潮風の国⑫
一頭にしておけばよかった。転がった二頭のイノシシを見ながら思う。だいたい重すぎるのよ。一頭あたり五十から百キナメモンもあるのよ、素手で持って帰れる訳もないし。荷車くらい、用意しておけば良かったのだけれど。
「私、応援呼んでくるよ」
ベルが一人で飛んでいく。あいつは呆れた顔をしているし。
「これ、どうするんだ?」
「まずは血抜きと内臓処理ね」
待っている間にやることは済ませておこう。一頭目の血抜きはほぼ終わっていた。うまく頸動脈を切れたからね。矢を抜いたらどくどく出てくるの。
二頭目も、鏃を抜いたら鮮血が飛び出してきた。一筋跳ねて、頬が赤く染まる。手の甲で拭う。べっとり。うぇ、とあいつが顔をそむけた。あんたもやってみなさいよ。だくだく、鉄臭さが充満する。あんまり好きじゃないんだよねぇ。でも、これを怠るとお肉が不味くなるし。あとは体毛の処理。ホントは水で洗い流すのが良いのだけれど、川までは遠いからね。ここは魔法で誤魔化しましょう。森は湿度が高いから、水系の魔法と相性がいい。たぷん、とした水の塊を作ると、あいつがまた目を丸くした。大きさは…バケツ一杯分くらいでいいかな。
「よっ、と」
高速で回転させながら体表を洗っていく。水の色がみるみる真っ黒に。離れた地面に魔法を落として、新しく作り直す。二頭分で六回洗うと、水の色が変わらなくなった。
次は内臓の処理だ。胸から股間まで切り裂く。牛刀は持ち歩いているの。こういう狩猟系の依頼って多いしね。ばらっ、と腸がこぼれ出た。よくまぁこんな長いものが身体の中に収まっているもんだ。小腸と大腸を手づかみで引っ張り出す。なまぐさい。やだやだ。
「エルフってさぁ…」
「なによ」
忙しいのよ、今。
「肉とか、普通に触れるんだな」
「最近はね」
「最近?」
「アタシのお祖母ちゃんの頃は肉なんて食べなかったみたいよ」
「そうなのか」
「うん」
腸が無くなると、お腹の中がすっきりした感じ。中も水魔法でしっかり洗う。小腸と心臓とレバーは食べられるんだよね。これも洗っておこう。モツ類は、別に持ってきていたズタ袋に入れる。これで最低限は大丈夫かな。二頭目も。
「連れてきたよ~」
大八車を引いた男衆が二人。これなら載りそうだ。イノシシとモツを納めて、男衆と一緒にシャルルへと戻る。
今日はギルドの閉店前に換金できた。これで今晩は安心だね。
「ところでさぁ」
ギルドを出たところ。流石の夏時間でも夕焼けの時間だ。
「どうしたの、ベル」
「いや、その手に持ってるやつ」
「…ねぇ」
手には仕留めた鷹が一羽。足首を掴まれてぶらん、と逆さにつり下がってる。やっぱり鷹狩りの依頼は無くてさ。ギルドでは引き取ってくれなかったんだよねぇ。
鷹の羽根は武器工房か文具屋でも行けば多分、お金になるんだけれど、羽根を毟る時間は無かったし。言わずもがな、矢の羽根にすれば最上級のものだし、羽ペン、っていう需要もあるからね。羽根は貴重なの。羽根は。
「宿で毟るとして…中身よね」
「肉って…どうなの?」
「どうだろう?」
宿は前にスキンヘッドが言っていた、ギルド御用達の所。安かろう悪かろう、と言う感じではあるけれど、お風呂はあるみたいだし及第点でしょう。
「素泊まり五リリルです。夕朝二食付きで八リリルになります」
宿の丁稚は気の良さそうな少女だった。
「ちなみにベルは…」
「お一人様です!」
「ペルル?」
「うん、いや、一応?」
八かける三は二十四。持ち金はちょっと増えたけど手持ちは八十二リリル。宿代の残金で五十八リリル。あ、あいつの翻訳本も買うのか…二十リリルとして、三十八リリル。明日で尽きちゃう。
「明日もイノシシの依頼、あるかしら?」
「そーやって皮算用して、何度も失敗したじゃん」
そうなのよね。あると思った依頼がなくて、泣く泣く薬草採集をしたこともあったわね。宿も格下げしてさ。
もう一度、手に持つ鷹を見た。
鳩、美味しかったし。同じ鳥だし。
「素泊まりで!」
宣言したのですよ。
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