決戦! ドラゴン…ドラゴン?⑦

 ジャックらの本隊と別れて樹上へと飛ぶ。みょん、と枝がしなった。細枝だけれど、折れることはないの。これも魔力がどうのこうの…詳しくは知らないけれど。ベルも隣に来る。偵察は高い所に限るよね。

「どんなやつなのかなぁ」

「全然、想像できないわ。二手に別れる?」

「いいよ、じゃ、私はこっち」

「なら、アタシは向こうね。一通り見終わったら魔法を撃つから」

「りょーかい」

 ベルと別れる。樹上をぴょん、と渡りながら。今のところ、異変はないわ。峠は…あそこね。一筋、白い道が見えた。アレはグレイグの部隊ね。ベントリーまで進軍するつもりかしら。先団が下り坂に差し掛かっていた。ベントリーは…ここからだと良く見えないな。もう少し近付いてみましょうか。再び、樹上を移動する。視界が開けた。

 一面の畑。黄金色に輝く小麦が波打つ。そろそろ収穫の時期なのだろう。穂がゆらゆらと揺れて今にも零れ落ちそう。生憎、収穫をすべき村人たちは全てシャルルに避難してしまったのだけれど。視界の先にはやや背の低い丘陵があって、確かに盆地って実感するわ。川筋がいくつかあって、碁盤目に曳かれた用水路がきらきらと輝いている。お水が豊富なんだね。耕作にはもってこいの土地…なのだけれど。ドラゴン、らしい姿は見えないわ。人が誰もいないことを除けば、どこにでもある田園地帯、なのだけれど。

 そもそも、どうしてドラゴン、とやらはベントリーを襲ったのかしら? 小麦に手を出しているようには見えないから、恐らく肉食…行方不明者は既に奴の腹の中、って考えるのが自然だよね。そもそも、王国軍とはどこで襲撃されたんだろう。このあたりにも領主はいるはずなのだけれど…機能していないのか、避難民が偶然王国軍と出会ったのか。

 一筋、不自然な場所を見つけた。小麦が薙ぎ倒されている。まるで薮こきでもしたかのような。それにしては大きすぎる。ドラゴンとやらが通った場所? アタシのいる丘に続いていた。木立に隠れて、それが消える。ここから出たのか。或いは、ここに来た?

 悲鳴。

 耳をそばだてる。距離は…少し、遠い。エルフの耳は人間の数倍、優れているらしいの。となると、数ヤルクは先…視線を送る。集中。

 やっぱり、悲鳴だ。南側…カーライルの部隊? あるいは、行商人が襲われているのかしら。少し距離があるけれど…行かなきゃ分からない。ベルに知らせなきゃ。右手に魔力を集めて、水魔法を空に放った。噴水みたいにね。それを、三回。これがいつもの合図。

 先に進む。悲鳴は一つじゃない。複数。銃声がした。複数。弓が空を裂く音も。それから、魔力反応。カーライル隊で間違いがなさそう。咆哮。余りの大きさに、びくっ、と足を止めた。空気がびりびり震える。なんて大きさなの!

 どすん、と大地が揺れた。

 地震? いいえ、違う。近付いてくる!

「たすけて…ぐれ…」

 おっきな頭がおもむろに樹上から現れた。何か咥えている…赤いの。血。

「カーライル!」

「じにたくなぁああああああああ!」

 ぶちっ、と千切れる音、カーライルの上半身がぼとり、と落ちていく。妙にゆったりと。べちっ、と蛙が潰れたような音がした。ごりごり。骨を砕く音。あいつが喰ってる! カーライルの下半身を飲み込むと、頭を下げた。

「ぎゃああわさあぁわぎゃあわわたああ!」

 声にならない悲鳴。それが唐突に途切れた。上半身も喰われた。見てなくても分かる。眼下に武器をかなぐり捨てて逃げ惑う兵士たちがいた。カーライル隊の。戦意なんてとっくにに吹っ飛んでいた。指揮官が死んだ部隊ほど脆いものはないから…。

 あいつは、それでも攻撃を止めない。もう一人咥えて、今度は空に放った。まるで遊んでいるみたいに。

「わわがらさぁっさあわああ!」

 ぐわっ、と目一杯に開けたあいつの口に、その兵士が飲み込まれる。ばりっ、ぼり、ばり…。

 逃げなきゃ。

 喰われるもの、踏みつぶされるもの…ぶち、がり、ぼり、ぎゃあ、おかあちゃん、ころさないで! 怒号、悲鳴、絶叫がまるでコーラスみたいに耳朶を打つ。

 まずいまずいまずい!

 あいつと目が合った。向かってくる。逃げる! 樹上を飛び回る。あいつ、次はどこに向かってる? 気付かれた? ジャックが危ない!

「あ、あいつ、何!」

 飛んできたベルが急ブレーキで止まって、そのまま反転した。

「あ、あれがドラゴン!」

「たぶん! 逃げるよ!」

「合点承知!」

 ベルも全力で飛んだ。枝とか木の葉とか、あいつが通るたびに巨木が無残に折れていく。そう、アタシが見たこともないくらい大きな獣で、頭だけでもアタシの身体二つ分はある。

 どし、どし。

 まるで地震。枝が揺れるから、飛びにくいったらありゃしない! 小鳥たちがばたばたと宙に舞った。眼下に鹿の大群。一斉に逃げ出している。狐もいるし狼も、イノシシもいた。誰もが理解している。

 アレは、やばい。

 速く、速く、速く!

「ジャック!」

 樹上から一息に飛び降りる。アイツがきょとん、と瞬いた。

「ヤバいやつか?」

「ヤバい! 撤退!」

 ジャックが頷いた。後衛に伝令。前衛部隊が回れ右。

 揺れた。大きい。

 恐る恐る、振り返る。でこぼこの、鳥皮みたいなぶつぶつの丸太。ちがう。視線を上げる。爛々と輝く瞳。ふしゅー、と漏れる息。獲物を狙う蛇みたいな顔。

 奴が、目の先にいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る