幸せの願い方

小狸

短編

「なんかさ」


「うん」


「結局僕って、人の幸せを願えていないんじゃないかなって思っちゃったんだよね」


「なんで? 君はいつも、誰かに幸せになってほしいって思って、誰かのために行動していたわ」


「うん、まあ、そうなんだけどさ。でも、言うじゃない。『自分の幸せを願えない人が、人を幸せになんてできない』ってさ」


「言うけれど」


「でしょ。それが意味することって、幸せの願い方を理解しているかどうか、だと僕は思うんだよね」


「幸せの願い方? 何よそれ」


「例えばさ、人によって、幸せの形って様々だろ。平成の時みたいに、『結婚して子どもこさえて核家族』が幸せって決めつけるのは良くない。おひとり様だって、充分幸せになれる時代だ。その中心にあるのって――、だと思うんだよね」


「…………」


「僕は僕を、幸せだと思えない。僕は不幸だと思う」


「どうして?」


「分からない。でも、自分を幸せだと思えたことは、一度も無いんだ」


「なのに――人の幸せを願うの?」


「そう。そこなんだよ」


「どこよ」


「僕は、自分のことより他人のことを優先している――自己犠牲的だって、そう思って皆笑うだろ。でもさ、それって自分が絶対に幸せになれないと分かっているから、他人に託しているんじゃないかな」


「託される側も、迷惑な話ね」


「そういうはっきり言ってくれるところ、好きだよ」


「あら、何。告白?」


「いいじゃん、最期くらいさ、大学生の頃、僕は君に惚れてた時期があったんだぜ」


「そう。私も好きだった時期はあったかも。でも、互い違いだったのかもね」


「お互い上手くいかないな」


「そうね――。私は、私自身を幸せだと思うわ」


「へえ、そりゃすごい」


「両親に五体満足に産んでもらえて、ここまで生きてくることができて、幸せだと思っている。でもだからこそ――これ以上の幸せが来るとは思えないのよね」


「これ以上の、幸せ?」


「そう。今、仕事でやってる大きなプロジェクトが、ようやく峠を越えてね。もうあとゴールまで秒読みという所。これを乗り越えれば、会社は大きく躍進を遂げること間違いなしね」


「……そりゃ、良かったじゃないか」


「それと、私事なんだけれど」


「何だよ改まって」


「私今度、結婚するの。大学三年の頃から付き合ってた人とね」


「…………」


「あら、何? 何か言いたげね。人妻に告白したことへの罪悪感かしら?」


「充分……充分に幸せじゃないか。それで、どうして――」


「だから、言ったでしょう? これ以上の幸せはもう望めないだろうって、気付いちゃったのよ。これから会社が躍進を遂げたらもっと忙しくなるし、結婚が決まれば式も挙げなきゃいけない。これから家族が増えるかもね――それは確かに幸せでしょうけれど、でも、今私を満たしている幸せほどじゃあ、ないと思うのよね。今が、幸せの最高到達点。だからこう思うのよ、って」


「だから――だから、なのか」


「そう。君が自分が不幸だから死にたいと思うように、私は自分が幸せだから――死にたいの」


「……変わってるな」


「お互いね。そういう所は、気が合ったわね」


「ちぇ」


「何? 告白しとけばよかったとでも思っているの?」


「まあ、ちょっとはな。彼氏さんには、何も言わなくて良いのかよ」


「大丈夫よ。あの人は良い人だから。私を失っても、きっと別のどこかの誰かと、幸せになれる。そういう人よ」


「ふうん、幸せね。結局それがどんな色をしているのか、僕は分からなかったな」


「あら、意外と近くにあるものよ。少なくとも、『死ぬ時に一人じゃない』のは、幸せだと思うけど」


「かもな」


「でしょ」


「僕の最初で最後の――幸せってことだ」


「じゃ、行きましょ」


「ああ、行こう」


 倫理のしがらみは、既に越えている。


 水面みなもに映る太陽に向かって、たった一歩。


 二人はこうして、一緒に死んだ。




(了)

 

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幸せの願い方 小狸 @segen_gen

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