンのようなものが現れ、そこにオレのステータスが表示された。




ラルフ・ラヴニカ・ガベルブック 人間族


『言霊との調和』

『リロード』

『高速移動』

『強制移動』

『運命歪曲』

『搾取』

『思考誘導』

『能力解析』

『隠蔽』

『威圧』

『気品』

『気配遮断』

『詠唱省略』

『状態異常無効』

『呪術系統無効』

『衝撃無効』

『気絶無効』

『風圧無効』

『震動無効』

『威圧無効』

『気配察知』

『寒さ無効』

『暑さ無効』

『回避力大幅上昇』

『体力大幅上昇』

『魔力保有量大幅上昇』

『魔術攻撃力大幅上昇』

『魔術防御力大幅上昇』

『攻撃力大幅上昇』

『防御力大幅上昇』

『精神力大幅強化』

『効果持続時間大幅延長』

『自然治癒速度大幅上昇』

『自然回復速度大幅上昇』

『触手』

『超運』

『火属性耐性』

『水属性耐性』

『風属性耐性』

『土属性耐性』

『闇属性耐性』

『光属性耐性』

『無属性耐性』

『火属性攻撃付与』

『水属性攻撃付与』

『風属性攻撃付与』

『土属性攻撃付与』

『闇属性攻撃付与』

『光属性攻撃付与』

『無属性攻撃付与』

『火属性適性』

『水属性適性』

『風属性適性』

『土属性適性』

『闇属性適性』

『光属性適性』

『無属性適性』

火精霊サラマンダ―の加護』

『水精霊(ウンディーネ)の加護』

『風精霊(シルフ)の加護』

『土精霊(ノーム)の加護』

『闇精霊(タナトス)の加護』

『光精霊(アルテミス)の加護』

『無精霊(ヴァニティ)の加護』

『言霊の加護』

『料理』

『手芸』

『調教』

『剣術』

『槍術』

『棒術』

『弓術』

『体術』

『投擲』

『魔術』

『錬金術』

『世界から愛された存在』

その他未開放能力多数




 ……うわー、なんかいっぱいある。

 それが最初に抱いた感想だった。


 基準がわからないので何とも言えないのだが、オレのステータスはそんなにすごいのだろうか。

 なんか大量にありすぎてイマイチピンと来ない。


 そんな中でも、一際目を引くものがあった。


「これ、オレの名前か」


 ラルフ・ラヴニカ・ガベルブック。

 これがオレの本名なのだろう。

 隣にある人間族、というのは種族名だろうか。


 まあ、オレの能力は後でキアラに説明してもらうとして……。

 オレはずっと気になっていた、キアラのステータスを見てみた。




キアラ


『世界から拒絶された存在』




 少ねぇ!! というか一個!!

 しかもなんだこの、『世界から拒絶された存在』って。


 オレの訝しげな表情を読み取ったらしいキアラが、苦笑いを浮かべながら、


「あー。やっぱりまともに表示されないか」


「やっぱり?」


「厳密に言うと、私ってもうこの世界にはいないんだよね。幽霊だし」


 なるほど。

 それで『世界から拒絶された存在』か。


 そうだよな。

 さっきも、オレに対して『能力解析』を使っていたし、少なくとも何の能力も持っていないということはあるまい。

 単純に表示されてないだけか。


「じゃあキアラ。さっそくだけど、オレの能力について説明してくれ」


「はーい。まず、『言霊との調和』から説明するよ」


「お願いします」


「お願いされましたっ。『言霊との調和』は、簡単に言えば自動翻訳機能のようなものだね。自分の知らない言語であっても、それを聞けるし、読めるし、書けるし、話せる。この能力を持っている人はかなり少ないよ」


「ふむふむ」


 俗に言う言語チートか。

 なぜこちらの世界の文字が読めるのか不思議に思っていたが、この能力のおかげだったわけだ。


「次の『リロード』だけど……」


 幼子に語りかけるように、ゆっくりとわかりやすい説明をオレにしてくれるキアラ。

 その表情は、とても輝いて見えた。


 これを見れただけでも、キアラと友達になった甲斐があったというものだ。

 恥ずかしいから絶対に口には出さないけど。




 こうしてオレはキアラから、自分が持っているすべての能力についての説明を受けたのだった。

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