パートタイム異世界転生

伊都海月

第1章 プロローグ 異世界転生って

第1話 病院って

 たくさんの管がつながっている。点滴、呼吸器、尿道カテーテル、バイタルサイン測定。

 意識はある。周りの音は聞こえていると思う。ピッピッピッと規則正しい心音。看護師や医師の呟きやささやき。なぜだか近くの音も遠くの音も聞こえてくる不思議な感覚。


 僕自身の心臓の音さえも同じくらい鮮明に聞こえてきていた。この部屋には僕しかいないはずなのに僕以外の人の呼吸音さえも聞こえているような気がする。


 「今夜が山場かもしれないね。」


 「ご両親に連絡はしたのかい。」


 医師の声が聞こえた。主治医…。名前は…、忘れた。


 (おいおい、聞こえているぞ。そんなこと聞こえるところで言っちゃダメだろ。)


 「はい。ご両親は、こちらに向かわれているとのことです。」

 (ん?…、今の声は、吉井さん?)


 (さっき、出ていく足音聞こえていていたよね。)


 「下腹部中央の壊死が進んできているんだよね。原因不明なのが手の施しようがないことにつながっていて…。」


 「下腹部中央って何がある部位ですか?」

 (ありがとう吉井さん、僕もそれ知りたかったよ。)


 「小腸かな…。男性だからね。特に重要な臓器はないはずなのだけど。」


 「東洋医学では丹田があるところでしょうか?」

 (丹田って下腹部?たしかに下腹部のあたりが痛いような苦しいような…。グッ。アタタタタタ…。)


 混乱…。混沌。そして、僕の意識は薄くなっていった。




 「大丈夫ですか!」


 体を揺すられている。


 頬っぺたも痛い。殴られているような。

 何も見えない。真っ暗…。いや赤い。薄ら明るく、ほんのり赤い。


 (何故だ。何故、何も見えない)


 手を伸ばすと、何か柔らかいものが…。


 「キャーッ」

 バシッ!

 「どこさわっとんじゃーぃ」


 (ほっぺが痛い)


 「気が付いてるならさっさと目を開けんかーいッ!」


 (ん?目?)


 言われて初めて目をつぶっていることに気が付いた。


 目を開けてみる。目の前に教会のシスター風の衣装を着たお姉さんがいた。


 ほっぺが痛い。おなかも痛い。下腹部たけど。


 「目が覚めましたね。」

 シスターの後方から声がした。 


 神父?司教?宗教家ぽい人が声をかけてきた。


 (確かに、目が覚めた。さっきの柔らかいものって…)


 目を開けて見回すと左腕で修道服の胸のあたりを隠す怖い目をしたシスターがいた。


 病院の病室とは違った部屋ということはすぐに分かった。


 (ここは何処だ?それにしても、ほっぺとお腹が痛い…。)


 (さっきの柔らかいのって…。ほっぺが痛いのって…。)


 僕は理解した。ラッキースケベだ。

 (あの柔らかさ…、忘れまじ!)


 「とりあえず。おめでとうございます。」

 司教?さまがお祝いの言葉を言ってきた。


 「??。ありがとうございます。…って何がでしょうか?」


 司教?様は、ニコッと素敵な笑顔を見せ話し出した。


 「やはり、聞き取る前に気を失ってしまったのですね。」と僕の顔を見る司教?様。


 コクリとうなずく僕を確認して

「あなたは、今日の成人の義で 精錬魔術師というレアな職とアイテムボックスというレアスキルを賜ったのです。」


 満面の笑みの司教?様。

 「おや?ちっとも嬉しそうではないですね。それに顔色も悪い。」

 訝し気なな顔で僕を見ている。


(今、死にそうなくらい気分が悪い。ほっぺも痛い。もしかしたらさっき死んだのかもしれないと思うくらい気分が悪い。)


そこで司教?さまに言ってみた。

「苦しいのです。死にそうなくらい。」


 なんともないような顔して司教?様が仰る。

 「魔力病ですよ。」


グルリと周りを見渡す司教?様。

「そうですね。アイテムボックス持ちですから…。まず、そこのカップ…。入れてみてください。」


「入れてみてくださいって…。どうやって…」と僕。何のことやら理解不能なのだ。


「じゃあ、カップを手に取って「アイテムボックス」と唱えてみてください。」


 言われた通り、司教?様が指さしたカップを手に取ると

「アイテムボックス」と唱えた。


 カップは、フッと消え下腹部の痛みが軽くなった気がした。

「カップが消えました。」

 僕は、唖然として手元を見ていた。


「うむ。では、「アイテムボックスオープン」と唱えてみなさい。」


「アイテムボックスオーブン」…目の前の空間に黒い空間が現れ、その中にカップが見えた。


「カップが見えたなら手を伸ばしてカップを手に取ろうと思えば手元に来るはずですよ。」

 司教?様が爽やかな笑顔で教えてくれた。


 言われた通りに手を伸ばすとカップが手元に戻ってきた。すると下腹部の痛みがスーッと消えていった。


「魔力回路が活性化したはずだから魔力病は解消したと思うのですが…。どうですか。」

 司教?様が僕の顔色を確かめるように顔を近づけながら聞いてきた。


「青白かった顔色もだいぶましになってきたね。もう大丈夫。成人おめでとう。君の人生が実り多きものになりますように…、そうだ。そのカップは、レアスキル獲得と魔力病完治のお祝いにあげますよ。」


「ありがとうございます。」僕は喜んでそのカップをアイテムボックスに収納した。


「ところでええっと、レイ君?だったっけ」

「ぇっ?ええ。何でしょう」こちらでも玲なんだ…。いや、レイだろうな。


「アイテムボックスの容量を大まかに確認しておいたほうが良いと思うのですけど、どうでしょうか?もちろん君自身の大切な情報だから秘密にしますよ。教会には守秘義務はありますからね。これから成長もするかもしれないし確定容量ではないと思いますが、可能容量を確認しておくことは悪いことではないですよ。どうでしょう?」


「教会で確認していただけるのですか?」


「何か魔道具を使って測定するわけではないのですがね。ほら、二週間ほど前に大嵐があったでしょう。その時に街に出た瓦礫が教会の裏に集めてあって。」


「はあ…?」どういうことだろう。


「その瓦礫をアイテムボックスの中に入れてみてもらおうと思いましてね。アイテムボックスいっぱいに入れたらどのくらい入るかを見れば容量が大まかに分かるだでしょう。」といい笑顔の司祭?様。


「片付けの人手が足りなくてね。少しでも町の外の瓦礫置き場に運んでもらえると助かるんですよ。」


「あの…、ニコライ神父…。それって教会に依頼されたお仕事だったんじゃ…。」


(あれれ…。司教様じゃなかったのね。それにしても神父様って教会への依頼の仕事、ちゃっかり僕に振ってるよ。まあ、僕も容量を確認したかったしちょうどよかったけどね。よし!引き受けよう。)


「いいですよ。神父様。瓦礫の収納やってみます。」

というわけで、神父様と二人、教会の裏に来ている。


 小学校のトラックくらいの広さの空き地に瓦礫が積んであった。土塊や割れたガラスに板切れ、ゴロゴロとした岩もあった。壁が崩れたものかもしれない。高さにして1m近くはあるだろうか。150m×50m×1mで7500立方メートル。全部収納出来たらかなりの容量ということになる。


 とにかくやってみよう。

「アイテムボックス」


 僕は、瓦礫に手を当ててアテムボックスに収納しようとした。瓦礫は、すっと消え僕の意識もすっと消えた。



*********************************************************************



「玲ッ、玲ッ、目を開けて、玲。起きなさい!」母親の声。涙声が聞こえる。


(まだ下腹部の痛みは消えていない。でも混乱していた意識ははっきりとしている。ここは…。病院…。)


(目を開けなきゃ。)


 ゆっくりと目を開ける僕の前に目に涙をためて僕をのぞき込む母親としっかりと手を握ってくれている父親の姿が見えた。


(お腹が痛い。早く魔力回路を活性化させなきゃ。手近なところにアイテムボックスに収納できるものがないだろうか。)


 僕は母親が涙を拭いていたハンカチが枕元の布団に隠れた場所にあるのに気が付いた。ハンカチに触れて

「アイテムボックス」と小さく唱える。


 ハンカチは、アイテムボックスに収納された。

「アイテムボックスオープン」元あった場所にハンカチを戻した。


(ふうっ!下腹部の痛みが無くなっていく。やっぱり魔力病だったんだ。それにしてもこちらに戻ってきてもアイテムボックスって使えるんだ。良かった…、死んでなくて。)


 こうして15年間苦しめられてきた原因不明の病気から解放されることになった。


 病院ってやっぱり、死を待つ場所じゃなくて病気を治して巣立つ場所なんだ。


 たくさんの先生や看護師さんにお世話になった。いくつもの病院にお世話になった。ありがとう。15年間僕を生かしてくれて。


 僕は、たくさんの管やら線やらをつないだまま体を起こした。


「痛いの、良くなりました。」


 酸素マスクを着けたままだったんで、もごもごとしか聞こえなかったようだった。


 医者はとにかくびっくりしていた。ついさっきまでバイタルは低下して下腹部中央は壊死していた人間が突然復活したのだから。


「奇跡だ!」を繰り返していた。


 両親も同様だ。原因不明の病気で体調が悪く、ろくすっぼ学校にも行けずにいた僕が急にベットから起き上がることができるようになったのだから。


 今は、8月になったばかり。15歳になったばかりの夏休み。もう少し病院に入院しておかないといれないだろうけど。15歳の夏休みが残っているうちに退院できるといいなと思いながら、ようやく落ち着いてきた病室の窓の外、夏空を見上げた。









【後書き】

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