陽炎之浜

ほらほら

伊予脱出編~別れ、出会い~

曇天

 闇夜に幾つもの光がゆらゆらと揺らめく。

 灯火ともしびが、この小高い丘に建つ城を囲い込むように幾重にも広がっている様は、一種の荘厳そうごんささえ漂わせている。


 もはや、明日には落城必至である城の本丸。その城の高矢倉の上から傲然と眼下を見下ろす男がいた。

 男はまるで悲壮さを感じさせ無い気安さで、背後に控える配下に語り掛ける。


「おい、見ろよ。さながら伊予いよ中の兵がここに集っているみたいじゃねえか。

 対してこちらの湯築ゆづき城に籠るのは、守護様とその小姓衆、そして俺たちに逃げ出し損ねた間抜けが若干名だけ。おまけに援軍の当ては無し。

 ……どうする、ここで守護様の忠義の臣として華々しく討ち死にするかね?」


 そう笑みさえ含みつつ言う男に対し、背後に控える配下も余裕たっぷりに言い返す。


「お頭がそうするって言うなら付き合いますぜ。まぁもっとも、お頭もそんな気は更々無いんでしょ?」


 配下の言葉を聞き、自分たちを殺しに来た男たちの営火をさも面白げに眺めていた男は、くるりと向きを変え配下にニヤリと微笑み掛ける。


「守護様を連れて囲いを突き破る。

 折よく今夜は月に厚く雲がかかっているし、上手くすれば追手すらかからんかもな。

 そして闇夜に紛れて高縄山地の際を縫うように北に浅海あさみまで抜ける。

 領主の浅海四郎左衛門尉あさみしろうさえもんのじょうは守護様の味方……というより、俺が金玉握っているからこちらを裏切れんよ。

 そこからは舟で府中まで、あっという間だ。……なぁに、海の上なら俺たちの領分だ、精々掻き回してやれば良い」


「まっ、お頭だったらそう言うと思ってましたよ。

 そうだ、行きがけの駄賃に能島のしまの衆から分捕ってきた焙烙玉、あれを勝ち戦だと安心して眠りこけている奴らの陣に放り込んでやりましょうぜ。

 連中、それだけで泡喰って逃げ出すかも」


 そう軽口を叩く配下に負けず劣らず、男も戯けた仕草で告げる。


「それは困るな、ここで連中が敗れるちまったら守護様が力を取り返してしまう。

 まっそういう事だから、俺は守護様に逃げ出す段取りを伝えて来る。このままだと意地になって腹を切ると言い出しかねん。

 奴らが寝静まった頃にやる、前に詰めた通りにな。委細は任せる」


 男はそう言い残し梯子を伝い下に降りるが、途中で動きを止め配下の目を見据え囁く。そこに、今しがたまでの戯けた色は微塵も感じられない。


「……ああ、あと」


 配下も主の雰囲気が変わった事を感じて体を固くしつつ返答する。


「何です、お頭」


「お小姓衆と女房衆にはこの事を告げるなくて良い。連中にはここで敵を引き付けて貰う」


「良いんですかい? 守護様には……」


「守護様を逃がす為に殿を願ったと伝えれば良い。

 ……とりわけ小姓衆は城の守りにも付かず、無駄飯を喰らって守護様とお励みになっていただけなんだ。それくらいは役に立って貰わんとな」


「……分かりました。上手くやっておきます」


「頼んだぞ次郎左衛門」


 男はそれだけ言うと配下を残し梯子を下って行く。


 配下の男、下嶋次郎左衛門親忠しもしまじろうざえもんちかただはその気配が消えて暫くしてようやく、吐息を吐きつつ体を弛緩させる。


「恐ろしい御方だ。あの人にとっては一国の国主で自らの姑であっても一つの駒に過ぎないか……」


 更に男は独りごちる。


「だが、だからこそ我等の大将として相応しい。……何者にも支配されず、ただ自らの生きたいように生きる。この……瀬戸内の海賊衆の大将には」


 瀬戸内の海を支配する村上三家の一つ、来島くるしま村上家当主として来島に依り、伊予守護・河野弾正少弼道直こうのだんじょうのしょうひつみちなおの女婿にして河野家次期当主に指名された男。

 名を村上右衛門大夫通康むらかみうえももんたゆうみちやすといった。


****


 通康は城内の廊下を奥御殿に向かって進んでいた。


 仮にも代々、伊予守護河野氏の本拠であり、城には多くの兵を収容出来る造りになってはいるが、そこに人の気配は僅かしか感じられない。


 静寂が支配する城内に、通康の甲冑の擦れる音だけが響く。

 それもその筈。元来、兵を率いて城を守るべき武将たちが、こぞって敵方にいるのだから。


 道直がお気に入りの家臣であり、女婿の通康に家督を譲り渡そうとして、一族・重臣から大反発を受けた事を端に発したこの騒動は、分家筆頭格の予州河野家当主、道政みちまさを旗頭に道直を討ち取ろうとする事態にまで発展した。


(まぁ、当然だわな……)


 ぼんやりとそう考える通康は、何ともいえぬ凄絶な笑みを頬に浮かべる。


 河野氏は鎌倉以来、三百年は伊予の国の大部分を統治してきたのだ。重臣は多くが古くに別れた一族であり、その被官層にまで河野氏の血は流れている。


 対して通康を含む村上一族は、源氏の名門たる村上なぞ大した家名を称してはいるが、元の出自さえハッキリしない上、陸の武士とはまるで異なる思想を持つ。

 陸の武士が未だに一所懸命に拘り、ご恩と奉公を軸に物事を考えるのに対して、海に生きる彼らは土地もご恩も重視しない。

 彼らは舟さえあればどこでも生きていける。そこで過ごしにくくなれば余所に移動すれば良いのだ。


 だからこそ、争い事で誰かに付く時もその場の利益次第でどちらに付こうと問題が無い。が、陸で同様の事をするのならば、余程上手くやらなければ不忠者の謗りは免れないだろう。


 双方の生き方の相違は、もはや別の生き物と言っても差し支え無い程だ。


 彼らにとってはいくら力を持つとはいえ、そんな人物が当主など我慢がならない。

 赤の他人に家を乗っ取られ、自らの生き方や矜持までも否定されるような物だから。

 だが、同じ一族でさえあれば大した問題では無い。ましてや、その御輿がかつて伊予を二分して本宗家と争った予州家の当主で、更には宗家当主の落し胤であれば何の問題も無いのだ。


(だが、奴等は己等の棟梁を討つ事は出来ても俺の首は落とせない。それをやれば己が干上がってしまう。

 ここで守護様の首を差し出して降っても良いが、やはりそれではつまらな過ぎる)


 通康がそう思いながらも歩みを進めていると、遠くから微かに何やら騒ぎ立てる声らしきものが届く。


 通康の笑みがより深くなる。

 が、それに気が付いた通康は刹那に己の面持ちを改める。


 どこまでも主君に忠義を尽くす武士の表情に。


****


 通康は奥御殿の最奥に続く控えの間の襖をぶしつけに開きヅカヅカと入り込む。

 本来そこに詰め、無作法を咎めるべき小姓の姿は無い。


 代わりに居たのは、中の乱痴気騒ぎにも動じず、じっと瞠目する甲冑を着込んだ一人の若武者であった。


「これは宗三郎様、いかがなさいました」


 宗二郎は側室の子ではあるが主君の子息。  

 通康はあくまで臣下として恭しく語り掛ける。


「……右衛門大夫殿か。

 いや、父上にご挨拶をと思ったのだがこれではな」


 宗三郎は襖で隔てられた隣の部屋の騒ぎに、微苦笑を浮かべつつ通康に返答する。


「……申し訳ありません。よもやこのような有様とは」


「構わんよ。かえって貴殿らに城を守らせておきながら、このような有様で済まぬな。

 我が父の事、どうか許してやって欲しい」


 そう言って宗三郎は深々と頭を垂れる。


「……勿体ないお言葉。

 して宗三郎様、守護様にご挨拶とは……もしや降られるので?」


 通康はそれはそれで構わないと思っていた。むしろ、今までとどまっていた方が驚きだ。


「いや、それはせぬ。

 だが、こう言っては貴殿にも悪いが、此度のような事をしでかした父上にも、宿老らに煽てられて御輿になった兄上にもほとほと愛想が尽きた。

 ……名を捨てた父の弟、要するに叔父が美濃で一家を立てていると聞いた。取り敢えずはそこに向かってみようと思っている」


 そう述べる宗三郎の顔は何時になく清々としている。


 通康は素直に好感を持った。

 この男は、こんな下らない騒動に関わらず、自らの思うままに生きて行くだろう。

 人から与えられた物ではなく、自己の力で何かを掴み取るだろう。

 この男が歩む道を夢想するだけで通康は愉快な心持ちになった。


「もっとも無事に城を抜け出せるかすら、定かではないがな」


 そう微笑む宗三郎に対して通康は一つだけ戯れ言を言ってみる事にした。


「今宵、我等は守護様を奉じてこの城から討って出ます。

 ……無論、大手門から堂々と。

 敵も搦め手を見やるているゆとりは無いでしょうな」


 その一瞬、宗三郎の目が丸くなったと思うと肩を震わせ笑い始めた。


「くっくっく。お主程の男がただ討たれるのを待ち受ける筈が無いのか!

 どうせそれなりの手を打って勝算もあるのだろう?

 ……分かった。それに乗じて搦め手から落ち延びるとしよう」


 通康はニヤリと笑みを返す。


「ご武運をお祈り致します」


「ああ、貴殿も……」


 そう言い残して宗三郎は部屋をあとにしようとするが、一瞬立ち止まりこちらを振り向く。


「父上の事、お頼み申す。

 ……あの御方は元来、はなはだ情に篤き御方なんだ。

 武家の当主にはあるまじき程に。

 貴殿らには迷惑を掛けるが、どうか堪えて欲しい。

 別に伊予の国主でなくても構わないのだ、生きてさえいれば」


 そう言って、重ねて頭を深々と下げると、宗三郎は今度こそ去って行った。

 その姿を見送りつつ、通康は呟く。


「……守護様は情に篤い、か。それは確実に正しい。

 まぁ、そのお陰で伊予はガタガタなんだが……。

 だが、そうだな。あんたがそう言うなら少しはましな形で落着させてやるか。

 勿論、俺の役には立って貰うが」


 通康の顔に、既に先程まで浮かべられていた笑顔は無い。

 あるのは己の野心に身を焦がす男の顔だけだ。


****


「右衛門大夫に御座います。

 守護様に御目通り願いたく参上仕りました」


 そう言って通康は、道直の部屋の前に座し声を掛ける。

 すると、中からはしわがれた男の声が返ってくる。


「入れ」


「失礼致します」


 通康は襖を開け体を伏す。

 別段、臣下の礼を殊更に取りたかった訳では無い。


 周囲の惨状を見渡せば、嘲りが顔に出てしまいそうだったのだ。


「そう畏まるな。

 面を上げて近う寄れ。お前も楽にして飲むが良い。奈良の澄酒じゃぞ」


「はっ」


 そう言われてしまえば仕方がない。

 通康は膝でにじり寄るようにして部屋に入る。


 部屋には酒気が籠り、最初は整えられていたであろう膳や畳にも所狭しと徳利や杯が散乱し、その内で幾人かがだらしなく酒を喰らっていた。中には酔い潰れて眠りこけている者もいる。


 余りにも酷い有様に通康は知らず知らず眉根を寄せた。


(これでは全く酒乱ではないか)


 そんな通康の様子に気が付いたのか、道直は機嫌良く語り掛けてくる。


「なに、末期の酒じゃ。多少の無作法は許してやれ。

 お主の配下にも酒樽と酒肴を届けさせておる。

 この期に及んでその程度しかしてやれんのは不甲斐なく思うが、どうか楽しんで欲しい」


 そう言われて通康は初めて、自らの主に視線を向ける。

 片膝を立て杯を傾ける、武士らしく鍛えられてはいるものの、どことなく柔弱な雰囲気の男。


 それが、長らく伊予の支配者であった河野氏三十六代目当主である河野弾正少弼道直その人であった。


 道直は通康と親子ほどに年が離れている。実年齢に比べていくらか若く見えるのは、肉体が若々しい訳でも覇気に溢れている訳でもなく、単に内面の稚気が表層に現れている為なのだろう。


「うん? どうした、飲まんのか。

 お主も酒には目が無かろうに」


 重ねてそう尋ねられた通康は平静を装いつつ答える。


「はっ、忝けなく。

 ですが少々、御話ししたき儀が御座います。どうか御人払いを」


 そう言う通康に幾人かの小姓が抗議の声を上げるが、道直がそれを片手で制し、


「お主等、少し酔いすぎじゃ。

 井戸で水でも被って酔いを覚まして来い。儂はその間、通康と飲んでいる」


と小姓等を退室させる。


 その足音が聞こえなくなるほど遠ざかってからようやく、道直は口を開く。


「済まなんだな。だが奴等はまだ若い。

 酒でも飲ませてやらぬと恐怖で乱心しかねん」


「滅相も御座いません」


 そう答えた通康だったが、心中は怒りで煮えくり返りっていた。


 この男はいつもそうだ。

 忠を尽くせばそれを賞し、報いようとはする。ただ断じて、自らも共に死力を尽くそうとはしない。

 我等は、海に生きる者は、絶対にそのような者を仲間とも、ましてや主とも認めないのだ、と。


 道直が杯に酒を注ぎ通康に向かって突き出す。

 押し頂いた杯を通康が一息に呷り空にする。そこに道直が更に酒を注ぐ。


 そのようなやり取りが幾度か反復され。やがて道直がポツリと呟く。


「宗三郎……あやつも降ったのか?」


「…………」


 声が僅かに漏れていたようだが、語らいの中身までは分からなかったらしい。

 通康は是認も否認もせず沈黙にて回答した。


「奴等は理解しておらんのだ」


 黙ったままの通康に構わず道直は続ける。


「伊予の山間から切り出される材木に薪炭。   そしてそれらを燃やして瀬戸内の海から作り出される塩。

 それらを都に輸送する為に生じた、熟達した梶取衆と海賊衆。

 その者等を養えるだけのここ道後の米。

 これらが全て畿内と西国・九州を繋ぐ要所たる伊予にある。

 これがどれ程の事か!」


 道直はそこまで言うと杯を舐め、喉を潤し話を続ける。


「だからこそ、伊予は諸国に狙われる。

 尼子に細川、そして大内、大友。

 奴等も伊予が欲しいのだ、奴等をはね除け国内を纏めれば、伊予は今より遥かに豊かになるだろう。

 その為には、海に長じ力を持った、お主のような男が国主となるべきなのだ!」


 道直はそう断言と、杯に残った酒を一息に飲み干す。


「……だがっ! 奴等にはそれが分からん。

 未だに血筋に拘り、土地にしがみつき変わろうとせん。

 挙げ句の果てに他国に通じ、気付きもせずに利用されている。

 ……六郎もだ。妾腹とはいえ我が子、日陰者では不憫と予州家をくれてやったものを。あの恩知らずめ」


 道直は、憎々しげに吐き捨てる。

 通康は道直の言葉を聞きながら一人黙考していた。


(確かに、それは間違ってねぇ。だが……)


 そう、間違っていない。

 伊予国の強みも、諸国の狙いも。

 更にはそこからの展望も、それがなればまさに理想的だろう。


 道直は愚かではないのだ、いっそ先見の明があると言って良い。

 世が穏やかであれば、名君として名を残したであろう。


 だが、たった一つの欠点が全てを台無しにしていた。


 それは情が篤過ぎる事だ。


 只でさえ伊予を狙う者が多いにも関わらず、伊予を想って取った策でますます敵を増やした。

 その事で家臣が動揺しているにも関わらず、道政や通康といった、嫡子でもない我が子や、他の家臣からみれば怪しげな家臣ばかりを優遇し、より離反を加速させた。


 その不満は道直だけでなく、通康や道政にも向かう。

 まだ通康は自らの地盤がある、何とでもなる。

 だが、予州家に養子に入った道政にはそれが無い。肩身が狭かった事だろう。


 この度、ここで家臣側に立ち毅然とした態度を示さなければ、道政は自らも血祭りに挙げられかねない。


(本当に馬鹿な御方だよ、あんたは)


 通康は心の中でそう呟く。

 この男は、子を愛し、家臣を信じ、己の国に住まう者達の為に生きている。

 その生き様はすこぶる尊いものだ。

 しかし、決定的に人間というモノを理解していない。


 人間は、そんな綺麗なものだけで出来てはいないのだ。

 損得勘定なんて生ぬるい、もっとも泥々とした汚らしいモノを抱えて生きている。


(俺だってそうだ。

……なぁ、親父殿よ)


 通康はじっと道直を見据える。その視線に気が付いたのか、道直が口を開ける。

 その口調は僅か酔いが醒めたのか、今までの勢いは消え失せていた。

 だが声だけは努めて沈着だ。


「……とはいえだ、今ごろ気勢を吐いてもいかんともなるまい。

 この城は明日にも落ちる。

 あ奴等は徹底的にやるであろうな、半端に済ませば禍根が残ると理解しておる」


 通康はその言葉を聞くとゆるゆると口を開く。その言葉は酷く冷たく聞こえた。


「では如何なさいます。

 ここで腹をお召しにでもなりますか」


 そう問い掛けた通康を道直は睨み付ける。

 だが、すぐに諦めたかのように面持ちを崩すと、ふっと笑った。

 そして、傍らに据えるてあった刀を手に取り鞘を払う。


「舐めるなよ? 己が矜持を子に伝えるのは武士以前に親としての務め。

 命ここで尽きるとも、身を持って指南してくれるわ!

 ……悪いがお主等にも付き合って貰うぞ」


 道直はそう言うと、静かに立ち上がろうとする。


(全くこの御方は、この期に及んで自らの為でなく子の為か)


 それを見やる通康の顔からは今しがたまでの冷徹さは失われ、どこか毒気の抜かれたような苦笑いを浮かべている。

 道直は立ち上がりながら、まるで独り言のように言葉を紡ぐ。


「現世は真にままなら物よな。

 己の伝えたい事さえろくに伝わらぬ」


 そこには微かな哀しみが含まれているように感じられた。


 そして、それは己の息子に対するものなのか、通康に向けたものなのか、それともそれ以外の何者かにだったのか。

 それは誰にも分からない。通康にも。


(……それでも俺は自らの為に生きるのみ)


 スッと立ち上がり道直に迫る通康。

 歴戦の武者らしく刹那に間合いを詰めると通康は一言、「……御免」と囁くと、道直に当て身を繰り出した。


 不意打ちを受けた道直の身体はくの字に折れ曲がり、そのまま意識を無くす崩れ落ちる。


「……悪いな、あんたにここで死なれちゃ全てご破算なんだよ」


 道直を受け止めつつ通康はそう呟く。

どれほどそうしていただろうか、背後から声がかかる。

 通康の配下、次郎左衛門親忠だった。


「……お頭」


「次郎左衛門か」


「仕込みは出来ております。

 いつでもいけますぜ」


 親忠は正体を無くしている道直を見て遠慮がちに尋ねる。


「あの、守護様を如何したので?」


 それを聞いた通康はニヤリと笑い、道直を肩に担ぎ直しつつ呟く。


「飲み潰れているだけだ。俺が担いで行くから心配するな」


 それを聞きホッとした様子を見せる親忠。

 通康はそれを横目に確かめると、更に続ける。


「さあ、これから愉しくなるぞ次郎左衛門。覚悟は出来てるか?」


 そう笑う通康は、あたかも鬼が泣き笑いしているかのようだった。と、親忠は後に顧みるのだ。

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