第3話 それは勘弁して下さい

 リーダーの小田さんは、飄々ひょうひょうとしながら別のオペレーターさんの所に移動します。岩寺さんも遅れないように一所懸命についていきます。


 既に夕方とは言えない時間なので、電話の着信ピークは終わっているようです。広いオペレータールームにいるオペレーターさんの数はまばらです。


 オペレータールームは、大きな体育館ぐらいの広さに五人横一列に並んだ机がズラリと並んでいます。


 一人分の広さは小さな勉強机ぐらいの広さでその机の上にはパソコンのキーボードと受話器で使うようなテンキーが置いてあります。机の前には衝立ついたてがあってその衝立には大きなモニターが4台も付いています。


 着信中と待受中のランプは、その衝立の上部に付いていますから、広いセンターの中でも会話しているオペレーターさんの場所がランプの状態を見てわかるのです。


 リーダーの小田さんは、広いセンターの中から会話中のオペレーターを見つけて岩寺さんを連れて行きます。


「じゃあ、次は美智子ちゃんの所にしましょうか」


 リーダーの小田さんはそう言いながら、そのオペレーターさんの所に近づいて行きます。オペレーターさんの机の上には大きな画面が写っています。そこには、今通話中のATMはどこの場所のコンビニに置いてあるのか、と言った情報が大きな文字で表示されています。そして、その画面の上にはオペレーターさんの名札が『どどーん』と置いてあります。


 いや、誇張じゃありませんよ。本当に『どどーん』という感じで置いてあるのです。名札の名前の書いてない空白部分には、皆さん好き勝手に絵を書いたりシールを貼ったり楽しんでいます。


 オペレータールーム自体が広い場所なので、誰がどの場所でお仕事しているのかが判るように、通常よりも大きな名札にしているそうです。リーダーの小田さんが、コッソリ岩寺さんに教えてくれました。


「単調でストレスが溜まる職場だから、少し遊び心を入れないとつまらないでしょう?」


 そう言いながら、リーダーの小田さんは、岩寺さんのヘッドセットに付いているプラグを『田口美智子』の名札が立ててある机の横の予備ジャックに挿します。


 あ、田口さんの名札には大きなピンクの象さんがガッチリと張り付いています。これならこの広い部屋の端からでも田口さんがどの場所で仕事しているか判りますね。


「はい、そうですね……。それでは今から警備会社の担当者を呼びますので、恐れ入りますが30分後にもう一度戻ってきて頂けますでしょうか。はい、申し訳ありません。はい、それと、ただ今ATMから出て来た引き換え証も併せて持って来て下さい。それが無いとカードはお返し出来ませんので。はい、はい、そうです……」


 どうしたのでしょうか? ATMで何か困った事が起きたのでしょうか。


 リーダーの小田さんが説明して下さいました。


「多分、カードをATMに食べられちゃったのね」


 優しい声が聞こえます。センターの中は色々な人の話し声でザワザワしているのですけど、リーダーの声は良く通る声です。ほんのりと香水の匂いも漂って来ます。


「え? ATMって、キャッシュカードを食べちゃうんですか」


 岩寺さんがビックリしてリーダーの小田さんにソッと聞き返すと、小田さんはお茶目にウインクしながら答えてくれます。


「本当に食べたりはしないわよ。一定時間経ってもキャッシュカードをATMから抜かないと、防犯上の理由からATMがカードを回収しちゃうの。だって、忘れて帰っちゃうお客様もいるのよ」


「えー、だってお金を下ろしに来たのにカード忘れちゃうんですか?」


 直ぐ横でオペレーターの田口さんが通話中なのを忘れて、つい大きな声でいっちゃいました。リーダーの小田さんは、そんな岩寺さんの口に綺麗な人差しをソッと当てて言います。


「裕子ちゃん、静かにね……、まだお客様と繋がってるから」


「ごめんなさい……」


 岩寺さんは、大きな声を出してしまった恥ずかしさで、ちょっと顔を赤くして体を縮めるようにして謝ります。


「大丈夫よ、ほら美智子ちゃんも指でOKマーク出してくれてるし」


 そう言いながらリーダーの小田さんはオペレーターの美智子さんの方を見ながら岩寺さんを安心させるように言いました。


「でもね、さっきの話は本当なの。カードだけじゃなくて、下ろした現金も忘れてっちゃう人がいるの」


 リーダーの小田さんも不思議そうに首を傾げながら、言うのです。


「そういう時は、ATMの横の電話で連絡してくれれば返却は可能なのよ。警備会社の人の立ち会いの元でATMから飲み込んだカードやお金は出て来るから」


 リーダーの小田さんはそう言いながらオペレーターの田中美智子さんの方を見ています。


 どうやら、お客様も諦めて30分後にまたATMに戻って来るらしいです。


 * * *


 コンビニATMでトラブルが発生しても、コンビニの店員は絶対に助けてくれません。黙って、ATM横の受話器を指差すだけです。なぜなら、コンビニを運営する会社とコンビニに置いてあるATMを運営する会社が別だからです。


 一定時間カードやお金をATMから取るのを忘れていると、他人に盗まれないためにATMがカードやお金を自動的に回収してしまいます。そうなっても、コンビニの店員は何もできません。


「ごめんなさい、それは勘弁して下さい」と言うだけです。


 * * *


 オペレーターの田中さんの通話中ランプも消えました。


 一件落着のようです。30分後にATMに戻ってきたら、そこには警備会社の社員さんが待っています。そして警備会社の社員さん立ち会いの元で、オペレーションセンターの技術員の遠隔操作でATMから先程のカードがお客様に戻される仕組みだそうです。


 へー、私も気をつけよう! と思う岩寺裕子さんでした。

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