潮風の国⑧
街を出て、街道へ。狩場は街道を少し進んだ先にあるみたい。街の規模感はかなり大きいけれど、それでも一時間も歩けば原野が広がる訳で。ここから先は人間より野生動物、或いは盗賊山賊の類の方が多くなる。キャラバンなんかは護衛を雇うのが一般的だけれど、アタシらは三人だけでのんびり歩く。ベルはあの小柄で見た目以上にすばしっこいからほっておいても大丈夫、問題はザックを抱えたあいつなのだけど。
「どこまで行くんだ?」
あいつは荷物持ちね。アタシらの後ろをとぼとぼ歩いてる。体力ないなぁ。あいつには携帯食とか飲料水に簡易調理具を担がせてるの。他に他にやらせる事が無いんだもの。荷物持ちが順当でしょ?
「あの森よ」
前方には標高の高そうな山脈があって、その手前には深い森が広がっている。イノシシに限らず、野生動物はこういうだだっ広い所にはあまり出てこないんだ。警戒心が強いからね。あんな感じの森に隠れている事が多いの。このあたりにいるのは精々野鳥くらい。遥か大空にはトンビだか鷹だかが飛んでいる。楽しそうだなぁ。
なんて、空を見上げていると頭上からベルの影が映った。逆光で顔が見えないよ。透明な羽だけキラキラ光る。
「どうしたの?」
「ちょっと気になって」
「何が?」
「タケシってさぁ、何ができるの?」
「さあ?」
「そう言うのって大事じゃない? パーティーの戦力は事前に把握しておかないと」
「パーティーにしたつもりは無いのだけど」
「じゃあタケシはなんなの?」
「居候」
「居候とは失敬な」
あんにゃろが入ってきた。
「別にぃ。でもそうね、あんたがなんの役に立つのか知りたいだけ」
「そこなんだよな」
「そこ、と言われても」
「普通、こういう異世界転生ってのはなんかこう…チート的なやつがあるはずなんだよ」
「さっきも言っていたけど、チートって何よ」
「なんかすごい力だよ。スキルとか魔法とか。俺TUEEEEE! みたいな」
「なによそれ」
所々分からない語彙が出てくる。分かる言葉で喋りなさいよ、分かる言葉で。
「ともかく、色々試したんだが」
試したんだ。
「何もない!」
「使えない奴」
「ひどい!」
「使えないの、タケシ?」
「使えないわ」
諦めて首を横に振る。あいつの護衛はしなくていいわよね。自己責任ってことで。そもそも好きで連れている訳じゃないし。
「あ、でもよ。料理ならできるぞ」
「なんて?」
「料理ができるって」
「そういや、調理場に立ってる、って言ってたね」
清流屋で。番頭さんが言ってたな。
「料理人なの?」
「違うよ」
「どこで料理を覚えたのよ…」
「自炊なめんな!」
どや顔。イラっとしたから置いて行っていい?
「じゃ~昼ごはん作ってもらおうよ。道中っていっつも、ぱさぱさのパンか、塩味のスープじゃない」
「塩味のスープ?」
あいつが言った。ベルの言葉、分かったの?
「塩と砂糖とビネガーは覚えた。スープも。使うからな。塩味のスープって何だよ」
「白湯に塩を混ぜたやつだよ~」
通訳しなきゃよかった。あんにゃろ、無遠慮にゲラゲラ笑うんだもの。
咄嗟に手を振り上げたら、あいつ、ひたすらに謝ってきたの。
失敬だわ。
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