潮風の国⑪

「いててて…あいつ、もう、信じられない!」

「今年五回目ね」

 視界の先には鷹が転がっている。アタシが射落としたの。ベルを掴んでいた子。結構大きいわね…鷹狩の依頼は無かったかしら?

「おい、大丈夫か?」

 あいつは一応、心配しているみたい。とりあえず鷹を回収。換金できるかもしれないし。

「もうダメ…」

「お、おい! ペルルさん! ヤバいって!」

「ほっておいて良いわよ」

「あー、ペルルって冷たいんだー」

 言いながら治癒魔法をかけている。妖精って見た目より頑丈なのよ。あのくらいじゃちょっと擦り傷ができるくらい。

「ふいー、自慢のお羽がやられたときはどうなるかと思ったよぉ」

「慣れてるでしょ?」

「ぶー、慣れてないもーん」

「凄いな、妖精って」

「一応、精霊族の一派だし。肉体の存在と言うより、精神体に近いのよ」

「精神体…肉体は仮の姿、みたいな?」

「近いわね。一応、寿命はあるのだけれど、肉体の大きさと寿命の長さが比例しないわ。彼女らは百年二百年は普通に生きる」

「人間より長いのか。確かに、身体が小さいほど寿命も短いよな。ハムスターとか、三年くらいだし」

「ハムスター?」

「ネズミみたいなやつ」

「ふうん。ま、それはいいわ。ベル、行ける?」

「もー、妖精使いが荒いよ。やれやれ」

 今度は先ほどよりも慎重に、周囲を見渡しながら飛んでいった。今度は捕食生物はいないみたい。やがて、ベルの姿が森の中に消えた。待つこと数分。戻ってきた。

「ここから東に、一キナヤルク行ったところに一頭、北東二キナヤルク先に五頭くらい固まってた」

 一キナヤルク=1000ヤルク。近い方なら歩いて十五分くらいかな。

「北東の群れは子連れかしら?」

「そ、子連れ。東は雄っぽいね」

 イノシシに限らず、子連れの母親は獰猛だ。ここは素直に東にしましょう。

「どのくらいの大きさだったの?」

「一ヤルクあるか、ないかくらい」

「そこそこね。じゃ、行きましょう」

 へーい、とタケシの返事で歩き出す。木立の間。ふかふかな腐葉土を歩く。獣道だろう、うっすらと踏み跡が残っていた。

「知っていると思うけれど」

 小声で、あんにゃろに。

「大きな音はたてないで。逃げられるから」

「おう」

 そろそろと目的地へ。ベルが再び偵察へ。今度はすぐに戻ってきた。

「うん、お食事中みたい」

「射線は?」

「ここから背後に回り込むか、樹上射撃か」

「樹上にしましょう」

 長弓を担ぎなおし、ぐい、と膝を曲げる。アタシらエルフは普通にできるのだけれど、どこぞの魔導士さんが魔力で飛んでいる、なんて言ってたっけ。飛ぶって言っても、ベルとは違って精々数ヤルクの跳躍が限度だけど。踏み込んで、ジャンプ。

 手近の木の枝を掴んで、ブランコみたいに一回転。枝の上に着地して、もうひとっとび。ちらり、とベルとあいつが見えた。ベルは慣れたもの。あいつはあんぐり口と瞼を剝いている。ちょっと怖い。

 二回目は横方向に。次の木に移る。それを何度か。イノシシが見えた。ベルの偵察の通り、オスのイノシシだ。そこそこの大きさ。悪くないわ。

 長弓を構える。きりきり。弦を引く。ゆったりと。矢の先。ぴったりと捉える。イノシシは一心不乱に地面を掘っていた。昆虫でも探しているのだろう。アタシには気付いていない。側面を狙う。頸動脈を一気に。鏃に魔力を込める。うまく止め刺しもできれば完璧。

 イノシシが少し、動いた。ここ!

 ひゅう、と羽が鳴る。一直線。イノシシが振り返った時には、鏃が首の付け根に吸い込まれていった。ぶるっ、と痙攣し、どう、と倒れる。

「よっし、一発!」

「流石だねぇ、ペルルは」

 ベルが飛んできた。

「当然でしょ! これならもう一頭くらい仕留められるんじゃない?」

「そうだねぇ。じゃ、また偵察に行くよ」

「よろしく」

 樹上から降りると、不貞腐れたあいつがいた。

「…置いてきぼりにするなよ」

 あんたも木に登れば?

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