潮風の国⑥

 で、自棄糞にお酒を飲んで、料理を食べて、生魚に挑戦して。お腹パンパンでベッドにもぐりこんで、翌朝、朝ごはんまでご馳走になって、清流屋を後にしたんですよ。

 一人増えてさ。

「とりあえず、どうするんだよ」

 タケシは意気揚々。喋れるのが楽しくて仕方ないみたい。

「…とりあえず、ギルドに行くわ」

 がっくし肩を落とす。まぁまぁ、とベルは気楽な様子。あなたはいいわよね、翻訳しなくていいからね?

「ギルド! ギルドがあるのか、冒険者ギルド、ってやつか?」

「そうよ、知っているの?」

「現代日本のファンタジーに必須だよ! 依頼を受けて、報酬を貰うんだろ? アレか、やっぱモンスターとか、出るのか?」

「出るには出るけど、そういう仕事は稀ね」

「まれ?」

「ねぇ」

 ベルが頬を膨らませた。

「二人で話すの、辞めて欲しいんですケド~?」

「だって仕方ないじゃない。こいつ、喋れないし」

「喋れないとは失敬な!」

 魔法って不便だよね~。アタシの言葉が二人の耳には自動的に自分の言葉に聞こえちゃうの。アタシだけ二人と会話している感じ。しんどい。あと、じんわりマナが抜けていくのがね? 嫌な気分なのよ。体温が抜ける様な、冷や汗をだらだら流しているような感じ。ずっと続けるのが得策、とはとても言えない。

「早く言葉を覚えなさいよ。言っておきますけど、翻訳魔法だってタダじゃないんだからね?」

「タダじゃない、とは?」

「要するにマナを使うから、精神力を常時消費してる状態、ってことだよ」

 奴が首を傾げた。ベル、あなたの言葉は通じないから。

「アタシの精神力を使ってるの。無限じゃないから!」

「MP常時消費型、ってやつか…そりゃ大変だ。寝れば治るのか?」

「休めばそりゃ、回復するけど…あなた、どこからそういう知識を手に入れたの?」

「ゲームとラノベだ!」

「何よそれ」

「要するに小説」

 ふうん、とだけ返して先を急ぐ。その後も色々話しかけられたけれど。曰く異世界モノとは、とか、普通はチートが貰えるのに何も無かった、とか、女神はいるのか、とか。良く分からないから聞き流しといたよ。いちいちベルに翻訳するのも面倒だし。

「あら。お一人増えられました?」

 受付の一言目。おはようございます。

「押し付けられまして」

「はぁ…ともかく、こちらが達成報酬です」

 一リリル金貨が十枚。改めて思う。やっす。

「あのさぁ」

 ベルが言った。

「タケシもいると、宿に泊まれなくない?」

 それね。

「あんたさ、お金持ってる?」

「これしかない」

 皮財布から出てきたのは長方形の紙切れが数枚とコインがいくつか。銀色の。

「あら、銀貨を持っているの?」

 これは話が変わってくる。銀貨なら一枚で二リリルくらいの価値になるし。ざっと五枚ほど。これだけあれば、一晩くらいは泊まれるかも。

「ペルル、これ銀じゃない」

 コインを手に取ったベルが言った。

「なに?」

「鉄…違うなぁ、なんだろう?」

「これはアルミだけど」

「アルミ…」

 どこかで聞いたことがあるような。

「嬢ちゃん、アルミとな?」

 やってきたのは小柄で、茶髭を胸あたりまで伸ばした男だった。アタシより背が低いけれど、筋骨は隆々としていてまるで巨大なだるまさんみたい。ドワーフだ。

「知っているの?」

「知ってるも何も、貴重な金属じゃ。原石はそこら中で採掘できるんじゃが、精錬方法が未だ確立されておらん。電気魔法で精錬ができるようじゃが、魔導士不足でな…見ても良いか?」

 どうぞ、と彼にアルミのコインを手渡す。片眼鏡でじっ、とそれを見つめ、はぁ、と嘆息した。

「純度の高いアルミじゃの…初めて見た。すまんが、これを儂に譲ってくれんかの?」

「この人、このコインが欲しいって」

 通訳してあげる。一応、こいつの持ち物だから。

「いいぞ、たった一円くらい」

「良いそうよ。お代は?」

「二十リリル払おう」

「乗った!」

 乗るしかないでしょ、このビックウェーブは! まさかこいつがこんな価値を持っていたなんて! これは引き取って正解だったかしら?

「ついでに、他のコインも良いかの?」

「ええ、どうぞどうぞ!」

「貧乏って嫌だなぁ…」

 ベルの小言は聞こえないふりをするね。仕方ないじゃない、一人増えたんだし、お金は十七リリルしかないの。一泊泊まれば吹き飛んじゃう!

「こいつは銅じゃな。これはいらんのう。こっちは…なるほど、白銅か。にしても、上手く加工しておる…これは研究用じゃな。五リリルでどうじゃ」

 100、の文字が刻まれたもの。これもOK。

「この紙は…不思議な素材じゃの。随分と丈夫そうじゃ。手形…ではないよな。これも気になる。一リリルでどうじゃ」

「これは困るんだ」

 タケシが言った。ただの紙切れが?

「諭吉先生は流石に渡せない…! 日本に戻ったら使えるし!」

「ダメみたいよ」

「そうか、残念じゃな」

 ドワーフが片眼鏡を持ち上げた。

「儂はドワーフのフェルゼンじゃ。また珍しいものがあれば譲っとくれ」

 了解、と応えてコイン二つと二十五リリルを交換する。やった、これで持ち金が四十二リリルになった。これだけあれば一週間くらい…いや待てよ。

「三人だった」

「うん。三日持てばいいんじゃない?」

 ベルってたまにすごーっく冷めてるよね。

「…仕事しよう」

「はい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る