第9話 懺悔

「あなたのほうが強かった。一対一で勝てる自信がなかった。だから伏兵を使い、徹底的に有利な立場で戦うことを承知しました。私を不敗の女神だと信じてくれている人々に、あなたより弱いと知られるのが嫌だったから。やっぱりイシュカ様に手伝ってもらわないと何もできないと、馬鹿にされたくなかったから……」


 見栄を張りたかったのだ。実力以上の評価をされていたとばれて、失望されたくなかった。そんなことのために、ひそかに尊敬さえしていたヴァスとの一騎打ちを台無しにしてしまった。無言のまま、ただ瞳を強く光らせている彼の顔を見ているのが辛いが、ここで眼を逸らすなど許されない。


「しかも、それを貫くこともできなかった。あなたをあんな風に殺して、兵士たちに口止めして、それで終わりにするはずだったのに。やっぱりあれは良くなかったんじゃないかなんて、後になってイシュカ様に言ってしまったの。もちろん、今さら何を馬鹿なことをと呆れられて……婚約も、解消されて……」


 その話はあっという間にマーバル王国のみならず、近隣国家にまで広がっていった。銀月の君とやらは獣返り一匹一人で仕留められないと怯え、卑劣な罠を仕掛けて彼を殺したと誰もが噂した。ユスティーナに言い寄って相手にされなかった者たちは「最初から中身は知っていた、からかっただけだ」とうそぶき、イシュカ目当ての女性たちは「おかわいそうに、お慰めして差し上げたい」と連日彼の元に押し寄せる事態となってしまった。


 妹は内乱を収めた最大の功労者であると、アルウィンは必死に庇ってくれたが、兄が王位に就けたのもイシュカのおかげなのだ。敗北したナインを処刑せず、湖の離宮送りで済ませたことも弱腰と一部から非難されていた。


 これ以上ユスティーナが表舞台に居座れば、兄の足まで引っ張ってしまう。最悪の場合、再びナインが担ぎ出されることになりかねない。そう考えたユスティーナはこの離宮に引き籠もったのだ。


「ごめんなさい。本当の私は、いい子にも悪い子にもなりきれない。みんなが言うとおり、イシュカ様に導いていただかないと、何一つまともにできないの! だからあの日、私はあなたに殺されるべきだった。それが、正しかった……!!」


 もう一度ヴァスに向かって頭を下げ、絨毯に額を埋めたユスティーナは羞恥に震えながら真実を告げる。


 カイラ山の離宮に避難したのは兄の重荷になりたくない、という理由も大きかったが、それ以上にユスティーナが人目に耐えきれなかったのだ。銀月の君として敬われ愛される一方で、イシュカの操り人形との陰口も絶えないのは知っていた。そしてヴァスを罠にはめたことで、敬愛と信頼とイシュカの婚約者の座を失った。


 しかしヴァスは生きていた。内乱終結から数ヶ月、猫もどきの姿を取って怪我を癒やし人目を避け、再びユスティーナの前に現れた。その理由は、一つしかあるまい。


「復讐しに来たのでしょう? ヴァス。どうぞ、私を好きなように裁いて。あなたにはその権利がある。本来はあの日、あなたが勝者になるはずだったのだから……」


 兄、双子の侍女たち、マリエルなどの幼い頃から世話してくれている召使い。ちょっとふっくらこそしてしまったが、食べて眠れるぐらいには回復したのかと喜んでくれている大好きなみんな。


 彼らには申し訳ないが、ヴァスに勝ったのがそもそもの間違いだったのだ。眠れるようになった代わり、毎日のように悪夢を見ている。大勢に罵倒され、宮殿を追われる夢。見知らぬ女性にイシュカが「やっと会えたね」と微笑みかけている夢。怒り狂ったヴァスの矢に何度も何度も貫かれ、殺される夢。ユスティーナは快方に向かっていると安心している人々に心配をかけたくなくて、口に出さずにいた悪夢の繰り返しがやっと終わる。


 次に生まれ変わったら、もっと強くて賢くて美しい、イシュカの対に恥じない女性になれたらいい。そうすればまた、彼は探しに来てくれるだろう。自嘲を追い払い、ユスティーナは黙り込んでいるヴァスに向かって続けた。


「ですが、どうか、私だけで満足してください。国王陛下は少し優しすぎるところはあるけれど、穏やかで公平な、平和な世を治めるに相応しい方。しかし、あなたの親友は……能力がないとは申しませんが、能力を誇示するために玉座を求めているだけ」

「……言ってくれたな。お前の従兄弟は唯一オレを認め、取り立ててくれた友なのだぞ」


 端的なナインへの評価に対し、ヴァスは一応言い返しはしてきたが、あまり強い口調ではなかった。


「あなたも分かっているはずです。ナインは下の者に好かれていない。だから、内乱を起こした最初こそ勢いがあったけれど、負け始めるとあっという間に人が離れていきました。あなたのような、真の忠義者を除いて」

「……ぬ」


 盛大に眉をひそめはしたものの、ヴァスはそれ以上言い返してこない。言い返せないからこそ、眉をひそめたのが正しいのかもしれない。


 ユスティーナも意味もなく従兄弟の悪口を言いたいわけではない。だがナインのほうは昔から、何かにつけてアルウィンとユスティーナの悪口を言い続けてきたのである。


 ナインの気持ちも分からなくはない。文武両道かつ公明正大、優しすぎることを除けば能力にも人格にも非の打ち所がない同い年のアルウィンと、ナインは常に比較され、下に見られてきた。順当にアルウィンが王となれば、その扱いが覆ることは一生ないだろう。


 しかし、十数年前には自分が王となるためにあることないこと吹聴し回った挙げ句、暗殺未遂事件を起こしてアルウィンがこの離宮に避難すると、「何かあればすぐ逃げる臆病者」とすかさず言い立てた。暗殺未遂事件については、実行犯が自殺したため首謀者は不明ということになっているが、半年前には実際に挙兵した。


 陰謀を企てる能力はある。権力へのこだわりも相当なものだ。彼に王の器さえ備わっていれば、アルウィン自身は別に権力を欲しているわけではない。むしろ気を遣いすぎる性格のせいで、王になる前から胃薬を手放せない暮らしを送っていた。そこまでやりたいならばと、ナインに王位を譲ったかもしれないが、残念ながらナインは弱者に対する労りの心を持たないのだった。

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