第4話 それは些細な違和感から始まった 4

「あれ?杉江が居ない」


 起きたら杉江が居なかった。寝ている間にもう出てしまったのだろうか。


「なんだよ、起こしてくれたらよかったのに」


 朝ごはんを用意するつもりでいたので拍子抜けしてしまった。僕は仕方なしに身支度を整えて学校に向うことにした。


 教室に着くと杉江がもう来ていた。


「なんだよ、先に出るなら出るって言ってくれたらよかったのに」


「えっ?」


 杉江が不思議そうな顔で僕を見る。


「何の話?」


「いや、昨日うちに来て泊っていったのに朝起きたら居なかったじゃないか」


「泊った?僕が?」


「泊って無いのか?」


「家で寝たけど?」


「じゃあ昨夜電話は掛けて」


「無い」


 何が何だか判らなかった。全部夢だったのか。それにしてはリアルな夢だった。ちゃんと色も付いていた。


「ごめん、変な事言った。忘れて」


 僕はそう取り繕ったが、まだ信じられなかった。本当に昨日杉江は来なかったのか。昨日の出来事は全部無かったのか。あの魚男も存在しないのか?何がなんだか判らなかった。


 六時間目も終わりかけた頃。今日はそれまでボオーっとしていた。窓側の席なので西日が眩しい。その所為もあって頭がボオーとしているのだ。ふと窓の外を見た時、視界の端に異様なものが入り込んできた。魚男だ。目を擦って見直してみた。やはり昨日の魚男に間違いない。こっちを見ている。と言うか、僕を見ている。視線が離せなかった。授業が終わってすぐに杉江に話しかける。


「杉江、昨日の奴だ」


「昨日の奴?」


「ほら、あそこでこっちを見ている。君がダゴン秘密教団の関係者だと言った奴だ」


「まて、なんでその名前を知ってる?」


「昨日君が教えてくれたんじゃないか」


「昨日?そういえば朝そんなことを言っていたよな」


「昨日君が泊りに来て話してくれたんだよ」

僕は昨日の出来事を話した。あの言葉も。


「判った。君がそんなことを知っているとは思えなかったし、今までそんな話をしたこともなかったから君の知識ではないだろうという事は判る。となると僕が伝えたという事も確かに想像出来るんだけど僕にはその記憶がない。昨日君の部屋に行ってもいないし、その魚男の話も聞いていないしダゴン秘密教団の話を君にしてはいない。でも君は僕からその話を聞いたという。これはどういうことなんだろう」


「それより、あいつ」


「そうだな。まだこっちを見ているみたいだ。あれはインスマス面(づら)だな」


「インス?」


「インスマスだよ。インスマス面(づら)っていう独特な魚類に似た顔の人間のことだけど日本で見たことはないな」


「えっ、日本じゃない所で見たことがあるのか?」


「あ、まあ、そうだね、見たことはある」


 杉江は何故だか少し濁した。都合の悪いことがあるのだろうか。


「とりあえず裏口から出よう」


 杉江は僕を送り出して自分は魚男の様子を見に行ってくれた。駅前のスタバでまっていると杉江がやってきた。


「あいつ、ずっとあの場所から離れないで僕たちの教室を見ていたよ。間違いなくインスマス面(づら)だった。君が言っていたダゴン秘密教団の関係者だろうね」


「そうか。でもダゴン秘密教団っていったい何者なんだ?どうも普通に宗教には思えないんだけど」


「普通の宗教じゃないのは確かだね。ある目的のために組織された集団で宗教とは本来ちょっと違う。クトゥルーの復活を目論む深き者どもやインスマス面(づら)、その子孫たちの集団だ。本来はアメリカのマサチューセッツ州インスマスにしかいない筈なんだけど」


「アメリカ?あれはアメリカ人だったのか。魚類の要素が強すぎて何人なのかわからなかったよ。」


「アメリカ人と言うか人間とそれ以外のものの間に産まれた、ということなんだよ」


「そんなことがありえるのか?人間以外ってなんだよ」


 杉江によると深き者どもというインスマス面(づら)よりも魚類に近いクトゥルーの眷属がいて、深き者どもと人間との間にインスマス面(づら)が産まれるらしい。クトゥルーの眷属の子孫なのだから当然クトゥルーの復活を画策しているのだ。


「でも結局なんで僕のところに来るのかが判らないよ」


「問題はそこだね」


「君にもわからないのか?」


「さっぱり」


 杉江に判らないのなら僕に判る筈がない。


「もう少し僕の方でも調べてみるよ。今日は部屋に戻ったら誰が来ても開けちゃ駄目だ」


「判っているさ」


 僕は言いつけ通り部屋に戻ってから一歩も出なかった。その日は誰も訪ねても来なかった。

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