第2話
そこからの展開は早かった。一緒に勉強をするという口実を得た俺は、木村との距離をぐいぐい詰めた。あまり時間はかけていられない。三ヶ月ルールというものがあるらしい。三ヶ月もたつと、『友達』などの関係性にカテゴライズされてしまい、そこから恋愛対象に持っていくのは難しいそうだ。つまり、初動が勝負となる。そうでなくとも、高校生の青春は短い。学生恋愛を謳歌したいのなら、むしろ三ヶ月もかけていられない。
だから俺は積極的に話しかけて、目的が曖昧にならないように勉強もちゃんと教わって、無事定期テストで赤点を回避した後、木村に告白をした。
「好きです。付き合ってください!」
特に好きだという感情はなかった。けれど、俺のようなタイプに小手先のテクニックは使えない。直球勝負でいくしかない。それに、暫く一緒にいるうちに、木村のことはなかなか悪くない女だと思い始めていた。よく見れば可愛いと言えなくもないし、控えめな態度で俺の意見を優先してくれるし、簡単に押し切れそうな雰囲気がある。彼女になってくれれば、好きになれる気がする。
彼女が欲しい。とにかく、彼女が欲しい。高校生のうちに、色々したい。青春は今しかないのだ。
必死の思いで頭を下げる俺を、木村は感情の読めない顔で見ていた。それは今まで俺をあしらったお姉さんとも、嫌悪を示したマネージャーとも、馬鹿にした美人な先輩とも違っていた。俺は焦りから、じんわりと手に汗をかいた。
なんでだ。喜ぶと思ったのに。そうでなくとも、少しくらい照れたりとか、動揺したりとか。どう見たって木村は男にモテそうにない。告白に慣れてなんかいないはずだ。だったら、相手が俺でも、告白されたら嬉しいだろ。
期待した反応と違うことに、苛立ちすら覚えていた。しかし、ここで追撃するわけにはいかない。じりじりと返事を待っていると、木村が小さく口を開いた。
「いいよ」
肯定の返答に、俺は隠すことなく拳を握って「よっしゃー!」と声を上げた。できれば「私も好き」みたいな返答が聞きたかったが、高望みはすまい。とにかく、彼女だ。彼女ができた!
俺はすっかり浮かれていて、木村がどういう顔をしているのかは気にしなかった。
「えっ高橋カノジョできたの!?」
「マジかよ~! お前だけはぜってーないと思ってたのに!」
「いやぁ~、俺にかかればこんなもんスよ!」
部活終わりに着替えながら、先輩にまで羨ましがられて、俺は鼻高々だった。彼女がいるということは一種のステータスだ。自慢しない手はない。
着替えが終わってもあれやこれやと聞かれながら校門に向かうと、木村が待っているのが見えた。
「あ、すんません! 彼女が待ってるんで、ここで!」
「くっそお前、これみよがしに!」
ヤジを受けながらも、俺は木村に駆け寄った。
「お待たせ、明日香。帰ろっか」
「うん」
明日香。これは、付き合い始めた日にすぐ許可を貰った。なんせ彼女だ。他とは違う呼び方をしたい。俺だけが特別なのだという実感が欲しかった。
「悪いな、帰り待たせて」
「ううん、私の部活がある日だけだし」
野球部の終わりは遅い。さすがに毎日待たせるのは申し訳ないので、月水金の美術部の活動がある日だけ一緒に帰ることにした。
朝練があるから朝も一緒に登校できないが、同じクラスなので話すチャンスはいくらでもあるし、昼食も一緒に食べられる。これからは休日に一緒に出かけてもいい。今後を考えると、俺は顔がニヤけた。
いかんいかんと首を振って邪念を払うと、木村が大きめの荷物を持っていることに気づいた。
「あれ? 朝そんなん持ってたっけ」
「ちょっと週末に進めたい作業があって。画材持って帰ることにしたの」
「へー」
週末に作業したい、ということは遊びに誘うのはダメだろうか。言うだけ言ってみようか、でもまだ付き合い始めてすぐだし、と思いながら、俺は自分の鞄を背負い直して手を出した。
「ん」
「え?」
木村は目をしばたたかせて、自分の手を重ねた。
「ばっちっげーよ! 荷物!」
「あ、そっか」
木村はすぐに手を引っこめた。どうやら、手を繋ごうとした、と思われたらしい。反射的に訂正してしまったが、黙っていたら手を繋いで帰れたんじゃないだろうか。くそう。
「ありがとう」
はにかんだように礼を言う木村は、可愛く見えた。思わずどきりとする。
「体力だけは自信があるからな」
「だけ、じゃだめでしょ高校生」
「うっせ」
照れ隠しの軽口に、笑いまじりで返されて、そのまま会話が続いていく。
ああ、やっぱ、いいな。木村と話すのは、なんか落ち着く。
彼女を作るために色々勉強したが、なかなかうまくいかなかった。木村と話す時は、あれこれ頭を使わなくても、普通に話せる気がする。
結構いいチョイスしたんじゃねぇの、なんて。俺は浮かれていた。
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