PIZZA・HUNTER
ガリアンデル
序幕 とあるピザ屋のなんて事はない日常
大抵のものは『多様性』の一言でまとめられる様になり、男だの女だのと性別で判断する事もなくなったし、なんなら人種や国籍とかの概念もとっくの昔に撤廃された。
つまりは世界に国境がなくなったわけだ。
世界は『多様性』を是とした統一政府となった。
手始めに政府が手をつけたのは、『職業の規制』を取り払う事だった。
国家試験の制度が無くなって、資格という証明さえも意味を無くす。
誰がどんな職業に就いてもいいし、誰と結婚してもいい。
この時点で、統一政府は
しかし、誰も声を挙げなかった。
多様性への『理解』の本質を、誰も『理解』していなかったんだ。
……結局のところ、『多様性』が産んだのはより大きな分断だった。
カテゴライズをすればするだけ、多様性の幅は広がってマイノリティは加速する。
そしてマイノリティ同士がお互いの『多様性』を認めさせようと争った。至る所でそれが起こった。
その果てには、統一政府は瓦解し、野放しになった『多様性』だけが世界に残ったんだ。
世間があらゆるもののカテゴライズを諦めて数十年。
……本当にクソッタレな世の中になったぜ。
◇
シュビヌ一番街。
生物多様性の街と呼ばれる、旧アメリカの旧地方都市。
今じゃ、寂れた廃墟だらけの街だ。
通りの裏じゃイカれた見た目のワニ女と全身の毛が抜け落ちたビーバーが本能に任せてセックスしてやがる。
連中は所謂『
その上、肉食系のデミどもは他のデミを餌としか思ってねぇんだからな。
これだけでこの街がどんな街か分かるってもんだ。
──そんな奴らを横目に唾を吐き捨て、オレは愛車である50ccスクーターを走らせていた。
「昼間っから盛りやがって、仕事をしやがれ仕事をよォ」
自家製の制服の胸ポケットからくしゃくしゃになった煙草の箱を取り出して、中の手巻き煙草を咥えた。当然ライターも手製、今じゃ煙草は勿論、ライターすら簡単にゃ手に入らない世の中だ。
オレが煙草を咥えた瞬間、通りの連中の目の色が変わった。
多様性を散々謳ってた割には喫煙者の肩身が狭いのだけは相変わらずだ。
「チッ、いけすかねぇ街だぜまったく」
喫煙者だって生きてる人間だろうが。
心の中で毒づいてオレは目的地へと向かってスクーターを走らせた。
◇
「こんちわー、『ダニエルピザハウス』でーす。ご注文のピザをお届けに参りましたー」
廃墟だらけの街の、小さなアパートの一室の前でオレは決まり文句を唱えつつ、壊れかけの呼び鈴のボタンを数回鳴らす。
すると、決まった様に部屋の中からどたどたという足音が響いてきて、決まったように扉が跳ねるように開かれる。そのあと、古ぼけた扉のヒンジがきぃきぃと軋むのも……
「遅いじゃないのよっっ! ったくアンタのとこのピザ屋はいっつも時間通りに来ないわねぇっ!!」
こんな風に唾を撒き散らして怒鳴るババァが現れるのもいつもの事だ。
「うるせーな、黙って金払ってそのうるせぇ口にオレのピザぶち込んでろよ」
オレが支払いの催促をする様に掌を差し出すが、ババァは突然騒ぎ始めやがった。
「まぁ!
「はぁ?」
何をもってセクハラなのか、事細かに説明して欲しいもんだ。
どういう耳と脳みそしてれば『オレのピザ』が淫語に聞こえるんだよ、腐れババァが。
「こんなセクハラされて……料金なんか支払わないわよっっ!! いいわよねっっ!?」
ババァがピザの箱をオレから奪い取って、そう言い放ち扉の奥へと消えようとする。
一瞬、呆気に取られてしまったが、すぐにババァの思惑を理解して、閉まる扉に手を掛けた。
……なるほど、そういう事かよ。
「いいわけねーだろ。ていうかババァ、てめぇ代金踏み倒すの何回目だよ? いい加減オレも我慢ならねーぞ?」
眉間に皺を寄せ、出来るだけ凄んでみせる。
すると、ババァは更に奇声を発して喚き立てた。
「今度は
ババァの甲高い耳障りな絶叫が響き渡ると、流石に同じアパートの住人が数人、扉から顔を覗かせて様子を伺ってきた。
「おいっ、ババァてめぇふざけんじゃねぇぞ!!」
オレは叫びながら、ババァが扉を閉めようとしていたので、咄嗟に足を入れてそれを防ぐ。
その行動に更にババァが発狂した。
「強盗ぉぉぉ!! ピザ……ピザ泥棒よぉぉぉ!! いいえ、ピザハンターよぉぉぉっっ!!」
「意味わかんねぇコト叫ぶんじゃねぇ!!」
その時、扉から覗いていたアパートの住人の一人、じめじめとした陰鬱な表情の男が携帯電話を取り出すのを見て、オレの中に焦りが生じた。
不味い。
オレの意識がそっちに向いている時だった。
がん! という音がして、直後オレの脛を固いもので強打された痛みが襲ってきた。
「痛ってェ!?」
思わず扉の間から足を引き抜き、前屈みになって両手で摩る。ひりひりと痛む右足の脛には青痣が出来ており痛々しい。
視線を持ち上げると、扉の隙間から金属バットを持ったババァが憎悪の表情でこちらを睨み付け「消えろ! ピザ・ハンター!」と吐き捨て、ばん!と扉が閉じられた。
騒ぎが収まったのを察してか、覗いていたアパートの住人達もそれぞれの部屋へと引っ込み、周囲には静けさが戻り、オレだけがぽつんと残された。
「ピザ・ハンターってなんなんだよ……」
呟いて、ババァからの支払いを諦めたオレはスクーターに乗って事務所への帰路へと着く事となった。
……これでババァのピザの料金未払いは8万
『ダニエルピザハウス』で言えばピザ160枚分相当だ。
どう考えてもピザ・ハンターなのはてめぇの方だろババァ。
◇
『ダニエルピザハウス』
ハウスなんて名前を付けちゃいるが、実際には街の中じゃマシな廃ビルの一画に看板を掲げてるだけで、ハウスなんて言葉の温かみなんぞどこにもありゃしない。
何故なら名前は適当に考えたからだ。
従業員はオレこと、ダニエルのみ。
オレが一人でピザを焼いて配達までこなす。
しがない街のしがないピザ屋だ。
さっきのババァみたいな踏み倒しがあるせいで当然、収入もカス同然だ。
この街には
デミとワイルドの違いは、より獣に近いのがワイルドで、人に近いのがデミだ。
もっと端的に言えば、デミは二足歩行でワイルドは四足だったりするわけだが。
獣の遺伝子を取り込んだ人間である点は同じだが、デミとワイルドの違いは大きい。
人の理性が残っているデミは自然人種のオレでも会話が可能だが、ワイルドに至っては殆ど野生の動物と変わりない。コミニュケーションの取れない異質な住人だ。
とは言え、デミはワイルドとの意思疎通が出来るようで、たまに知り合いのデミに通訳を頼む事もある。
言った通り、シュビヌは生物多様性の街だ。語弊を招く言い方をすれば人外の街でもある。
様々な多様性を許容した結果、生物としての疎通が分断されちまってる。
灰色の鉄筋コンクリートが剥き出しになった事務所のドアを開けて、部屋の中央に置かれたこの場所に似つかわしくないアンティークの机へと向かう。
オレにとって唯一の癒しの空間がここだ。
ニスの光沢に触れながら、机の木目をなぞり、高級そうな机とは不釣り合いなパイプ椅子に腰を下ろす。
卓上には、辛うじて生きてる固定電話が一つ。それと、古い時代の辞書とか電話帳なみに分厚くなった『料金踏み倒し馬鹿野郎リスト』。
オレはリストを手に取って、今日のババァのページを開く。そして、今日の分の料金を記載した明細表をテープで貼り付けた。
「あー……これで今月も金欠だよ」
伸びをして、パイプ椅子の背もたれに寄りかかってぎしぎしと軋む音に耳を傾ける。
ピザの材料だってタダじゃねぇんだ。この街で飲食店をやっていくには相応の稼ぎがなきゃ無理だってのに、この街の連中にはそういう理解が無い。
「まぁ、住民の殆どがデミかワイルドだしなァ……サバンナと変わんねーよな」
煙草を咥え、天井を仰いでいると、ふと思い出したことがあって足の先でリストを放り上げてキャッチした。
そして、一番後ろの踏み倒し馬鹿野郎のページを開いた。
「一週間前くらいだったよな、確か」
そこに書き記した名前と住所を目で追いながら呟いてみる。
名前は『ジィーナ・シシリア』、住まいはシュビヌ八番街1-33。
この住所の辺りは大体知ってるが、そんな名前のヤツは今まで聞いた事が無かったのをよく覚えてる。
──それに電話越しだったが、酷く綺麗な声をしていた事も。
……そんな感想を抱いて、更には変な感傷を覚えるのも正直、オレらしくない。
まさか実際に会ってみたいなんて思うのは、プロ失格だろうな。
ピザの配達員にプロなんて肩書きがあればの話だが。
ぼんやりしていると、煙草の灰が落ちかけているのに気付いて体を起こそうとした時だった。
プルルルル!と固定電話が鳴り出し、つい勢いよく体を起こしてしまい、煙草の灰が事務所の床に落ちて若干憂鬱な気分になる。
あーあ、と思っている間にコールは五回鳴った。その間にオレは気持ちを切り替えて、喧しい固定電話の受話器を手に取った。
「はいダニエルピザハ『出るのが遅いわよっっ!!!!』
…………鼓膜が吹き飛ぶかと思った。
オレが決まり文句を言うより先に受話器の向こうから響いた甲高い絶叫は、先刻ピザの代金を踏み倒したババァの声だった。
この期に及んで、一体オレになんの文句があるのだろうか?
面倒だが、一応オレはババァの電話に応対する事にした。
「どしたー腐れババァ、ピザが詰まって死にかけたか?」
『アンタふざけんじゃないわよ!! さっき食べようと思ってピザの箱を開けたら、その肝心のピザが入ってないじゃないの! 一体どういうことなのよ! 料金返さないよ!!』
「はぁ? んな訳ねーだろ。てめぇが無意識の内に食って忘れたんじゃねぇのか? 大体料金返せってお前払ってないから」
なんだこの意味わからんクレームは。
そもそも、オレが事務所を出る時に、ちゃんと箱には入れたし、ババァに奪い取られる直前まで中身の重さはあった。
いきなりピザが消えるなんて事ありえねーだろ。
『……アンタだね?』
ぼそり、と呟く声が受話器の向こうから聞こえた。
「はぁ?」
ぼそぼそと喋っているせいで、聞き取りづらく受話器を強く押し当てる。
その瞬間だった。
『やっぱりアンタがピザ・ハンターだったのねっっ!!!!』
ババァは意味の分からん事を叫んで、がちゃん!と乱雑に通話を切り落とした。
……今度こそ、間違いなく、鼓膜がイった。だというのに、ババァの声がオレの頭の中で鐘を衝いたかの様に音の波紋になって残っていた。
「だからなんなんだよ! ピザ・ハンターって!!」
立ち上がって、受話器を投げつけ──そうになるのを抑えて深い息を吐く。
煙草の灰がまた、落ちそうになっていた。
◇
時刻は夜の八時を回ったところだった。
いつもなら十八時にはここに居ただろーな……
シュビヌ二番街にある行きつけの酒場『アンダースター』の重々しい無骨な鉄扉の前に立ち、ため息を吐く。
「今日は特に疲れたな……」
項垂れるように、重い扉に手のひらを押し当てて体重を乗せながら押し開くと独特の燻した様な空気が鼻腔へと流れ込んでくる。
嗅ぎ慣れた店内の匂いに安堵を覚え、店内へと足を踏み入れた。
途端、客同士の騒ぎ声や笑い声のざわざわとした賑わいが一気に押し寄せてくる。
店は古くから酒場として利用されていた建物をそのまま使っており、客席数は40もある大きな建物だ。入口から真っ直ぐ正面には、酒場の中央にどんと構えた10人分の座席のある長方形のバーカウンターがあり、内側には店主を含む三人のバーテンダーが黙々とそれぞれの作業に従事している。
カウンター以外の席はファミリーレストランにありがちな安い合成皮のソファと四角形の薄汚れたテーブルが置かれている。
バーテンダー達の後ろには、様々な色の酒瓶並んだ大きな棚が二つ。
オレにはそれがどういう基準で並んでいるのか知らないが、旨い酒が飲めればどうでも良かった。
ごつ、とオレのブーツが固い木の床を鳴らすとカウンターに立つ狼の
「よお」
「おう」
応えるようにオレも口の端で笑みを作って、片手だけの挨拶をしてカウンターに着いた。
座席に着くなり、オレの前に一杯のグラスが差し出される。オレがいつも頼む酒だ。
ケミカルオレンジに発光する炭酸入りのカクテルで、名前は『サラマンダー』と言ってアルコール度数は78度もある。
グラスに手を伸ばし、口を付けようとしていると店主が話しかけてきた。
「今日は遅いな、なんかトラブルでもあったか?」
「トラブルなんざ毎日あるわ。今日はちょっと調べ物をしててな」
「調べ物? オメェがか?」
「あ? おかしいかよ?」
「ああ、おかしい」
「ぐっ……!」
押し黙るしかないオレを店主が鼻で笑った。
そりゃまぁ、普段ピザを焼くか酒場にいる暮らしのオレの口から『調べ物』なんて単語が出ればそういう反応をするのも当然か……。
「で、何を調べてたんだ? 安いナチュラルの売春宿とかか?」
「違ェよ、料金踏み倒してるヤツらの中で一人気になるヤツがいてな、そいつの住所の辺りを調べてたんだよ。結局無駄足だったけどな」
「はー、そんなつまんねェ事かよ。料金の踏み倒しなんていつもの事じゃねぇか」
店主が拭き終えたグラスを置くと、懐から一枚の写真を取り出した。そこには綺麗な白色を主とした所々に灰色の混じる毛並みの狼種の
「なんだよ、これ」
「
大口を開けた店主が吠えると同時、オレは耳を塞いで鼓膜の防衛に成功する。店主が落ち着いたのを見て、オレは耳から手を離した。
「だから、なんで
言いかけて店主の目がギラついたので言い換える。
「お前の娘をオレに見せたんだよ」
すると店主は写真を拾い上げて愛おしそうな目で眺める。
「アストーナは俺が男手一つで育ててきた大事な娘だ……小さい頃から『とーちゃん、とーちゃん』って俺の後ろをついてきてな……だけどあまり構ってやれない事も多かった、それでも俺はアストーナの事をいつだって大事に思ってきたんだ。ギャングから足を洗ってこの酒場を始めたのだってアイツの為だ。もし、アストーナに彼氏が出来て、結婚なんかするって話が出たら俺は……相手の男をぶち殺しちまうかもしれねぇ……! それで、お前の結婚相手にどうかと思ってな」
「いやなんでだよ。なんでその流れでオレに振るんだよ」
「知ってる相手の方が俺のショックも少なそうだし最悪、
……後って、後始末の事か?
こいつ殺る気満々じゃねぇか。
結婚と葬式を同時にやるつもりなら、そら確かに手っ取り早ぇな。
「いいよ、まだ死にたくねぇし」
店主の物騒な言葉にドン引きしつつ、再度差し出されたアストーナとかいう娘の写真を突き返して、ようやくグラスに口を付けるが既に酒はぬるくなっていた。
「
一口だけ口に含んだ酒を飲み下して、店主を睨む。
「だっていつも18時には来るじゃねぇか。いつもは先に作ってんだよ、来るのが遅いオメェが悪い」
腕を組んだ店主が悪びれる様子もなく、堂々と言い放つ。
「だとしても二時間も経ったヤツ出すかよ! せめて冷蔵庫に入れるなりどうにかしろよ」
「冷蔵庫には
ちっ、と店主は忌々しげに犬科の舌を鳴らす。無論、オレに対してではなく、店主の視線は店のバックヤードに繋がる裏口のドアへと向けられていた。
「あー……」
店主の様子からして、ここでも何かトラブルがあったのだと察する。にしても、元とは言え有名なギャング『ウルブス・ナイン』のかつての親玉の店でトラブルを起こすなんて度胸があるのか、脳みそが無いのか、いずれにせよアホには違いない。
オレは一体どんなヤツがそんな自殺行為に走ったのか気になって聞いてみる事にした。
「で、結局トラブルのタネはなんだったんだ?」
「ん? どうせお前に言っても意味は分からんと思うぞ。俺も分からなかったしな」
「はぁ? なんだよそれ。クスリでもやってたのか?」
「まぁそうとしか思えん事を叫んで俺に銃を向けてきやがったからな」
コイツで五枚に下ろしてやった、と店主は灰色の毛並みに覆われた太腕を持ち上げる。スイカを握り潰せてしまうほど大きな手の指から隠れていた鋭い爪を出すと、その餌食となった者達を嘲笑する。
……全然足洗えてねーだろコイツ。と思いつつ、温くなった酒を
まぁコイツもコイツで、今日は災難な日だったって事か。
「ところで、そいつは何て言ってたんだ?」
店主は灰色の頭をがしがしと掻いて、訝しげな目を向けてきた。
「……言っても笑うなよ?」
「笑わねーよ、早く言えって」
「じゃあ、言うぞ?」
面倒な前置きをして、店主はおほん、と咳払いをする。そして巨体をずいとオレの方に寄せてきた。
「『ピザ・ハンター』って知ってるか?」
最初はあの変なババァが言ってた意味不明な言葉だったのに、いつの間にかオレの日常を侵蝕してきている事に鳥肌を覚える。
同時に、腹の底から怒りがふつふつと沸いてきた。
「あ、おい笑ってんだろ!」
ふるふると怒りを堪えて下を向くオレを笑っていると勘違いした店主が大声を発して、オレを非難した。
「ちくしょー、言うんじゃなかった。大体ピザ・ハンターってなんだよ、なぁ?」
ああ、オレもそう思うぜ。
意味が分かんねぇし、響きがムカつく。
なにより気に食わねぇのは、オレのなんて事はない日常をいつの間にか侵蝕してきやがった事だ。
「ダニエル?」
「……だから、なんなんだよピザ・ハンターって!!!」
耐えきれず叫びを上げて、オレは立ち上がった。店主が驚いて後退するのを見て、オレは周囲を見渡す。
そのうちの何人かがオレに視線を向けていた。そいつらは酒場の客として溶け込んでいたが、視線の色は『黒』。機械的な冷たさが宿った目をしていた。
直感で、コイツらは何かを知っていると分かった。
「今、こっち向いてるてめぇら『ピザ・ハンター』が何か知ってんだろ?」
オレが言い放つと、店主が慌てて太腕でオレの視界を遮った。
「お、おいダニエル何言ってんだ!? お前までおかしくなっちまったのか!?」
「あぁ? 違ェよ。見ろ、あいつら目の色が人間じゃねぇぞ」
「はぁ?」
店主がオレの向いてる方を確認し、酒場の奥側のテーブルに座っている三人組に視線を定めた。
「おい、アンタらちょっと話し聞かせてもらえるか?」
店主が手招きすると、三人組は互いの顔を見合わせて頷く。そして、スッと立ち上がり店主とオレのいるカウンターへと向かってきた。
オレはヤツらの足音に耳を澄ませる。
靴の鳴り方、筋肉の動かし方、呼吸の回数……はっきり言って
三人組の音は全員が揃っている。機械的なまでの正確さだ。
オレは、
「……おい、アリヴェロ気を付けろ」
店主の名前を呼んで小さく警告を飛ばす。アリヴェロは頷いて、三人組を見据える。
三人組がオレ達の前まで来ると、ぴたりと立ち止まる。
女が二人、男が一人。それぞれの容姿は女の一人が黒い髪の短髪、もう一人は茶色のボブカット、男は丸坊主だ。全員が細い体躯をしており迫力に欠ける。
しかし、不気味な程に表情の変化が無い。
不意に三人組の一人、黒髪の女が声を発した。
「我々に気付くとは流石だな、ピザ・ハンター」
「……」
オレもアリヴェロも黙って女の発言に耳を傾ける。
ていうかピザ・ハンターって言ったか?
誰が?
振り返り後ろを確認するが、それらしい反応をしているヤツはいない。
再度正面に向き直ると、女の指がこちらを指していた。
「貴様がピザ・ハンターだろう?」
何を言ってんだコイツは。
それがなんなのか知りてーんだよコッチは。
「……」
「しらばっくれるつもりか?」
女は尚も指先を向け続けていた。しかも、よく見ればその方向は真っ直ぐにオレを指していた。
「…………オレ?」
「え!? お前!?」
傍らにいるアリヴェロも『嘘!?』みたいな感じで驚いているが、オレの方はもっと驚いてるよ。
「ピザ・ハンター……いい加減に白状するんだな、どうやっても我々の目は誤魔化せんぞ?」
女は不敵に笑って、オレを睨め付ける。
一体なんの自信があってオレをそんな意味不明な肩書きで呼びやがるのか。
いや今はそんな事より、この誤解をどうにかしねぇとだな……アリヴェロが何度もオレと三人組の方を交互に見ては混乱してやがる。
「オレはピザ・ハンターとかいう変なヤツじゃねぇよ、人違いだろ」
「いいや、貴様はピザ・ハンターだ。そのオレンジの制服、オレンジの帽子が物語っている!」
「いや、これはただの制服だしファッションみたいなもんだろうが、ていうかそれ以外に何か特徴はないのかよ? 例えば顔とか、体格とか」
「顔? そう言えば、ピザ・ハンターは若い男だと聞いているな……そして、若い女をよく連れ歩いているとも。つまり、ピザ・ハンターは顔が良いという事だな」
黒髪短髪の女はふんふん、と一人で頷くと次いでオレの顔をジロジロと見やってきた。
「貴様、中々イケメンだな」
「そりゃどーも……?」
「つまり、貴様はやはりピザ・ハンターという事か!! おのれ!」
「なんでそうなるんだよ!?」
「黙れ! ピザ・ハンターめ! ここで始末してくれる!」
途端、三人組が戦闘体勢を取り、各々が武器を取り出した。
その瞬間だった。
オレの真横を灰色の風が通り過ぎて、
「てめぇら人の店で暴れるつもりかよ」
灰色の巨軀が三人組の前に立ち、低く唸るように声を発した。後ろから見ているだけのオレにもアリヴェロの放つ怒気が伝わってくる。
「ぴ、ピザ・ハンターの仲間か!?」
茶髪の女が腰から抜いたナイフをアリヴェロへと向けたのを見て、オレはそいつの末路を察した。
「ひっ!?」
茶髪の女が空気を漏らすような悲鳴を上げる。その体はアリヴェロの掌に胴体を掴み上げられていた。
次の瞬間には、内臓をぶち撒けるだろうとオレは予測するが事態は思っていない方へと転がった。
「暴れんなら外でやれ」
そう言ってアリヴェロは茶髪の女を床へと下ろす。完全に怯え切った表情の茶髪の女がアリヴェロを見上げ、ほかの二人も青ざめた表情で固まっている。
流石は元ギャングのボスだ。
オレが感心していると、アリヴェロの獰猛な目がこちらを向いた。
「てめぇもだ、ダニエル。コイツらはてめぇに用事があるみたいだからな」
「は、はぁ!? オレは関係ねぇだろ!」
「うるせぇ、俺はもう考えるのが面倒臭くなった。そいつらとのいざこざを片付けるまで店に入ってくんじゃねぇぞ!!」
そして、オレと三人組は店から強引に追い出される事となった。
なんにせよ、オレは知らなければならない。
コイツらが何者なのか、何故オレを狙うのか。
そして、ピザ・ハンターとはなんなのか。
……こんな風に、オレのなんて事はない日常は崩壊した。
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