流れ者

正体不明の素人物書き

流れ着いた行先は・・・。

5月のある日。

数人の女性たちが、山の中にある川辺で、時期的には少し早いキャンプをやっていた。

その女性たちの一人、織部 瑠璃華(おりべ るりか)。女子大生で21歳である。

数日前に何を思ったのか、急に友人たちをキャンプに誘ったのだった。

瑠璃華がこんなことをするのは初めてではないからか、友人たちは驚くこともなくあっさりとOKした。

バーべキューの準備をするためにみんないろいろ動いており、瑠璃華もその一人だった。

が、少し離れたところで一人の男を見つけた。

その男は何をするわけでもなく、ただ川の流れを何も敷かずに座ってじっと見ていた。

服装は冬に近い感じのものを着ており、遠目に見てもわかるぐらい汚れていた。

その横には大きめのリュックが置かれている。

特に声をかける必要もないと思い、そのままその場を去った。


夕方。バーベキューが始まり、みんなわいわいと笑顔で喋りながら食べている。

瑠璃華もそうしていたが、ふと何気なく振り向いたときに表情が変わった。

先ほどの男がまだいたのである。

「瑠璃華、どうしたの?」

友人の一人が声をかけた。

「う、うん。あの人、ずっとあそこにいるんだなって…」

「あぁ、あの人ね。さっき誘おうと思って声をかけたんだけど、“俺に構わないでくれ”って断られたわ」

「でも、顔がだいぶ汚れてるわね。何日か洗ってないって感じね。しかも無精髭まであるし」

これを聞いて何人かが聞いてはいけないことを聞いた顔をした。

しかし、瑠璃華は別の器に焼けた具をよそって男のところへ持っていった。

ご丁寧に割り箸も持っている。

「あの…」

「…ん?」

「よかったら、食べて」

瑠璃華が声をかけた男はわずかな反応を見せて瑠璃華を見たが、男の目には色がなかった。

そんな状態でも、男は器と割り箸を手にとって料理を口にした。

「私はこれで。あ、器は後で返してくれればいいわ。あそこのテントにいるから」

瑠璃華は指差して自分たちで張ったテントを教え、その場を去った。


「瑠璃華、勇気あるわね」

「何が?」

「川辺の男の人よ。よく声をかける気になったわね?」

瑠璃華は何を言ってるのかわからなかったが、この時点でようやくわかったみたいだった。

「あぁ、あのことね。逆に怖かったの。あのままにしておいたら、明日の朝は死体になってそうで…」

友人たちはうっとなった。が、それもそのときだけでみんなあっさりと眠った。


翌朝。みんな帰るためにテントを畳んでいるところへ昨日の男が瑠璃華に声をかけた。

「あの、これ…」

そう言って差し出したのは空の器だった。

「あ、そうだったわね」

男の服は汚れたままだったが、顔は少し綺麗になっていた。

「ありがと。おかげで助かった」

それだけ言ってその場を去った。

「瑠璃華のおかげで、人殺しにならずにすんだわね」

友人の呟きを聞いた後で、作業を再開して片付け終え、みんなで帰っていった。


数日後の夕方。瑠璃華は何をするわけでもなく、自分の下宿先の近くにある川にいた。

先日のキャンプ場は、この川をかなり上ったところに位置している。

それから少ししてその場を去ろうとしたが、見慣れたような部分があった。

少し離れたところに、先日の男がいたのである。

「あら、また会ったわね」

瑠璃華は歩み寄って声をかけた。

「え?あ…」

男は振り向くが、まるで生気がないような感じだった。

「体と服、長いこと洗ってないみたいね?」

「洗う場所も、金もないから…」

男はかすれ声で答えた。

この後、瑠璃華は何を思ったのか、自分の部屋に男を連れて帰った。

が、瑠璃華が布団を用意すると、男はその布団に倒れ、そのまま眠った。

「かなり疲れてたみたいね」

これだけを言って、瑠璃華は悪いと思いながらも男のリュックの中を見た。

その中にはかなり汚れた下着やタオルがぐちゃぐちゃになって入れられており、しかもかなりの悪臭を放っていた。

瑠璃華はうっとなりながらも、それらをコインランドリーの洗濯機に放り込んで洗い、それが終わると乾燥機にかけた。


乾燥させた洗濯物を持ってくると、男はうつぶせのままで死んだように眠っていた。

息をしている音から、生きていることがわかる。

瑠璃華はほっとしてシャワーを浴びて寝た。


翌朝。瑠璃華はいつものように目を覚ますと、何かが違うように感じた。

最初は雨の音だろうと思っていたが、しばらくして男を泊めたことを思い出した。

この日は平日で学校があったが、休んで男を看病(?)することにした。

「う…うん…」

しばらくして男が目を覚ました。

「おはよう。もう朝よ」

「え?…あ、昨日の…」

男は起きようとしたが、体に力が入らないみたいだった。

「いきなりで悪いけど、何か食べるものないか?3日ほど前から何も食べてなくて…」

これを聞いて瑠璃華はお粥を作って男に渡した。

「お粥だけどいいかな?」

「ありがと。胃の調子が悪くて、食欲もなかったんだ」

男はそう言ってお粥を口に運んだ。

「そういえば、お互い名前知らないな。俺は井川 賢斗(いがわ けんと)。22歳の流れ者だ」

「私は織部瑠璃華。来年で大学卒業よ。体が元通りになるまでここにいればいいわ」

「さすがにそこまでするわけに行かないだろ。明日あたりにここを出ないと…」

「駄目よ。そんな体で外に出たら、今度こそ死ぬわよ?」

「冬じゃないから大丈夫さ」

「それでも駄目。しばらくは私が面倒見るから」

「どうして、見ず知らずの俺に、そこまでする…?」

「後で餓死してたりしたら、食事が喉を通らなくなるからよ。それを食べたらお風呂入りなさい。いつまでも臭いままでいてほしくないの」

これを聞いて、賢斗は苦笑した。


少ししてお粥を食べ終えた賢斗は、瑠璃華に押し込まれるようにバスルームに入り、シャワーを浴びながら体を隅から隅まで洗った。

着替えは瑠璃華が洗いに持っていった。

「ふぅ~っと、髭も剃らないと…」

体を洗い終えて一息つくと、顔に石鹸をつけ、持っていた髭剃りで髭を剃り、それからしばらくして風呂から出た。

「あ~さっぱりした~」

「よかった。着替えとかはさっき洗って乾燥させたから」

ちょうど戻ってきた瑠璃華がドア越しにそう言って、賢斗の服や下着をドアの前において別の部屋へ行った。

足音で別の部屋へ行ったのを感じた賢斗は、バスルームから出て足元においてある下着や服を着た。

「洗った服か…どれぐらい着てなかっただろ…」

そう呟きながら、瑠璃華のところへいく。

「ありがと。本当にさっぱりしたぜ」

「どうしたしまして。にしても、どれぐらい体洗ってなかったの?」

賢斗は答えようとしたが、今がいつごろなのかがわからなかった。

「どれぐらいかな?確か、こっちにきたのが3月の中旬ごろだったから…って、今って何月だ?」

「もう5月よ。まさか2ヶ月も体洗ってなかったの?」

「いや、時々は川の水とかでどうにかしてた。さすがに服は洗えなかったけどね」

賢斗はこの後、自分がどうやって来たかを話した。


以前は都会に住んでいたが、その都会に10年以上住んでいても、空気になじめず、ある日の朝、勤めていた会社に辞表を提出した。

そして必要なものをリュックに入れて置手紙を書き、夜に友人に呼ばれたと嘘を言って家を抜け出し、持っていた携帯を解約し、電車で半日かけてこの町へやってきたそうだ。


「あの場所から逃げ出せればどこでもよかったんだ。家族は俺がいなくなっても誰も何とも思ってないから、俺が気にすることは何もないし」

「どうしてそう言えるの?」

「元々、家族から嫌われてたこともあって、居場所はなかったから」

瑠璃華は呆れるばかりであった。


この後はいろいろ話してこの日は終わった。


翌日になると、賢斗は元気になっており、瑠璃香に頼んで短期で働ける場所を探してもらった。

すぐに働き口は見つかり、1週間の短期間だが働くことが決まり、その日から働き始めた。


だが、それから1週間後…。

賢斗は短期間のアルバイトが終わり、瑠璃香は妙な違和感を感じながら大学に行った。


夕方になり、学校が終わって自分の部屋に戻ると、賢斗の姿がなく、荷物も消えていた。

その代わりに、小さなテーブルの上に1枚の紙切れがあった。


『色々世話になった。会えば別れが辛くなるから、学校に行ってる間に出て行くことにする。元気で』


「もっと、いろんなことを話したかったな…」

瑠璃香は窓から空を見上げて、ぽつりと呟いた。


それから1年が過ぎ、瑠璃香は大学を卒業して就職した。

仕事をしながらも、賢斗のことをたまに思い出す日々を送っている。

(今はどこでどうしてるかな…? いつか、また会えるかな…?)

心の中で呟くときは、いつもどこか遠くを見ていた。

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