第5話 それは些細な違和感から始まった 5
「あれ?杉江が居ない」
起きたら杉江が居なかった。寝ている間にもう出てしまったのだろうか。
「なんだよ、起こしてくれたらよかったのに」
朝ごはんを用意するつもりでいたので拍子抜けしてしまった。俺は仕方なしに身支度を整えて会社に向うことにした。
オフィスに着くと杉江がもう来ていた。
「なんだよ、先に出るなら出るって言えよ」
「えっ?」
杉江が不思議そうな顔で俺を見る。
「何を言ってる?」
「いや、昨日うちに来て泊っていったのに朝起きたら居なかったじゃないか」
「泊った?俺が?」
「泊って無いのか?」
「家で寝たけど?」
「じゃあ昨夜電話は掛けて」
「無い」
何が何だか判らなかった。全部夢だったのか。それにしてはリアルな夢だった。ちゃんと色も付いていた。
「悪い、変な事言った。忘れてくれ」
俺はそう取り繕ったが、まだ信じられなかった。本当に昨日杉江は来なかったのか。昨日の出来事は全部無かったのか。あの魚男も?何がなんだか判らなかった。
就業時間も終わりかけた頃。今日はそれまでボオーっとしていた。窓側の席なので西日が眩しい。その所為もあって頭がボオーとしているのだ。ふと窓の外を見た時、視界の端に異様なものが入り込んできた。魚男だ。目を擦って見直してみた。やはり昨日の魚男に間違いない。こっちを見ている。と言うか、俺を見ている。視線が離せなかった。すぐに杉江に話しかける。
「杉江、昨日の奴だ」
「昨日の奴?」
「ほら、あそこでこっちを見ている。お前がダゴン秘密教団の関係者だと言った奴だ」
「待て待て、なんでその名前を知っているんだ?」
「昨日お前が教えてくれたんじゃないか」
「昨日?そういえば朝そんなことを言っていたよな」
「昨日お前が泊りに来て話してくれたんだよ」
俺は昨日の出来事を話した。あの言葉も。
「判った。お前がそんなことを知っているとは思えなかったし、今までそんな話をしたこともなかったからお前の知識ではないだろうという事は理解できる。となると俺が伝えたという事も確かに想像出来るんだけど俺にはその記憶が全くない。昨日お前の部屋に行ってもいないし、その魚男の話も聞いていないしダゴン秘密教団の話をお前にしてはいない。でもお前は俺からその話を聞いたという。これはどういうことなんだろう」
「それより、あいつ」
「そうだな。まだこっちを見ているみたいだ。あれはインスマス面(づら)だな」
「インス?」
「インスマスだよ。インスマス面(づら)っていう独特な魚類に似た顔の人間のことだけど日本で見たことはないな」
「えっ、日本じゃない所で見たことがあるのか?」
「あ、まあ、そうだ、見たことはある」
杉江は何故だか少し濁した。都合の悪いことがあるのだろうか。
「とりあえず裏口から出よう」
杉江は俺を送り出して自分は魚男の様子を見に行ってくれた。駅前のスタバでまっていると杉江がやってきた。
「あいつ、ずっとあの場所から離れないで俺たちのオフィスを見ていたよ。間違いなくインスマス面(づら)だった。君が言っていたダゴン秘密教団の関係者だろうね」
「そうか。でもダゴン秘密教団っていったい何者なんだ?どうも普通に宗教には思えないんだけど」
「普通の宗教じゃないのは確かだね。ある目的のために組織された集団で宗教とは本来ちょっと違う。クトゥルーの復活を目論む深き者どもやインスマス面(づら)、その子孫たちの集団だ。本来はアメリカのマサチューセッツ州インスマスにしかいない筈なんだけど」
「アメリカ?あれはアメリカ人だったのか。魚類の要素が強すぎて何人なのかわからなかったよ。」
「アメリカ人と言うか人間とそれ以外のものの間に産まれた、ということなんだよ」
「そんなことがありえるのか?人間以外ってなんだよ」
杉江によると深き者どもというインスマス面(づら)よりも魚類に近いクトゥルーの眷属がいて、深き者どもと人間との間にインスマス面(づら)が産まれるらしい。クトゥルーの眷属の子孫なのだから当然クトゥルーの復活を画策しているのだ。
「でも結局なんで俺のところに来るのかが判らないよ」
「問題はそこだね」
「お前にもわからないのか?」
「さっぱり」
杉江に判らないのなら俺に判る筈がない。
「もう少し俺の方でも調べてみるよ。今日は部屋に戻ったら誰が来ても開けちゃ駄目だ」
「判っているさ」
俺は言いつけ通り部屋に戻ってから一歩も出なかった。その日は誰も訪ねても来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます