第28話 知らない顔
きっと、戦場でそうだったように、命を狙われる形の再会になると思っていたのだ。恩人であり上官ともなったナインが幽閉されても、ローゼはヴァスに負けず劣らず忠義心の強い性格である。逆に復讐に燃える可能性も高いと考えていたのだが、いいほうに予想が外れてくれたようだ。
「涙の再会は終わりか?」
盛り上がっている幼馴染みたちに、ヴァスが氷のような一声をかけた。現実に引き戻されたユスティーナは彼を放り出していたことを思い出し、急ぎ謝罪する。
「ごめんなさいヴァス、いったん離宮に戻りましょう。ローゼのことをみんなに説明して、兄……国王陛下にも手紙を出して」
「──いや、王への連絡はまだしないでくれ」
アルウィンにも知らせなければとユスティーナが語った瞬間、間髪を容れずにローゼが止めた。彼の不安を察したユスティーナはこう力づけた。
「ローゼ、心配しないで。あなたもご存じだと思いますが、国王陛下は首謀者のナインでさえ命を取らなかった寛大な御方。ましてあなたは、貴族でもなんでもないのです。戦が終わった今、処刑されることはないはずです」
ナインの陣営に加わったローゼだが、今も昔もただの御者の息子である。若さのせいもあり、ヴァスのように地位を得ているという話も聞かない。普通の人間としては強力だが、ヴァスやユスティーナと肩を並べるほどではない。
だから安心していい、と微笑むユスティーナを見下ろすローゼの唇が歪んだ。
「……獣返りですらない庶民が、今さらあがいたところで、怖くもなんともないってか。一番嫌なところは変わってないな、お姫様」
もう一人の兄のようにユスティーナの相手をしてくれていたローゼ。包容力と頼り甲斐にあふれた幼馴染み。さっきまでの彼はここで一緒に遊んでいた彼そのものだったのに、今のローゼは戦場で再会した時のような、暗い情念を漂わせていた。
しかし、息を呑んだユスティーナが思わず再び弓を手にする前に、ローゼは明るい表情に戻った。
「なんてな! ああ、お前の言うとおりだ、ユスティーナ。だがな、やはり陛下への連絡はまだしないでほしいんだ。まずは離宮の者たちに、俺をしっかり信用してほしい」
黙って成り行きを見守っているヴァスを一瞥してから、ローゼは理由の説明を始めた。
「陛下の優しさは俺も知っているが、俺があの方に牙を剥いたのも事実なんだ。ナイン様やお前への対応で、弱腰呼ばわりされていることも聞いている。下手に話を通せば、嘘のつけないあの方は、俺を表立って庇ってくださるだろう。そうすりゃますます、身内贔屓だと言われちまう」
アルウィンにとってもローゼは弟のようなものだ。彼が無事で、しかも離宮で働きたがっていると告げればそれは喜んでくれるだろう。反面、王族でなくとも知り合いなら庇うのか、という声は上がるに違いなかった。
「だから陛下には、ほとぼりが冷めるまで黙っておいてほしい。離宮の主は現在はお前なんだろう? お前が陛下の了承は取ってある、と他の連中に言ってくれている間に、俺は真面目に働いて信用を得る。陛下に知らせるのは、その後でも遅くないさ」
「まるで、オレやナインのような言い回しだな」
よく舌が回るものだ、とばかりにヴァスがつぶやいても、ローゼはどこ吹く風だ。
「気が付けばお前らとの付き合いも長くなったからな、影響を受けることもあるだろう」
軽く受け流し、ローゼは話を締めくくった。
「そういうことだ。それじゃ、悪いが離宮に向かおうぜ、ユスティーナ。久しぶりだな、みんな変わってないか?」
「え、ええ……残っている、人は……」
いきなり話を変えられたユスティーナは、眼を白黒させながらうなずいた。
ローゼ、ダーント、ドルグ、……イシュカ。幼い日々と比べると、ユスティーナの側を離れてしまった人々は多い。
だが侍女たちや兄との絆は変わらない。恐怖と尊敬の対象だったヴァスにも再会でき、復讐という形で謝罪できることにもなった。
そこへローゼまで戻ってきてくれたのだ。幸運を喜ぶべきなのだろう。ちょっと怪しい部分もありはするが、筋は通っている。何よりローゼへの罪悪感も捨てきれていなかったユスティーナに、彼を救える希望を逃すことはできなかった。
「それに……いえ、なんでもありません。サラやリラもきっと喜びます! では行きましょうローゼ、ヴァス」
ローゼにまた会えて嬉しいのは事実である。腹を決めたユスティーナは、「ところで道はどっちだった?」と申し訳なさそうな声を出すローゼを先導して歩き出した。
「ローゼったら! そうですよね、あなたがここにいたのも、もう何年も前ですもの。さあ、こっちですよ」
人々を導くのが本来の銀月の君、ユスティーナの役目だ。張り切る彼女の注意が逸れた一瞬に、ローゼは小さな声でつぶやいた。
「ヴァス、後で話がある」
「……ああ」
うなずいたヴァスは、何食わぬ顔でユスティーナと並び、思い出の雑談を始めたローゼを観察しながら二人の後ろを歩いた。
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