第6話
ほとんど定時で仕事を終え、帰宅する。時間があるから夕飯を作る気力もあった。
冷蔵庫を覗いて適当に食材を組み合わせて、名前のない料理を作る。
白菜とネギと豚バラに大根おろしを加えたみぞれ炒めと、油揚げとしめじの味噌汁。
ひとりで食卓につく。部屋にテレビはなく、とても静かだ。
五十嵐さんから言われた言葉が頭の中にこびりついていた。
やっと里見も彼氏欲しくなったか。
恥ずかしがるなって、普通のことだから。
五十嵐さんはわたしがセクシャルマイノリティだということは知らない。
だから「彼氏」と決めつけたり、「普通」といった言葉に、わたしへの当てつけとか差別の意識などないはず。
わたしが勝手に傷ついた気持ちになっているだけだ。
何も知らない相手に配慮を求めることは傲慢すぎる。
現実から逃げ出す気分で「flower」を開く。今日もいろんな人の日常の切れ端がそこに連なっている。
流し読みしつつスクロールしていくと、目にとまる文字があった。
真桜さんだ。
『この歳になって自分がノンケなのか疑問に思い始めた
リアルの場では普通のフリしてるけど、ここを見つけられてよかったなぁ
セクマイの悩みを持つ人が近くにいると思うとほっとする』
迷わず「いいね」を押してから、慌てて投稿時間を確認する。1時間前のようだ。あまりに反応が早すぎても気味悪がられるのではないかと考えてしまう。
共感しました。
たったそれだけのコメントをしてもいいのだろうか。
物心ついたときからレズビアンだったわけでも、はじめから異性や恋愛に興味がなかったわけでもない。
違和感に気づいてはじめて、セクシャリティの迷子になった。
きっと、真桜さんも似た経験をしたのだろう。
わたしだったら、真桜さんの理解者になれるだろうか。
わたしはすでに、真桜さんに唯一の味方になってほしいと思ってしまっている。
勇気を出してコメント欄をタップする。味噌汁が冷めてしまうくらい考えて、迷って、やっとできたメッセージを読み返す。
『はじめまして
その気持ち、すごく分かります
わたしもこのアプリを見つけられてよかったと思ってます
もしよかったらお話してみたいです』
はじめてのコメントにしては送信時刻が遅すぎるだろうか。「いいね」を押してからのタイムラグもできてしまったし……。
そんな余計なことを心配する頭を無視して、人差し指が送信ボタンを押すのをわたしはぼんやりと眺めていた。
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