第270話 クッキーとフルーツ炭酸ジュース

 国守の魔術契約二日目。全員出発準備はできている。陛下も乗機され、皆、陛下からの指示を待っているところだ。


「では、次の目的地、リトン山脈の麓にある風の祭壇に向かう。ここからそうだの…。約2500kmというところか。昨日よりも移動距離は長くなるが大丈夫か?」


「6時間ほどの移動時間になると思われますが、ご心配に及びません。到着予定時刻は、12時30分と見込めます。」


 シエンナが答えてくたれ。


「操縦は、2時間交代で、昨日は殆どシエンナにお願いしてしまったから、シエンナ、アンディー、私、シエンナの順に交代よ。シエンナには悪いけど、始め1時間と着陸前の1時間の操縦をお願い。」


「了解しました。」


「護衛機は、自動操縦を挟んで、休憩しながら操縦するように。飛行予定時間は6時間よ。アグリケート送信。」


『了解』


「全機、上昇し、巡航高度1500mで待機。アグリケート機を待て。」


 シエンナの指示で、護衛機が離陸していく。直ぐにアグリゲート機も離陸し、護衛機が待つ高度まで上昇していった。


「進行方向は、そうじゃな…。西北西、リトン山脈が見えたら山沿いに北西方向に進路を変えてくれ。」


 陛下が進路の指示をくれた。


「進路、西北西、速度時速400kmで飛行開始。」


 アグリゲート機を中央に、5機のドローンは、風の祭壇を目指して出発した。


「今から6時間の何もしないのは時間がもったいないな。」


 陛下が、窓の外の景色を見ながらぼそりと呟かれた。


「陛下、通話は無理ですが、ゴーレムタブレットで連絡することはできますよ。護衛のドローンが中継基地を所々設置しながら飛行していますからね。」


「そうなのか。タブレットを使って連絡が取れなるなら、ティモシーと連絡を取りながら執務を行うことができるな。この魔術契約の間の決済は全て、エラに任せることにしておったのじゃがな。」


「では、執務用の机と、臨時のパーテーションを設置いたしましょうか。」


「そのようなことまで、できてしまうのか…。も、申し訳ないが、世話になる。では、ドローンの端の方、操縦に邪魔にならぬ所に作ってくれ。」


 僕とアンディーで、執務用の机、ドア付きの小さな執務室を作った。空気取り込み用と排出用の換気扇を付けて回しているから、声が漏れることも喚起が悪くなることもないだろう。入り口前には、アンドリュー様の護衛席も作っておいた。まあ、アンドリュー様は、そこに座っていることはほとんどなかったが、雰囲気は大切だと思ったからだ。


 国王が中にに入られて2時間ほどたった頃。簡易執務室のドアが開き、陛下が出てこられた。


「しばし、執務の休憩を取ることにする。茶を入れられるものはおらぬか?」


「レイがいれば、お茶や菓子の準備ができるのですが、私共では、少々難しゅうございます。」


「国王陛下?私の国の飲み物とお菓子であれば、お出しすることができるかもしれませんが、ご賞味いて頂けますでしょうか?ただ…。」


「うむ?是非、食べてみたいが、ただ、何なのだ?」


「いえ、宮廷の作法など全く存じておりませんので、失礼なことにならないかと思いまして…。」


「ここは、宮廷ではないのだぞ。増して、口うるさい家臣どももおらぬのじゃ、そのような物気にする必要はない。なあ、アンドリュー、そなたもそう思うであろう。そなたも一緒に食したい思うであろう。異世界のお菓子なのだ。」


「はっ。異世界のお菓子と飲み物など、この後、食する機会が訪れることもないと思われますので、是非。」


 あれ…?、アンドリュー様も僕が異世界から来たことを知ってるのか…。まあ、このお忍び魔術契約に連れて行く位だから、よっぽど陛下からの信頼が厚いのだろうな。


「と、言うことだ。是非食してみたいぞ。」


「では、私が準備することができる飲み物とお菓子を準備させていただきます。」


 僕が準備したのは、チーズケーキとフルーツタルト、そして、紅茶だ。発酵した紅茶を作ることはできないけれど、紅茶に似た成分のお茶や薬草があったようで、精錬で作ることができた。


 チーズに似たこちらの世界のチーズやクリームはアイテムボックスの中にあったから製作可能になっていたんだと思う。


 今、操縦中のアンディー以外は、急遽精錬で作ったテーブルの周りに座っている。僕がフルーツタルトとチーズケーキを切り分けたものを出すと、食い入るように見つめていた。でも、最初にカップに注いだ紅茶を配った。


「これは、紅茶というお茶の葉を発行させて作る飲み物でございます。ハチミツや砂糖、牛乳を足しても美味しく頂けると思います。」


「まずは、なにも足さずに頂いてみよう。…、うむ、良い香りだ。下に甘みを感じるわけではないが、ほのかに甘い香りとほんの少しの渋みが、紅茶のうまみと甘みを引き出している。美味しいぞ。」


「有難うございます。本来なら毒見が必要なのでしょうが、疑いもせずご賞味いただきありがとうございます。」


 よく見ると、陛下が口を付けるほんの数秒前にアンドリュー様が毒見をしていたのかもしれないけど、それは、僕があずかり知らぬことだ。陛下も、頬を緩ませたが、何も付け加えようとはしなかった。


「では、初めにお出しするお菓子がフルーツタルトでございます。中に入ってるフルーツは、フォレス・アグリケートハウスの果樹園で収穫されたものでございます。その横にありますのがチーズケーキという焼き菓子でございます。尚、この二つのケーキは、それぞれ一つのケーキを切り分けたものでございます。」


 僕が、最初に毒見として一口ずつを食べ、国王陛下にお勧めした。国王陛下が一口食べて、他の者たちに許可を与えた後で、全員に前にケーキが配られた。


「この焼き菓子、何という甘さなのだ。生れて始め食べる味だ。しかし、しつこい砂糖甘さはなく、一口食べた後がさわやかだ。いくつでも食べることができそうな味だ。」


「うむ。美味じゃ。しかも、少しひんやりとしているのもよい。紅茶の渋みと甘みを数倍引き立てる味だぞ。アンドリュー、お主、得にしたな。」


「ははぁっ。お供に指名していただき、誠にありがとうございます。」


「しかし、森の賢者にこの先ずっと茶の世話をしてもらうのも何だ…。」


「そうでございますね。風の祭壇から次の祭壇へ移動する途中、王都へ寄って、メイドを何人か搭乗させた方が良いかもしれませんね。」


「しかしなぁ…。今回の旅は、かなり危険を伴うものなのだ。自らを守れぬものを同行させるのもどうかと思うのだが…。それに、魔術契約など誰でも知って良い物ではないからな。特に、契約が成立していない今の時期ではな。」


「あの…、メイドのことは、後ほど考えるということで、次は、ナッツのクッキーをお出ししたいと思います。これには、フルーツジャムかハチミツを塗ってもおいしく頂けます。」


「うむ、美味い。このハチミツも良いが、なにもつけなくても、ナッツの塩味がほのかに甘いクッキーの味を引き立てている。」


「では、この炭酸入りのフルーツジュースはいかかでしょうか。甘味は少なくしておりますから、甘くしたクッキーと良く合うと思います。」


「なっ、何なのだ、このシュワシュワした感触は。口の中で何かが暴れておるぞ。しかし、そのわずかな酸味と甘み。口の中に広がるさわやかさと刺激。初めて飲む飲み物じゃ。これは、始めビックリしたが癖になる。時がたてば、また欲しくなる飲み物じゃ。否、すぐにまた欲しくなったぞ。美味い!」


 アンドリュー様もアンディーも炭酸ジュースを気に入ったようだったけど、操縦を交代する前に一口飲んだミラ姉は、炭酸は口に合わなかったようだった。


 甘味談義をしながら2時間位立っただろうか。ふと、手首に巻いた時計を見た国王陛下が慌てだした。


「おおっ。なんと言うことだ。30分程の休憩のつもりが既に2時間近く過ぎておるではないか。王宮執務室で心配しておるかもしれん。今から執務に戻る。あとどのくらいでリトン山脈の麓に到着するか分かるか?」


「はい。前方にかすかに山脈が見え始めております。後、1時間30分はかからぬ程かと予測されます。」


 国王陛下の質問にシエンナが答えた。前方にかすかに山脈が見えるってシエンナは言ったけど、僕には全く見えなかった。


 国王陛下が執務室に入って行って、しばらくの間テーブルの上のお菓子を食べながら話をしていたけど、直ぐに片付けて、いつもの警備業務について行った。

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