第258話 輸送ルートの開通

 昨日の内にアントニオ企画部長がトラックを3台王都の商業ギルドに届けるように連絡していたから、今朝9時には、シエンナがトラックを3台収納してドローンでやってきた。一緒に来たのは、ケーブルカーの製造チームリーダーに任命された工学魔術師のエリカさんとトラック製造部門から運転指導の為に来た鍛冶師見習いのベルトルトだ。


 ベルトルトは、実家への里帰りの意味も含めてやってきたようだ。しばらくは、実家から商業ギルドに通うことになる。本人曰く嫌々来たんだけど、母ちゃんが寂しそうだから、しばらく家から商業ギルドに通ってやるなんだそうだ。鍛冶師見習いとしてトラックの製造には関わっていたし、工房内でもトラックの移動は見習いの仕事だから慣れたもだ。勿論簡単な修理ならできる。


 エリカさんは、深き谷の急こう配に設置する線路を設計するために自分の目で谷を見たいとやってきた。それで、シエンナがトラックを納入した後、パーティーメンバーと一緒に峠に向かうことにした。アンゲーリカさんとアントニオ企画部長も一緒にだ。


 王宮には、谷の下の砦と峠の駅が完成した後に披露するようにしよう。勿論、谷を行き来するための施設を作ることはすでに連絡してある。それは、森の賢者への課題だったから、いずれ取り組む施設とは分かっていたようだけどこんなに早く取り組み始めるとは思っていなかったという反応だったので、冬になる前に完成したいと伝えると王宮も大層喜んだ。


 ドローンで峠まで15分程。全員が降り立ち、峠からの眺めを堪能たんのうした。


「森の先に見えるのが海なのですね。」


「海に沿って北西に馬車で20日以上かな。それだけ走れば帝国の帝都に着く。帝都は、我が国よりも北にあるのに、北の魔物の支配圏に入ることがない。寒くはなるが、我が国のように氷と雪に閉ざされるのは、2月の間だけのようなのだ。勿論、帝都よりも北に行けば、我が国と同じように氷と雪に閉ざされる地域もあるがな。」


「南西に向かっても国はないのですか?」


 アンゲーリカさんがアントニオ企画部長に尋ねた。


「あると思うぞ。国営商会が交易をしようと頑張っているのではないかな。今のところ交易は行われていない。」


 魔の森。冬の間も雪に閉ざされることは無い。年中魔物が活発に動き回る場所だ。その先の海沿い道や町もそうだ雪がほとんど降らないそうだ。だから、この峠さえ越えることができれば、冬でも交易は可能だ。


「この峠から谷を通ってふもとまでケーブルカーを走らせるのですね。かなり急な坂になっていますね。工事が大変そうですが、ゴーレムも使うことができるということですから、7日間で設置完了して見せましょう。」


 エリカさんから、かなり強気の発言だ。


「レールは1週間で設置できるかもしれませんが、峠の駅とふもとの駅と砦の完成も1週間でできるでしょうか?」


「勿論です。その為に私が来たのですか。ふもとの駅と砦を最初に完成させましょう。そうしないと安心して工事ができませんからね。」


「それなら、僕たちがお手伝いできると思いますよ。ふもとの砦を作るならアンディーに来てもらいましょう。それと、レール開発の担当者と、コーラルゴーレムにも来てもらえば、工事が捗るかもしれませんね。」


「アンディーにコーラルゴーレムを1体連れてこれるか聞いてみるね。」


「レイ、シエンナと俺で、ふもとから森の外れまでの道を作ってこようか。深き谷で採集した岩を5m間隔くらいで並べて行けば良いんだろう?」


「しかし、途中、道の切れ目を作っておかないと魔物の動きが分断されてしまって変なことになるかもしれないな。」


 アントニオ企画部長が魔物の動きが変わることを心配してそんなことを言ってきた。


「それじゃ、魔物の通り道を作っておいて、そこは地下を走ることにしようか。深く掘ってコーラルゴーレムで壁や天井を固めてもらえばその上を魔物が通っても大丈夫じゃないか?」


「魔物の通り道の下を通る道か…。それは良いかもしれん。そこにも谷の石を同じような間隔で設置しておけば、上から穴を掘って侵入しようとする魔物も出ないだろうしな。」


「分かりました。では、ここの谷のふもとから海岸までの輸送ルートを作ってきます。穴掘りはアンディーさんたちに任せることにして私たちは、石の設置だけ行いますね。」


「石の設置が終わったら、とりあえず、魔物の侵入の心配は小さくなるからな。後で、防護壁の設置を行うことにすれば安心してゴーレムトラックで走ることができる道ができるだろうな。」


 アンディーとコーラルゴーレムは1時間弱で到着した。砦は、魔の森が始まってすぐの場所に作った。穴を掘って石を埋めたり、杭を打ち込んだりするのが谷の中は難しかったからだ。しかし、谷の中でもコーラルゴーレムの石化液は性能を落とすことは無かった。鉄筋を骨組みにして小石や土で盛り上げたケーブルカーの到着ホームをエリカをリーダーにしたケーブルカー製作チームの皆さんとあっと言う間に作り上げた。


 コーラルゴーレムの石化液がこの谷でも有効なことで、ケーブルカーのレールの設置はことのほか早く進んでいった。凸凹だった谷の斜面を均一に均し、レールを設置し終わるのに、エリカさんが言ったように7日間はかからなかった。


 この日、大きく進んだのは、レールの設置だけではない。砦作りは、ほぼ終了した。砦の壁の外側に谷の石を2m間隔で設置しておく。更に、砦の壁の一番上にも谷の石を1m間隔で取り付けている。深き谷の終わった場所に設置されたかな目立つ砦だが、魔物たちが近づくことは無かった。砦の中には、宿泊施設、食堂、大浴場を設置した。勿論、ゴーレムトラックを10台は駐車できる駐車場もだ。


 宿泊施設や食堂は、建物だけしか作っていないが、大浴場は、男女別に脱衣場と洗い場と浴槽の施設を完成し、男女ともに休憩できる広間も作っておいた。


 トラックならこの施設を利用する必要はあまりないかもしれないが、徒歩で移動する旅人は、魔の森のルートに入る前に休憩したり、魔の森を抜けて、峠からウッドグレン王国の旅に向かう前に休憩することができるのはありがたいだろう。


 砦をほぼ完成させて、魔の森の道の整備に向かった。一番の難関は、アンダーパスの設置だろう。大雨の時も、水が中に入ってアンダーパスに水が溜まらないようにしないとけない。普段は、使うことのない安全確保のための仕組みだ。


 まず、雨水がアンダーパスの中に入らないように溝を作った。その溝の先を魔の森の中を流れる川に繋いでおく。逆流しないようにかなりの高さから川に落ちる場所に設置した。アンダーパスの一番深い場所には、魔力が濃い魔の森側に大型のマジックバッグを設置し、大量に雨が入って来た時に水を流し込むようにした。一度水がたまったら誰かが中に溜まった水を抜きに行かないといけないけど、アンダーパスの外側にマジックバックの口を繋いでおいて、パスの外から水抜きをできるようにした。これが一番大変で、大量の溶岩プレートを使った。


 アンダーパスの穴を掘り終わったら魔道具や溝などの仕掛けを作ってアンディーに壁面を強化してもらった。その後、コーラルゴーレムの石化液でさらに固めた。これで、魔物に踏み抜かれる心配はないだろう。これでほぼ万全とは思うのだが、離れた場所からの魔法攻撃や弓矢などの物理攻撃への備えが十分ではない。


 そこで、ロジャー達が置いた谷の石の内側に防護壁を建てて行った。僕たちが作ったのは、魔の森から伐採してきた木材で作った木の防護壁だ。高さ5m程の防護壁を道の左右に建てて行った。心配なら後々石材でそれ以上の高さの防護壁を作ればよい。


 防護壁まで完成させるのに3日程かかった。国外への輸送ルートは、思ったよりも早く完成し、ケーブルカーが完成して誰でも峠までくれば国外に行くことができるようになったのは、建設開始から5日後のことだった。


 勿論、王宮と王室も参加した国外への安全な移送ルートのお披露目は大々的に行われた。魔の森入り口前で、皇帝陛下が開通を祝う式典を開けば、深き谷前で国王陛下が式典を開いた。


 国王陛下は、ケーブルカーを使って砦に向い、皇帝陛下は、帝国ロイヤルカーで移送ルートを走って砦に向かわれた。


 その後、共に砦で出会い、握手を交わし、移送ルートの安全とこれからの両国の平和的利用を約束して開通式を終了した。


 魔の森も深き谷もどこの国の領土でもなく、何とか無事にと通り抜けなければな来な場所だったのだから、ここに安全な移動ルートができたことは、両国の関係をより深いものにした。


 更に、この工事を成功させた、森の賢者の研究所の名は、帝国でも知られることとなり、その製品の輸出要求が高まっていった。勿論、外貨獲得の機会が少ない王国は、その要求を喜んで受け入れ、その後、たくさんの魔道具が王国から帝国へ、そして、たくさんの食料が、帝国から王国へ輸出されることになるのだが、それは、この後の話。


 この開通式が行われたのは、地球のカレンダーで11月21日、異世界のカレンダーでは、11月17日。魔術契約のわずか2日前のことだった。冬の到来を前に、できるだけ早く開通したルートを利用したい両国が無理やり設定した開通式だった。








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