あなたのことが好きだから

谷地雪@悪役令嬢アンソロ発売中

第1話

「好きです。付き合ってください!」


 野球部らしい坊主頭を下げた俺に、クラスメイトの木村明日香きむらあすかは少しの間沈黙して、照れた様子もなく「いいよ」と言った。




 高校生の興味のあるものなんて、限られている。特に男子高校生なんて、半分以上は女のことを考えているんじゃないだろうか。俺、高橋隼人たかはしはやとも例にもれず、高校生になったからには彼女を作って青春したいという夢を持っていた。

 ところが、だ。一年生の間は、慣れない部活動がキツすぎて、あまり恋愛に取れるような時間がなかった。それでも果敢にマネージャーや先輩やコンビニのお姉さんにチャレンジしてみたりしたが、言うまでもなく玉砕した。まだ身長も低く、ダサイ坊主頭で顔にそばかすを作っているような男にはハードルが高かったようだ。同級生でレベルの高い女子は、早々にイケメンが持っていった。こうなれば、残りから選ぶしかない。

 二年生になり、勉強にも部活にも余裕ができた頃。俺は本格的に彼女作りに力を入れることにした。高望みはもうやめだ。接点がそれなりにあって、あんまり男といるところを見なくて、見た目が地味なやつ。

 俺は学んだ。第一印象で好意を持たれるほどの顔面がないと、接点の少ない女子とお近づきになるのは無理だ。声をかけた時点で警戒される。となれば、一番手近なのはクラスメイトだ。

 クラスの女子はいくつかのグループに分かれている。カースト上位のグループは無理だ。ほとんど彼氏がいる。男と仲が良すぎるグループも無理だ。一見話しかけやすそうに見えるが、友達以上になるのが難しい。あまりべたべたしているグループも無理だ。話しかける隙がないし、あれやこれやと噂されて何もかも筒抜けになることが目に見えている。けどぼっちもダメだ。妥協した感が強すぎるし、俺まで変に思われるかもしれない。

 ない頭を使って昼休憩中のクラスメイトを観察していると、一人の女子が教室から出ていくのが見えた。俺はそれを目で追って、椅子から立ち上がった。


「木村!」


 廊下で呼びかけると、前を歩いていた木村が振り返った。


「なに?」

「あ、えっと……木村、日直だよな?」

「うん。だから次の準備に行くんだけど」


 急いでるから早くして、と言外に匂わされて一瞬怯むも、これは都合がいい。日直にかこつけて何か用事でも頼もうかと思っていたが、意図せず予定を聞き出せた。


「手伝うよ」

「……なんで?」

「え、あ、や、ほら。次、世界史だろ? 荷物多いしさ、女子一人じゃ大変だろ」

「別にそんなに多くないけど」

「いいからいいから」


 押し切る形で、俺は一緒に資料室に行くことに成功した。


 木村明日香。見た目は中の中、成績は中の上。部活は美術部で、おとなしく目立たない。ゆるい文系女子のグループに属しており、たまに一人でいるところも見る。男がいるとは思えないし、男慣れしているようにも見えない。このくらいなら、ちょうどいいだろう。

 打算的な考えだが、俺はとにかく彼女が欲しかった。


「木村って世界史得意?」

「得意ってほどじゃないけど……普通かな」

「俺苦手なんだよな~。この前の小テストなんか二十点でさ、定期テストじゃないから部活には影響なかったけど、このままだと試合やばいって」

「ああ……運動部は定期テスト赤点だと、試合出られないんだっけ?」

「そうそう。でも野球部の先輩も馬鹿ばっかだからさ、わかんねぇとこ聞いても、誰も教えらんねぇの」


 ここからが本題だ。俺は緊張を気づかれないように、平静を装って声を出した。


「良かったら木村、勉強教えてくんない?」


 俺の提案に、木村は軽く眉を顰めた。さっそくダメージを食らうが、このくらいでへこたれていられない。だてに何度も玉砕してきていない。


「なんで、私?」

「木村頭いいじゃん」

「頭がいい、友達に頼めば」

「俺の友達に頭いいやつなんかいるかよ~。な、頼む!」


 手を合わせて頭を下げる。木村のようなやつは、押しに弱いはずだ。断る労力より、とりあえず引き受けてしまう。

 俺の予想通り、とまどいながらも頷いた木村に、俺は内心ほくそ笑んだ。

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