第1章 新人薬師編
第1話 少年は手製の薬で儲けたい
少年は悩んでいた。
薬を売るため都へと出てきたのはいいが、全く売れやしない。効能は村の人のお墨付きを得ているがどうにもこうにもうまくいかなかった。このままでは冬を越す貯蓄もできない。
隣の露店の商品が無くなっていくのを見送るだけで今日も太陽が沈んだ。
「はぁ、今日も売れなかった」
綺麗に並べた薬瓶を丁寧にかたづけながら枯れた声でつぶやく。今日で都へと出てきて四日目、宿に泊まるための路銀もまもなく尽きる。帰るための馬車の運賃を考えると明日がタイムリミットだ。なんとか村へとお金を持って帰るためにため息を深呼吸に変えて顔を上げる。
そして少年は明日こそと決意を胸に宿へと向かった。
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宿の扉を開けるとキィと軋む扉の音に気づいた受付の女性に迎えられる。
「おかえり。今日はどうだった?ってその顔は今日もダメだったみたいだね」
心とは裏腹に体は正直だったのかすぐさま見透かされる。宿泊も四日目となれば多少の顔見知りにもなった。
「ただいま。今日も一本も売れなかったよ」
「そっか、残念だね。ところで今日も食事は無し?」
この宿は食堂というか酒場も隣接していて宿賃に追加で払えば通常より安く食事を提供してくれている。僕はすこし考えて、残り僅かな路銀を明日への英気を養うために使うと決めた。
「いえ、今日は食事もお願いします」
「まいどあり。じゃあ、はい。部屋の鍵と食事交換用の木札ね。隣はそれなりに遅くまでやっているけれど、あまり遅いと食材なくなるから早めのほうがいいよ~」
僕は鍵と木札を受け取ると受付に一礼をして部屋へと向かった。ぎしぎしと鳴る階段と廊下を抜けて突き当りの古びた扉を開けて新鮮味を感じない部屋へと入った。
鍵と木札と一緒に食料や水が入った鞄は備え付けの机の上に、薬瓶が入った大きな鞄は部屋の中央に置いてベッドの上に倒れこむ。柔らかなシーツに包まれると今にも眠ってしまいそうだ。
閉じかけた瞼をハッと開いて体を起こすと大きな鞄の隣に座って薬瓶に破損が無いか点検を始める。
僕は眠い目をこすりながら埃で汚れた瓶を一本ずつ拭きながら今日までを振り返った。
まずは初日。都へ着いたのが昼過ぎだったのでめぼしい場所はすでに取られていた。結局は人の往来があまり激しくない外れに店を構えた。立ち止まる人もあまりおらず、立ち止まっても既に商品を手に持っている人がほとんどで一本も売れることはなかった。
つづいて二日目。朝早くから場所取りに出た結果、良い位置につくことは出来たが、その分大きな露店と競合することになってしまった。地面に敷いたローブの上に置いてある薬瓶は周りに比べればとてもみすぼらしく見えて、売れることはなかった。
さらに三日目。受付のお姉さんに相談してテーブルを一つ借りて薬瓶を置くためのスペースを確保した。そして、人の往来も多すぎず少なすぎずといったところに店を置いた。その甲斐あって立ち止まる人も、商品の説明を求める人も多くいた。しかし、店員が少年だけと知るとすぐに皆が踵を返した。ついぞ、一本も売れることは無かった。
そして今日。昨日に続いてテーブルを借りて同じ場所に店を置いた。店員を新しく雇う余裕などあるはずもなく、できる限り綺麗に薬瓶を並べた。さらに最終手段として値段を大幅に下げた。しかしそれが裏目に出てしまったのか昨日よりも立ち止まる人が減ってしまった。商品の説明を懇切丁寧にすればするほど客の顔が曇っていった。結局一本も売れることは無かった。
「はぁ」
最後の薬瓶を拭き終えて鞄にしまうとため息がもれてしまった。お腹もぐぅぐぅと鳴っている。気の落ち込みを空腹のせいにして僕は隣の酒場へと向かった。
喧騒を防ぎきれない扉を開けて賑わっている酒場へと初めて足を踏み入れる。きょろきょろとあたりを見回すと屈強そうな男たちが料理を囲んで酒をあおっていた。
テーブルの間をぬって背の高いカウンターの椅子に座る。カウンターの向こうには客にも負けず劣らず屈強な男性がグラスを拭いている。
「すみません。これお願いします」
グラスを拭き終わるのを待って木札を差し出すと男性は威勢のいい掛け声とともに木札を受け取ると代わりに赤色のコースターを僕の前に置く。
「一人か?」
グラスを新しく手に取って男性は少年に声をかける。
「うん」
「そうか。一人で何しに都まで?」
「薬を売りに出てきたのだけど、一本も売れなくて・・」
現状をいざ口に出すと涙がこぼれそうになった。
「それは立派なことだ。だがそれはちと難しいかもしれないな」
「どうして?」
僕はわけがわからず、すぐに聞き返した。
「少年には難しい話だが、需要と供給ってもんがある。つまり欲しい人と売りたい人だな。それがもうここでは出来上がっちまってる。わざわざ見ず知らずの人間から買うこともあるまいよ」
「どうしたらいいの?」
少年の目に少し覇気が戻る。自信のあるものが単純に売れないというのは世の中からすれば当たり前でも彼からすれば目から鱗の話だった。
「まず一つは売り手が少ない物を売ることだな。お前さんが持ってきたのは何だ?」
「魔力回復薬がほとんどです」
「それじゃ今言った案は無しだな。魔力回復薬なんてむしろ供給のほうが多いくらいだ。じゃあ、するべきは人に知ってもらうことだな」
「知ってもらうこと?」
「ああ、どんなに良いもので知られなければ売れることは無い。例えば、無料で商品を渡して効能を知ってもらうとかな。粗悪品と疑われても無料なら受け取ってくれるやつもでてくるだろう」
「なるほど」
うんうんと男性の言葉を頭に刻み込む。しかし、次に都へと訪れるのはいつか分からないため無料で渡しても余程の印象を残さなければ客にはなってくれないだろう。
眉間にしわを寄せて悩んでいると少年の前に湯気立ちのぼる料理が置かれた。
「ちょっとサービスしといたよ」
男性に礼を言って料理を口に放りこむ。乾パンと干し肉ばかりで飽いた口に久しぶりの刺激で思わず頬が緩んだ。手の往復が止まらずに食べ終えるといつのまにかコースターの上に置かれていた水に気づく。グラスになみなみと注がれた水を一息に飲み干して椅子から降りる。
礼を言おうと男性を探すと、とあるテーブルの喧嘩を仲裁していた。聞こえぬと知りながら一言礼を言って僕は宿へと戻った。
僕は部屋に戻ると椅子に腰かけてどうすれば薬瓶を受け取ってもらえるのか、どうすれば売れるのか深く考えた。
効き目は自信をもってあると言えるがいくら自信満々に言ったところで発言者が幼ければ戯言に等しい。眉間に跡が残るほど唸った。
酒場のあの男性にもう一度尋ねることも考えたが結局は僕が子供というところで行き詰ってしまう気がした。
そして、夜も更けたころ僕は一つの案を思いついた。それはただ自分の体をローブで隠して大人に偽装すればいいという単純なものだった。人を騙すのは気が引けるが生活が懸かっているので背に腹は変えられなかった。
しかし、多くの人を相手取るとばれてしまう危険性が高まってしまうし、日中であると体を隠すローブは明らかに不自然すぎる。そのため声をかける対象は夜に一人でいる人に決めた。ただ日中に売れるかもしれないので昼も店を出すことにした。
「よし、がんばろう」
そう呟いて僕はベッドに飛び込んだ
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