第13話 少年の薬は初めて売れた

 マスターが店内に呼びかけると一人の女性が手をあげた。その女性は赤髪で軽装の鎧を身にまとい、腰には短剣を携えている。


 ふらふらと危なっかしい足取りでこちらに向かってきた。頬は紅潮していてパッと見ただけで酔っているのが分かった。


「なになに? マスター。魔力切れてるけど何か用?」


 赤髪の女性は椅子に座ってカウンターに肘をつく。マスターへの態度を見るに酒場の常連みたいだ。


「おう、ハーロット。この少年が回復薬売りたいらしくてな。実験台になってくれ」


 ハーロットと呼ばれた女性と目が合う。どこか見たことのあるような顔つきだった。


「いいよ。これ?」


 彼女は隅へと追いやられた薬瓶を持ち上げると僕とマスターが止める前に口に含む。そして、彼女は勢いよく薬を吐き出した。


「ぶはぁ!」


 カウンタ―の上が緑色に染まる。


「なにこれ! マスターこれ腐ってるよ!」


 マスターは頭を抱えている。僕の薬はそんなに不味いのかと僕も落胆する。


「ハーロット……。俺が試してほしいのはこっちだ……」


 彼女が吐き出した液体を拭きながらマスターは塗り薬を差し出す。


「それを早く言ってよ」


 彼女は瓶のふたを開けると口に入れようと瓶を傾ける。僕は咄嗟に彼女の手を掴んで止めた。


「なに?」


「これは塗り薬なんです」


 僕は瓶の中に指を突っ込んで中身を取り出して見せる。

 彼女の疑念に満ちた目が僕とマスターに向く。マスターが無言で頷くと彼女は僕に手のひらを見せた。

 僕は差し出された彼女の手のひらに薬を塗る。武器を振るう彼女の手は僕よりも硬かった。


「どうだ?」


 マスターが彼女に問いかける。彼女はじっと自分の手のひらを見つめている。


「うーん、じんわりと温かいのは分かるけど、魔力回復薬って言う割にはあんまり……」


 彼女が言葉を言い終わる前に僕はがっかりする。

 やはり僕の薬は村の外では通用しないのだろうか。市場で売れないのも当たり前のことだったかもしれない。

 ふと隣に目をやるとすでに彼女はカウンターに突っ伏して眠っていた。



「マスター。俺にもその薬、試させてくれないか?」


 俯いている僕の背後から声がする。振り返ってみると大柄な男性がこちらを見下ろしている。僕はヒュッと息をのんだ。


「おうバルト。いいところに来てくれた。少年、こいつにもいいか?」


 マスターの問いかけに僕は無言で頷く。バルトと呼ばれた男性は薬を指先で取ると手のひらに塗った。


「ほう。なるほどな。これは少年が作ったのか?」


 バルトの問いかけに僕はまた無言で頷く。


「大したもんだ。一つもらおうか。いくらだ?」


 その言葉に僕は椅子から落ちそうになるほど嬉しくなる。


「ありがとう!小銀貨二枚です!」


 塗り薬はファブロに言われた通りに効果を抑えているため飲み薬よりも一枚分安く値段設定をしている。

 バルトは僕の答えに頷くと腰元から銀貨を取り出してカウンターに置いた。

 僕は銀貨を受け取ると鞄から新しい薬を取り出してお試しで使った薬と一緒にバルトに渡す。

 バルトは薬をポーチにしまうと隣で潰れているハーロットの首根っこを掴んで自分の席へと戻っていった。


「よかったじゃないか少年」


「うん!」


 僕は力強く返事をすると、ちょうど僕の前に料理が置かれる。薬が売れた喜びからか一層美味しく感じた。


 食べ終わった僕はマスターにお礼を言って酒場を出る。

 扉を閉めようとちらりとカウンターの方に目を向けるとバルトと呼ばれた男性がさっきまで僕がいた椅子に座っているのが見えた。


 僕は気にすることもなく、宿の自室へと戻った。



 部屋に戻ると鞄を置くや否やベッドに飛び込んだ。毛布にくるまってゴロゴロとベッドの上を転がる。自然と笑みがこぼれて気持ちの悪い笑いがあふれ出た。


「やった!」


 こぶしを握り締めて突き上げる。村の外の人に初めて認めてもらえた気がして達成感と嬉しさでいっぱいだった。売り上げはたったの小銀貨二枚だったがそんなことはどうでもよかった。


 僕は幸せな気持ちで眠りについた。

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