今日も誰かが掛けて来る ─ 誰もがお世話になるコンビニATM、そこに付いている受話器の先は? ─

ぬまちゃん

第1話 ATMの横にある受話器は何処に繋がるの?

 ぷる、ぷる、がちゃ!


「おはようございます! こちらは、ニコニコATMセンターです。どんなご用件でございましょうか?」


 * * *

 着信音は2回鳴ったら取る。遅すぎても、早すぎてもいけません。

 昼間でも、夜中でも、たとえ深夜でも、挨拶は『おはようございます』を使いましょう。

 * * *


 その部屋の壁には、大きな文字で今月の標語が張り出されていました。


 部屋中でせわしなく着信音が鳴っています。それに呼応する様に、大き過ぎず、小さ過ぎず、明瞭な声で、『おはようございます』の単語が飛び交っています。


 ここは、都心からは離れていますが、駅前には大きなショッピングセンターもある〇〇ビジネスパークの一角にある某IT企業が所有するビルの中の一室です。


 * * *


 日本中にあるコンビニエンスストアのATM(現金自動支払機)には、トラブル対応連絡用として必ず受話器が付いています。でも、その受話器は決してATMの製造メーカや銀行の業務部にはつながりません。

 実は、全ての電話はここのサポートセンター(ヘルプデスクとも、オペレーションセンターとも呼ばれます)に繋がるのです。


 そこでは、24時間365日、雨の日も風の日も、雪の日も台風の日も、大勢のオペレーターが色々なクレーム処理の電話を受けるべく待機しているのです。


 * * *


「おはようございます。貴女が今日から働いて下さる方ね?」


 伸びのある透き通った声でリーダーが新人の女性に挨拶します。それから、軽めのお化粧と少し緩やかな服に身を包んだ女性リーダーは資料を脇に抱えて、新人に近づいていきます。リーダーの履物は今流行の厚底で軽めのスニーカのようです。


「お、おはよう、ご、ございます」


 新人の女性は、普段は使わないような声を出して慌てて返答します。


「ウフ、無理して綺麗な声を出さなくても良いですよ。無理な声を出していると喉に良くないの」


 そう言いながら、リーダは微笑みながら今日からの仕事に必要な資料を新人の女性に渡しました。


 彼女は、今日からこのセンターでバイトする女子大生の、岩寺裕子(仮)さんです。みんなは、彼女のことを裕ちゃんと呼んでいました。


 今までは、コンビニでバイトしてたのですけど、深夜のお客さんとトラブルになることも多く、これ以上嫌な思いをしたくないので辞めてしまったのです。そのせいもあって、しばらくは対人恐怖症になってしまって苦労しました。


 夜勤で、バイト代が高くて、あまり力仕事でもなく、顔を合わせなくても良いバイトを探していたら、このお仕事が目に留まりました。

 人と会話するお仕事ですけど、会話の相手は電話の向こうだからあまり気を使わなくてもいいし、電話の相手がどうしてもイヤなら上司(バイト・リーダさん)に代わってもらえばいい、と言うことなので、リハビリも兼ねて始めてみることにしたのです。


「岩寺さん、よろしくね。私はここのバイト・リーダの一人、小田です」


 そう言いながら、リーダは彼女にヘッドセットを差し出します。


 オペレータは、仕事中は殆ど電話しているので、耳への負担を和らげるためにヘッドセットを使って電話の対応を行うのです。

 なるほど、オペレータ室には、それぞれ思い思いのデコレーションをした箱が並んでいます。この箱には、ヘッドセットや自分のメモ用紙、その他個人の所有物を入れているらしいです。


 貴重品を入れるロッカーは別の場所にあり、コートハンガーもオペレータルームの外にあるので、その箱は本当に頻繁に使いたいものだけを入れている箱のようです。


 ヘッドセットは頭に負担がかからないように、軽量化されているために、直ぐに壊れちゃうそうで、その場合は直ぐに交換するから早めに言ってくださいね、ということでした。


「初日は、このヘッドセットを使って先輩たちの通話を聞くことからね」


 リーダの小田さんは、そう言いながら彼女のヘッドセットのプラグを先輩が会話している機械の横の『予備ジャック』と書かれている穴に差し込みます。

 すると、今先輩が会話している内容が彼女のヘッドセットから流れてきます。


「大丈夫よ、岩寺さん。あなたのヘッドセットのマイクの横に付いている押しボタンを押さない限り、貴女の声は入らないから」


 そういって、彼女のヘッドセットのマイクの横を指で示すのです。確かに、マイクの横には小さな押しボタンが付いています。

 そう、会話する時だけこのボタンを押せばいいのです。うーん、余計な声を相手に聞かれるのは、まずい時もありますから。

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