第256話 ケーブルカーとゴーレムトラック

 僕たちが研究所に戻ったのは4時を過ぎた頃だった。アンディーたちを僕の研究室に連れて行って、森の賢者が言っていたケーブルカーの実現について話し合うことにした。


「アンディー、玲が簡単なイラストで示しているケーブルカーのイメージはできているの?」


「ああ。滑車で繋いだ列車と重りを坂道に作ったレールの上を走らせるって言う簡単な乗り物だぞ。」


 坂道に2本のレールを作る。一方に列車、もう一方に列車でも良いんだけど列車が2列になる幅がなさそうだから、もう一方の線路は幅を小さくして、荷物運びの車両の4分の1程の幅の台車にしてその上に重りを固定できるよにすればよい。トラックを運ぶ台車を幅3mにするなら、重りを運ぶ台車の幅は1mでも何とかなる。上下のスタート地点に重さ調整用の重りを置いておけば、上る台車と下る台車の重さを何時も釣り合わせて、小さな動力で重たいものの移動ができる。


 ケーブルは、ミスリルでワイヤーを作れば強度の心配がない。それなら、立体構造にすれば、狭い谷でも2本の線路を作ることができるのではないかと思い、アンディーに聞いてみた、


「谷に二本の線路を作る幅がなくても立体構造にしたら大丈夫なんじゃない?」


「深き谷で、魔術を使った実験をしたんだけど、岩や地面に魔力が通らない。もしも、立体構造にする工事をするなら何年もの期間が必要になるんじゃないか?」


「そうなんだ。だから、荷物を運ぶ列車と重りの台車にするんだね。そこまで原案が固まっているんだったら、開発チームを作れば割と早く完成するかもしれないね。」


「それから、台車に乗せる重りなんだけど、マジックバッグの中に重りを入れて台車にセットしておけば、荷物の重さに合わせてそれを取り出すだけで良いんじゃない。重りの台車が下にあるときは、最重にしておいて重りを減らして調整すればいいし、上にある時は、最軽量にしておいて重りを増していけば動力はいらないんじゃないかな。その上で、滑車にブレーキを付けて各スタート地点から台車の動きをコントロールできるようにすれば大丈夫だと思うんだけどどうかな?」


「溶岩プレートがあるから、台車にマジックバッグを装備することは簡単にできるな。」


「なあレイ。そこまで考えがまとまっているんだったら、開発チームというより、製作チームの立ち上げをした方が早いんじゃないか?制作しないといけない台数は、今のところ1セットなんだから、荷物用の台車と重り用の台車を作ってしまえば、それに合わせた線路を深き谷に設置する工事になるんだろう。」


 ロジャーの提案に乗って、設計図を持って所長と研究企画部長に相談した。話は直ぐにまとまって、所長企画でケーブルカーの製造チームが集められることになり、研究企画部長は、それを利用するトラック製造チームを集めることになった。


 トラック製造チームのほとんどは、先日発足したトラック開発チームのメンバーだけでど、鍛冶師と精錬術師のメンバーが新たに3名ずつ工学魔術師が2名加えられ、大量生産に向けての準備が始まった。試作段階のトラックは既に3台できているし、小型のゴーレムトラックは、既に王都と砦の間で魔道具の移送を行っている。


 ゴーレムバス製造チームは、人手が足りないくらいだから、製造チームは、他の所から集められた。その為、ジャイロモノレールの開発が一時、縮小され、フォレストメロウとロックリバーの拠点までの線路延長工事だけを進めていくことになった。チームが一時縮小されても、橋脚製造用のコーラルゴーレムも数体できているから研究が止まるわけではない。確実に研究を進めていくことだろう。


 後、一月ひとつきほどで、冬に入って行く。冬の間、陸路の移動は、非常に難しく、危険になる。ゴーレムバスに雪用の装備を取り付ければ、今までよりもずいぶんと安全に移動できるようになるかもしれないけど、それは、まだ実験も経験もしていないことだ。だから、冬になる前にできるだけ開発を進めておきたい。


 ゴーレムトラックによって、雪道でも物資の輸送が可能になれば、人々の暮らしは、ずいぶんと安全になるはずだし、この国の冬の在り方も変わるかもしれない。増してや、国外から冬の間も物資を手に入れることができるようになれば、食料の問題が解決する可能性が高くなる。その為に、冬までの一月ひとつきでケーブルカーとゴーレムトラックの両方を実現させたい。


 研究企画部長から、今から王都の商業ギルドと打ち合わせをしたいから王都までドローンで連れて行ってくれないかと緊急依頼があった。できれば、トラック開発の進捗状況が分かる人間にも連れて行きたいということだったから、トラック開発班のリーダー、アンゲーリカさんと僕が一緒に行くことになった。僕一人でのドローン操縦はまだ危なっかしいとさせてもらえず、僕とミラ姉アンゲーリカさんの3人、ロジャーとアントニオ研究企画部長の二人で王都まで向かった。


 アンゲーリカさんは、初めて乗るドローンに初めは大喜びだったけど、最高速度までものすごい勢いで加速したため、途中から青い顔になっていた。黒髪で背が低いドワーフ族の女性で、髭はない。ドワーフ族でも女性には髭はない。それは、普通だ。トラック開発のリーダーで、運転席回りと運転の方法の設計に携わっている。足回りは、ゴーレムバスと同様だけど、運転席と運転方法は、かなり変更している。運転者、一人でも運転と荷物の運搬と出し入れが可能なようにだ。


「気分はどうですか?ごめんね。少し急ぎすぎたかしら。」


 王都には、1時間弱で到着した。ミラ姉がアンゲーリカさんを気遣っている。僕は、慣れたから大丈夫だったけど、初めてドローンに乗ったアンゲーリカさんには、きつい加速だったようだ。


「もう大丈夫です。お気になさらず。これから大事な打ち合わせですから…。」


「これどうぞ。」


 ぼくは、アイテムボックスでブレンドしたフルーツジュースで薄めた高級回復ポーションをコップに入れて渡した。ジュースを一口飲むと顔色が良くなっていく。


「何ですかこれ?美味しいし、気分が良くなりました。なんか、以前より元気になった気がします。」


「多分、急ぎのトラック開発で疲れていたんですね。元気になったなら良かったです。美味しいジュースでしょう。アグリゲートハウスの庭で採れたフルーツで作ったジュースなんですよ。」


「はい。美味しくて、不思議なジュースです。」


 それから、研究企画部長と一緒に商業ギルドに行き、トラックの運用方法と運転手の確保と訓練について話し合った。物の売り買いをするのだから商業ギルドが中心に行うことが望ましいのだけど、新たにトラックによる流通を始めると今まで、この国を支えてきた商会や商隊だ立ち行かなくなる。そうなると、この国の経済が混乱しかねない。だからと言ってトラック輸送を諦めるかというと、そうもいかない。だから、荷馬車をトラックに切り替えてもらうことにした。


 つまり、今王都にある商会や商隊にトラックを貸出し、貸出料を取ることで、荷馬車からトラックへの転換を進めるということだ。トラックは、商業ギルドが買い取り、各商会や商隊へ貸し出す。もちろん資金的に余裕があり、自前のトラックが欲しいと言う商会や商隊には、商業ギルドへ販売する価格で販売することも可能ということにした。


 この切り替えがスムーズにおなわれれば、輸送速度と輸送力は今までの数百倍になるはずだ。輸送コストも抑えられるから物価も落ち着くと思われる。ただ、今までと同じ商いはできなくなる可能性が高く、商会や商隊は生き残りをかけて、様々な工夫をしないといけなくなるだろう。そこに、いくらかの混乱は生じることになるだろうけど、人々の暮らしが豊かになるためには、混乱を恐れては何もできない。


 商業ギルドとの話し合いは、比較的スムーズに終わった。研究所から新しい魔道具がいくつも発表され、人々の暮らしが豊かになっている実感があったからかもしれない。


「それでは、訓練用のトラックの納入は、明日3台、それ以降、一日2台ずつ15台になるまでということで宜しくお願いします。」


「はい。では、商会や商隊との話し合い宜しくお願いします。また、国外との流通は、しばらくは国営商会だけになると思いますが、八班に解放された時は、調整の方もよろしくお願いします。」


 商業ギルトの打ち合わせが終わったのが夕方6時30分。それから砦に帰ると夜間飛行になり危険だということで王都に泊まることになった。アントニオさんは、自宅に戻り、アンゲーリカも里帰りをすると実家に帰った。


 いつもの宿に宿泊の手続きを取って夕食に出かけた。今日は、煮込み料理がおいしいと評判の店をアンゲーリカさんに教えてもらって行ってみた。11月になったばかりとは言え、夜になるとかなり気温が下がる。暖かい煮込み料理がとっても美味しかった。


 宿に戻って、お風呂でもう一度温まってから寝ることにした。時間は夜、10時を過ぎていた。ダイアリーに今日聞いた錬金魔術師の魔術やスキルについて書き込んでおく。熟練度が上がらないと書いてある魔術を使うことはできないかもしれないけど、訓練や練習の方針は立てられるはずだ。


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