カンナ 〜電脳城と仮面の騎士〜

石嶋ユウ

EP1 カンナ・ミーツ・ナイト

 カンナが何も覚えていないことに気づいたのは、夜、ゴミ捨て場で寝転んでいた時だった。彼女はこの二日間飲まず食わずで過ごしてた。家もないので、ゴミ捨て場で寝泊まりしていたが、急に何かを思い出すように彼女は夜空を見上げた。

 するとどうだろうか。彼女の目に昼間まで見えていなかったはずの何かが、遠くの方に見えた。それは空に浮かぶ街のようだった。言うなれば天空都市である。天空都市を見たカンナは目を丸くした。自分の常識が崩れ去ったような気がした。だが、同時に懐かしさのようなものも感じた。彼女は相反する反応に戸惑った。自分はこの町で生まれ、家も家族もいない見すぼらしい獣のような子だと心の中で唱えようとした。その時だった。彼女は自分が生まれてから今までの記憶がまるで無いような感覚に襲われた。何も思い出せないのだ。彼女は自分はこの町で生まれ、家も家族もいない見すぼらしい獣のような子だと思い込んでいたことに気がついたのだ。それでも、自分が何者かをやはり思い出せずに彼女はゴミ捨て場で眠りについた。


 世界が朝を迎えた。全身を防具で覆った仮面の騎士はある人物を探していた。ロボットの愛犬、ハシルの鼻先に取り付けられた臭気センサを頼りに探していたが、なかなか見つけられずにいた。

「あれから三日も経っているからもう見つからないのだろうか……」

 変声機で変換された低い声で騎士は独りごちた。それに反論するかのようにハシルはワンと鳴いて騎士を小突いた。

「そうか。お前は諦めてないんだな。俺が弱気になってどうするんだ、だよな」

 騎士は仮面を両手で叩いて自らを景気づけた。

「よし、もっと探そう」

 その瞬間だった。目の前にゴミ捨て場があることに気がついた。それからついでにそこに寝ている少女にも気がついた。

「どうかしましたか!」

 騎士は慌てて少女の肩を叩いた。命に関わる状態かもしれないと思ったからだ。すると、少女、カンナは目を開いた。

「うーん、なんだよ……」

「よかった。ただ、寝ていただけか」

 騎士は一気に脱力した。カンナは目の前にいる仮面の騎士とロボット犬に驚きつつも自らの空腹には耐えられなかった。

「おい、何か食い物持っていないか?」

「それなら、あるぞ」

 騎士はハシルの中に仕舞っていたパンを一つ、少女に差し出した。彼女は凄い勢いでそれを手に取り、獣のような姿勢で汚い食べ方をした。

「獣のようだな……」

 騎士はなんとなく目の前の少女のことをかわいそうな人だと思った。

「ありがとう」

 カンナの口にはパンの欠片が残っていた。だが、彼女は気にも留めていなかった。

「あ、ああ……」

 騎士はますます彼女のことが不憫に思えた。


 その瞬間。

「危ない!」

 騎士はカンナ庇いながら、どこからか放たれたレーザービームを避けた。地面にはビーム痕が残っている。

「がるるぅ……」

 カンナは獣のような姿勢で臨戦体制に入った。一方で騎士も腰に携えていたビームブレードを起動した。ビーム状の刃が空を切る。二人と一匹の前に現れたのは巨大なゴリラ型のロボットだった。ゴリラは電子音声で喋り始めた。

「対象者、発見。直ちに、処分する」

 ロボットゴリラの目に赤いエネルギーが蓄積されていく。騎士は身の危険を感じた。ビームブレードの刃をしまう。

「ここは逃げるぞ」

「がるるぅ……」

 カンナはどういう訳なのか、ロボットゴリラを目にした途端に獣のような本能に襲われていた。まるで、自分が人間ではない何かのような気分だった。

「ロボット相手に張り合うな、とにかく逃げた方がいい。ハシル、バイクモードに変形しろ」

 騎士の命令で、ロボット犬ハシルは変形を開始した。手足が収納され、胸から格納されていた二つの車輪を展開し、尻尾をまっすぐに伸ばした。さっきまで犬型だったものがバイクになったのだ。

「とにかく行くぞ」

 そう言うなり騎士はカンナと共にバイクに乗った。

「カンナ、アイツトタタカウ」

「はぁ? お前は本当に獣なのか? 生身の人間じゃ死ぬぞ」

「カンナ、カラダキンゾク」

「いや、どう見たって生身の……」

 騎士が人間だと言おうとした瞬間。ロボットゴリラの目からビームが発射された。

「あぶね!」

 騎士は全速力でバイクを走らせた。ギリギリのところでビームをかわしたハシルは最高時速で道を駆け抜ける。

 ロボットゴリラが見えなくなるまで、ハシルは走り続けた。朝方の何も走っていない道路を進む。走り続けているとカンナは表情が元に戻っていた。

「ねえ、私はさっきどんなだった……」

 辺りを見回しながらカンナは騎士に聞いた。

「おい、覚えてないのか? さっきまでロボットゴリラ相手に戦おうとしてたんだぞ」

「え、覚えてない。なんで?」

「知るか。ところで名前は?」

「カンナ。そっちは?」

「俺はアキラ。で、このロボット犬はハシル」

「そう、よろしくね」

「よ、よろしく」


 そのまま走り続けていると遠くの方から地響きがした。

「おい、まさかだろ」

「ウホホ!」

 空からさっきのロボットゴリラが飛びかかってきた。アキラは急カーブしてハシルの尻尾をゴリラにぶつけた。ハシルの尻尾は特殊な金属でできていて、バイクモードの時はとても硬くなっている。ゴリラはハシルの尻尾にぶつかった勢いで近くの建物まで投げ飛ばされた。建物の外壁が崩れる音がする。

 アキラは来た道を引き返して、逃げることにした。一方で、ゴリラは突っ込んだ建物から自力で抜け出し、対象者の追跡を再開した。その巨体からは想像ができないほどの速さでアキラたちを追ってくる。

「ところで、あのゴリラはなんなの?」

 カンナはさっきから疑問に思っていたことをアキラに聞いた。アキラは後ろから追ってくるゴリラのことを気にしつつ、質問に答えた。

「あれは、王国からの遣いだ。王国っていうのは俺が仕えている異世界にある国ことだ」

「なんで、仕えている国から追われなきゃならないの?」

「大臣がクーデターを起こして、国を乗っ取ったんだ。俺は今、この世界に飛ばされた姫を探している」

「姫?」

 

 その瞬間。彼女らはゴリラに追いつかれた。ハシルの尻尾を掴まれてしまい、走れなくなる。

「対象を確保。焼却する」

 ゴリラは即座に目からビームを撃とうとした。

「俺たちもここで、終わりか……」

 諦めて、ハンドルから手を離すアキラ。だが、カンナは違った。

「がるる……、がるる……」

 カンナは獣のように唸ると後ろに向き直ってゴリラを見つめた。

「おい、何をする気だ、カンナ!」

「うう、ううう、うわー!!」

 カンナは叫び、口から高エネルギーのビームを放った。

 カンナが放ったビームはゴリラの頭部を直撃した。ゴリラの頭が一瞬にして消し飛んでしまった。

「おい、マジかよ……」

 アキラは呆気に取られていた。頭部が破壊されたゴリラだったが、まだ動けるようだった。掴んでいたハシルの尻尾を離して、今度は腕力による格闘戦を始めようとした。だが、頭を失ったせいなのかゴリラは明後日の方向へとパンチをした。

「まだ、動くのか、アイツ」

 アキラはビームブレードを取り出そうとしたが、それよりも前に動いたのはカンナの方だった。

「がるるぅ!」

 カンナは今度は手首を大きな獣の手に変形させ、鋼鉄の爪を出した。爪がゴリラの腕を直撃し、ゴリラの大きな腕が破壊された。それからカンナは腕の爪でゴリラの胴体を切り裂いた。ロボットゴリラはついに動かなくなった。動かなくなったゴリラだったが、カンナはなおも破壊を続けた。ゴリラの中にあった配線が剥き出しになるとカンナはそれを食いちぎり始めたのだった。


 アキラは絶句した。華奢な少女の口からビームが出て、腕が変形し、もう動かなくなったロボットゴリラの配線を食いちぎっているからだ。その様子を見てアキラは一つ思い出したことがあった。やがてカンナは食いちぎるのをやめ、手の形も元通りになった。

「あれ、私何をしてたんだろう……」

 彼女も、破壊し尽くされたロボットゴリラを見て絶句した。

「なあ、カンナ。お前本当に何も覚えていないのか?」

「うん、だけど、本能が叫んでたような気がする……」

「本能?」

「なんとなく……」

 アキラはロボットゴリラの残骸を見つめながら、一つの可能性を考えついた。

「カンナ、お前はこの世界の人間ではないかもしれない。もっと言うと人間ですらないのかもしれない……」

「嘘だ。私はこの世界で生まれて親もいなければ家もない可哀想な子のは、ず……」

「そっちが嘘なんじゃないか? 本当は俺たちの世界から何らかの理由で流されたリーサルウェポンなんじゃないか?」

「リーサルウェポン?」

 リーサルウェポン。それはアキラたちが住む世界で作られ、最も恐れられた兵器の一つである。普段は人の姿をしているが、いざという時は獣のような姿となって標的を破壊し尽くす戦闘マシーン。アキラが知る限り、それは極秘の場所で厳重に封印されているはずだった。

「なぜ、リーサルウェポンがこの世界に……」

「私は何者?」

 二人の眼前には大きな謎だけが残されている。

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カンナ 〜電脳城と仮面の騎士〜 石嶋ユウ @Yu_Ishizima

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