第7話
大人になってから新しい友だちを作ることは難しいと思っていた。
だけど、意外なくらい自然に真桜さんとの仲は深まっていった。
はじめてコメントをしたのが1ヶ月前。真桜さんは歓迎してくれ、それからチャットで話すようになった。
漫画やゲームが好き。どちらかと言えばインドア派で、友だちが少ない。
同い年ということもあり、思い出のアニメや流行った遊びなどの話が合う。
共通点や共感できることが見つかるたびに、やわらかい高揚感に包まれる。
学生のころは積極的に友だちを作ろうとしなかった。グループに入れず余った者同士で集まってみて孤独をしのいでいるような、そのくらいの付き合いしかしてこなかった。
ひとりでもいいと思っていた。だけど、真桜さんと話すのはすごく楽しかった。はじめて友だちを作った、と思えた。
毎日、ゆっくりと会話を重ねた。どちらも短文でテンポよくおしゃべりするよりも、文通のようにまとまった分量でやりとりするのが性にあっていたらしい。
1日に1、2往復するチャットの吹き出しは、どんどん長くなっていった。
今朝も、小さいころにハマっていた漫画や、真桜さんの影響でわたしも遊びはじめたアプリゲームの話などと共に、1枚の写真が送られてきた。
ふたつの中華まんが写っており、ひとつは白、もうひとつはほんのりオレンジ色をしている。
『昨日は肉まんとピザまん両方食べちゃいました
寒いとデブ活がはかどって困ります笑』
ふっと笑みがこぼれる。同時に、投稿で眺めていたときは架空の人物のように感じていたのに、すぐそこに存在するような感覚に変わっていることに気づいた。その心境の変化が愛おしく思えた。
今日は肉まんとピザまんを買って帰ろう。
真桜さんと同じものを食べて、同じ世界で生活していることを実感したい。
そんなことを考えながら作業をしていたら、隣から視線を感じた。目を向けると、五十嵐さんがホイップクリームを絞る手を止めてニヤニヤしていた。
「里見、最近楽しそうじゃん?」
「仕事が楽しいわけないですって」
「そんなん当たり前よ。仕事じゃなくて、何か良いことあったのかなーって感じ」
五十嵐さんはデコレーションを再開しながら、静かに話をつづける。
「帽子とマスクで隠れて目もとしか分かんないけど、何か表情が明るくなったっていうか」
「わたしそんなに暗かったです?」
「んー、暗かったっていうか……諦めてるような目してたよね。定期的に電流を流される犬みたいなさ」
セクシャルマイノリティであることや「普通の幸せ」を望めないことを、常に悲しんだり悔しがったりしてはいなかった。
普通のフリをしている意識もなかった。どんな色の人間でいたいか考えることもなく、かといって自分のことを全肯定できていた訳でもない。
すべてを保留にしていた、というのが正直なところかもしれない。
それは諦めてることと同じだったのか。
そして、今は諦めるのをやめたということなのか。
「いや、電流流される犬て……何ですかその倫理に欠ける例え」
五十嵐さんはわたしのツッコミを無視して、クリームを絞り終えたケーキを回してくる。
わたしは真桜さんと出会って、少しは変われたんだ。自覚はあまりしていないけど。
真桜さんはどうだろう。わたしと出会えてよかったと、少しでも思ってくれているだろうか。
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