シャルル港にて⑥
なんて、思い出話をしている内に魚市場についた。磯臭いというか生臭いというか。そこら中に魚の匂いが充満してる。フィッシュマーケット、或いはバザール。あいつが言うには、エド時代? とやらの魚河岸のイメージ、あるいはヴェネツィア、とかいう都市に近いらしい。裏手が波止場になっていてね、直接お店にお魚を持ってこれるの。漁港は少し離れているのだけれど、そこから小舟で運搬するらしいんだ。運河と川が大動脈、と言うわけ。ひとつひとつのお店は平屋で、小ぶりなものが多いのだけれど、赤色やら青色やら、色とりどりの魚が並んでるの。呼び込みの声も気合いが入ってる。
その一番奥にある、ひと際巨大な、劇場みたいな建物がセリ場らしいね。観光名所なのかな、市場関係者以外にもセリを眺める人がいた。威勢のいい声。
「マグロ一本、さあさ百リリルから!」
百十! 百二十! 百五十! 指先と声で仲卸の連中が勢いよく競っていく。シャルルに限らず、マグロはどの鮮魚市場でも目玉商品なんだよね。ツナにしても良いし、煮つけもステーキにしても美味しい。なんでも、生の刺身は絶品とか。あー、とあいつは唾を飲み込んでる。
「旨そうだ…いいな、マグロ…寿司が食べたい」
「すし?」
「なんてったらいいのかな…ご飯、えっとコメと刺身を一緒に握ったやつ」
「美味しいの、それ」
「旨いんだけど…コメがないとなぁ…それから、米酢と砂糖に…醤油は必須なんだけど…」
「砂糖なら、多分手に入るけど」
「砂糖だけだとなぁ…この時代だと、高いんじゃないか?」
「塩よりは高いけど、買えないほどじゃないわ」
「え、そうなの?」
「ねぇ、ベル?」
「うん。普通の商店でも買えるよ。えっと…ふつう、かえる」
「すごい」
すごいんだ。
「それよりもさ、ご飯食べようよ。私おなかぺっこぺこ」
「そうね、アタシも。食堂はどこかしら?」
「あそこじゃないか?」
あいつが指さした。何軒か並んでる。店先には特徴的でカラフルな立て看板があった。今日のおすすめ、とかお店の看板料理とか。黒板に鮮やかなイラストを描いているお店も。どれも美味しそうだな。
「お、シラスがあるのか…シラスも随分と食べてない気がする。シラス丼…だめだ、コメがないと」
「シラスって…イワシの稚魚だっけ?」
「そうだよ、旨いんだ。俺、ここがいいなぁ」
「アタシはアクアパッツァが気になるわ」
前にさ、宿で見たでしょ? あれからちょいちょい食べてるんだよね。アサリとお魚の出汁がしみ込んでて、とっても美味しいの。バケットを浸すともう最高で!
「私はカルパッチョ~」
「見事に割れたな」
「アンタ、アクアパッツァに変えなさい。多数決で決めるわ」
「酷いこと言うな。っていうかさ」
「なによ」
「そろそろ名前で呼んで欲しいんだけど…」
「どうしたの、タケシ?」
「ベルさん。えっと…ペルル、おれ、名前、ちがう、あいつ」
「えっと、ペルルがタケシ、って呼んでくれない、ってことかな?」
「そうだけど」
「呼んであげなよ~」
「だってこいつ、おまけじゃない」
「そうだけどさ」
「あ、翻訳が切れた。なんか酷いこと言っただろ」
「べーつに!」
なんで名前で呼んであげないといけないのよ。おまけなんだから!
「それより、お店! お腹すいたでしょ!」
「ここは公平に、じゃんけんかな~」
「いいわ。アンタ、じゃんけんは分かる?」
「分かるとも。これでも俺は学校の給食で余ったデザート競争で負けたことがない!」
「なにそれ」
「じゃんけんが強いってことだよ。いくぞ!」
じゃんけんぽん!
「…あんた、何よそれ」
あいつが出したのは人差し指と中指を伸ばした形。初めて見た。
「チョキですが」
「チョキはこうでしょ」
アタシのを見せてあげる。チョキは親指と人差し指を伸ばすの。
「そうなの? 文化の違い?」
と、言うか。
「じゃ、私のかち!」
ベルは拳を握りしめている。グーの形だ。
「げ」
「おっと」
「アンタ、それ実はパーでしょ? 引き分けでしょ?」
「大人げない事言った!」
「だーめ、私が勝ったんだから! それじゃ、カルパッチョへれっつごー!」
ぐっ、と堪えてベルの後に続く。あいつは早々に納得したらしい。お店の扉を開けると、からんからん、と小気味の良いベルの音がして、いらっしゃい~、と看板娘っぽい美人さんが出迎えてくれた。お店はすこぶる繁盛しているようで、殆ど満席に近いみたい。お水とメニューを受け取って、早速開く。
「何にする?」
ベルが尋ねた。一口にカルパッチョ、って言っても色んな種類があるんだよね。オリーブオイルをかけただけ、のシンプルな奴から、ビネガーで締めたもの、塩漬けにしたものも。
「俺はマグロがいいなぁ」
マグロは塩昆布を軽くまぶしてあるみたい。生のマグロが最高、ってことだけれど、アタシも経験がないわ。ツナはよく口にするけれど。
「じゃ、皆で分け合おうよ」
「それ、良いアイディアね…じゃ、アタシは白身で…何個かあるわね」
「なら、タイにしようぜ」
「美味しいの?」
「旨いはず」
「じゃ、タイで。ベルは?」
「うーん、うーん…蛸にする!」
手を上げると、さっきのお姉さんがすぐに来てくれた。カルパッチョを三つに、パスタを一つ。とりわけ用ね。ボンゴレビアンコがあったから。聞けば、アクアパッツァと同じく、アサリの出汁で仕上げるみたい。これはこれで期待だわ。
「ところで、いつまでシャルルにいるんだ?」
注文を済ますとしばらくの手持ち無沙汰になる。とりあえずお水をもらうわね。外は暑かったし。少しぬるい。魔法で氷を作ろうかしら。水魔法の応用で氷、作れるのよね…やっぱりやめよ。この夏場に氷なんて作ったら目立って仕方ないし。
「えっと…なんだって、タケシ?」
聞いてなかったや。何か言ったの?
「シャルル、いつまで、ここ?」
「えっとね…きめて、ない」
「うい?」
分かり辛かったらしい。
「決めてないのよ。アタシら旅人だし」
「気ままな二人旅?」
「気ままと言えば気ままだけれど」
「シャルル、くらす?」
「くらさない、いつか、でる」
出てくれるのベル? 生涯を過ごすのは無しで良いわよね?
「とりあえず、路銀を溜めないとなぁ…」
どこに行くにもお金はかかるのです。折角アリアに来たのだから、かの有名なアルテア城を一目見たい、とは思うんだよね。アルテア、ってのが王都の名前で、王族が暮らすお城がそれはそれは立派なんだとか。純白で、とても神秘的らしい。王都には是非に行ってみたい。他にも、奇岩が立ち並ぶ海岸とか、噂では温泉もあるらしいの。
ああ、旅行に行きたい!
「頑張って稼がないとね~」
うんうん、とベルが頷いた。テーブルの上で女の子座りして、爪楊枝でカルパッチョつつきながら食べている。フェアリー用の食器がなかったからね、爪楊枝を使うのは仕方ないのだけれど。
…飛ばないときは死ぬとき、って言ってなかったかしら?
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