第27話 意外な再会

 ローゼはユスティーナに山での振る舞いを教えてくれた御者ダーントの息子であり、二つ年上の幼馴染みである。サラやリラが侍女となる前から親しくしており、子供の頃は共に野山を駆け巡っていた。


 だがユスティーナ八歳、アルウィンの即位と共にラージャ宮殿へ引っ越すと決まった際、ダーント親子とは縁が切れることになった。ダーントが、イシュカの命令で職を解かれたからだ。


『お前のせいだろう』


 父の失職に従い、カイラ山の離宮にもラージャ宮殿にも居場所を失ったローゼは、怒りに顔を歪めてユスティーナを怒鳴りつけた。


『お前が、自分の立場も考えずに俺と遊び回ってたから、親父も俺も追い出されちまったんだ。お前なんか大嫌いだ!!』


 生まれてすぐに母を失っているローゼは、男手一つで育ててくれた父を非常に尊敬していた。黙って処置を受け入れたダーントの分までまとめた怒りを、ユスティーナは青ざめた頬に浴びるしかなかった。


 それからしばらくして、ユスティーナはダーント親子がナインの元に身を寄せていることを聞いた。国王の派閥から弾き出された者に、ナインは猫撫で声を出して近付き、保護を与えるといった演出を好んでいたのだ。


 イシュカはナインの見え透いた演出に呆れていたが、ユスティーナはこの時ばかりはナインに感謝していた。だが、すぐに後悔する羽目になった。


 さらに時が経ち、ナインが起こした反乱に、成長したローゼも戦士として加わっていたからである。


「生きて……いたのですね、ローゼ。良かった……」


 震える声で呼びかけると、ローゼは一瞬、不意を衝かれたような間を置いた。


「……ああ。俺も、生きてまたお前に会えるとは思わなかった。しかしお前、えらく太ったな」

「ううっ」


 幼馴染み、かつ現在は敵同士ゆえかの遠慮のない物言いを食らったユスティーナはうめくしかない。


「お前が知っているより太っているのは事実だが、一時期よりは一応やせたのだぞ。もちろん、もっと絞らねばならんが」


 ヴァスが助け船のようなものを出してくれたが、ローゼはそんなヴァスに対してもずばりと尋ねた。


「いや、ヴァス、そんなことよりもよぉ……お前、本当に生きてたのかよ。しかも始終殺してやる、と息巻いていたユスティーナと一緒に、何やってんだ?」

「ぐ、それはだな……」


 ローゼが疑問を抱くのももっともである。返す言葉に窮しているヴァスを眺めながら、ユスティーナはしみじみ納得していた。


「……やはり、二人は知り合いだったのですね」


 共にナインの配下、かつ二人とも内乱の終盤まで生き残っていたのだ。顔見知りの可能性は高いと考えていたが、案の定だったようである。


 ただしローゼはヴァスがユスティーナの手にかかり、ナインの軍が完全に壊滅した前後から行方が分からなくなっていた。彼の名も出すとイシュカの機嫌を損ねる上に、ローゼは依然としてユスティーナを嫌っているはず。だからこそ、ナインの起こした戦いに加担したのだ。


 彼の行く末など気にして何になる。亡くなっている可能性は高く、生きていたとしても向こうはユスティーナの顔など見たくないに違いない。


 そう思い、今までヴァスにも話を振れずにいたが、当のローゼが生きてこの場を訪れたのだ。理由を確かめる必要がある。


「何をしに来たのです、ローゼ。あなたはナインに従って戦った。最早、この山に入り込める立場ではないのですよ」


 これみよがしに弓を取り出したユスティーナが静かに尋ねても、ローゼは背負った弓に触れることもなく平然と、「その男もそうだろう」と言い放った。


「た、確かに。では……あなたも、私に復讐するために……?」


 それはそうだ、とうなずいたユスティーナの質問に、ローゼは質問で返してきた。


「ヴァスもお前に復讐しに来てるってわけか? その割には、えらく仲が良さそうに見えるが」

「いえ、それは……その、いろいろありまして。今は復讐の途中なのです」


 ローゼに詳細を話すべきか、迷った末にユスティーナはごく大雑把な説明をした。


 銀月の君としての彼女しか知らない者たちと違い、ローゼはおてんば姫だった頃のユスティーナの友人だ。本来の性格も知っているとはいえ、状況が複雑すぎる。何よりローゼも復讐を考えているのだとしたら、細かな事情など説明しても意味があるまい。


 ところがローゼは広い肩をすくめ、意外なことを言い出した。


「途中、ね。そいつは困るな。俺は幼馴染みを頼りに、ここまで来たっていうのに」

「え?」


 幼馴染みを頼りに、と聞こえた気がしたが、都合の良い幻聴だろうか。困惑しながら見つめたローゼは、覚えのあるしぐさで決まりが悪そうに頭を掻いている。


「……ナイン様も負けちまったしな。俺も目が覚めたんだよ、ユスティーナ。親父の代わりに、俺を離宮で雇ってくれないか? 正直、行くところがなくて困ってんだ」

「えっ、あっ、えええ!?」


 大声を上げたユスティーナの顔に、じわじわと喜びが広がっていく。澄ました子猫のような美貌を子犬の笑顔でくしゃくしゃにし、彼女は声を上ずらせた。


「それは……それはとても嬉しいです! ローゼ、ああローゼ、あなたにもずっと謝りたかったの! 帰ってきてくれて良かった……!!」

「……お、おお……」


 感極まったユスティーナに手を取られ、入れ替わりにローゼのほうが困惑顔になった。直後、「痛い、馬鹿、落ち着け! 弓まで当たってる!」と叫び始めたが。


「ったく、馬鹿力は変わってねえのな……」


 ユスティーナの指の跡が残った手を振り振り、ローゼは苦笑いする。


「ごめんなさい、嬉しくて……だって私、もしもあなたと再会できるとしても、きっと……」


 持ちっぱなしだった弓を背にしまい、ユスティーナは語尾を濁した。

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