第29話 甘さは狂わす

 「ね、起きて」


 「ん〜どうしたの?」


 蘭奈が優希を起こした。

 寝ぼけたように目を擦りながら優希が疑問を問いかける。


 「今日の戦いで思ったんだけどさ、私達って弱いじゃん?」


 「んー」


 「だからさ、強くなってお姉さん達をわっと驚かせない!」


 「⋯⋯良いかも!」


 そして二人は勝手にユリザリアの外に出てモンスターを倒しに向かった。

 だが、ここは百合達ですら把握していない『脅威』の縄張りであった。


 ◆


 「はっ!」


 私は飛び起きた。


 「ん〜? お姉ちゃんどうしたの?」


 普段なら五時に起きる体質なのだが、今日は寝てから二時間近くで起きた。

 ⋯⋯この感覚は覚えがある。

 なにか凄く嫌な事が起こる前触れ。


 「⋯⋯まさか!」


 私は一つの考えに至って裸の状態で子供達が寝ている部屋の扉をこじ開けた。

 二段ベットに寝ているだろう子供達の方へ寄って行く。

 いや、分かってる。この場所にはあの子たちの気配がしない事は。

 でも、確認しなと気が収まらない。


 「っ!」


 「お姉ちゃん? なんか、気配がしないんだけど」


 スズちゃんも分かったようだ。

 私達は急いで浴室で洗濯機から服を取り出した。

 乾燥機を連続で行う設定をしていたので今は暖かい状態だった。

 制服を着込んだら急いで外に出て、ユリザリアをしまった。


 そのままどかされた物をしまってドアを蹴破って周囲を見渡した。

 そこには人もモンスターも居なかった。

 段々と嫌な感じが広がっていく。

 私の心を蝕んで心臓を握り潰しそうな重たい感情を与えて来る。


 ここまでモンスターが居ないのはおかしい事だ。

 ここに来るまでも一度もモンスターとは出会わなかった。

 その事を認識すると嫌か感じがさらに広がって行く。

 色濃く広がって行く嫌な感じに応えるが如くスズちゃんが叫ぶ。


 「あそこ! なんか動いた!」


 「ほんと?!」


 「うん! でも、少しだけしか見えないからなんとも言えないけど」


 ああ、こうなるならもっと感知系スキルを上げるか、【遠見】と【暗視】を上げておけば良かった!

 今更嘆いても仕方が無いし、気配も感じないのでスズちゃんが見た所に向かって突き進む。

 今はスピードが欲しいので、私がスズちゃんをおんぶする。

 アオさんが絡まって体を固定するので全力で走る。


 「頼む、頼む!」


 それから二分間全力疾走して二人の子供のような影を発見した。

 何かを探しているかのように動いていた。

 ⋯⋯良かった、無事だ。


 私はスズちゃんを下ろして子供達に向かって歩く。


 「おーい。勝手に出歩くなぁ」


 「あ、ユリお姉ちゃん!」


 笑顔で手を振る二人。

 私達もほっこりとした安心感が現れる。

 刹那、私の【気配感知】が莫大な気配を掴み取った。

 同時にスズちゃんも反応を示す事から【危機感知】も反応した。

 だけど、分かった時には全てが遅かった。


 『ジャー!』


 「え?」


 「ん?」


 笑顔のまま、二人はいきなり現れた巨大な蛇に飲み込まれた。

 二人の気配が一瞬にして⋯⋯消えた。


 「え?」


 「そんな」


 ああ。なんでこの時私は走って二人を掴み取らなかった。

 まだ間に合ったかもしれないのに。

 そうか。近くにモンスターなどが居なかったのはこいつが原因か。

 気配すら消して、姿を消して、全てを飲み込んだんだ。


 「あ、ああ」


 守るって約束したのに、私の少しの甘えがあの子達の人生を終わらせてしまった。

 私のミスで。

 もっと強く言っておけば。ここら辺の違和感に従って離れていれば。

 こんな結果にはなら無かったんだ!


 「あああああ!」


 私は咆哮をあげて【バーサーク】と【怒り】を発動して突き進んだ。

 スズちゃんの停止の声すら今の私には届かない。


 「ああああああああ!」


 ナイフを抜いて逆手持ちで突き立てる。

 相手の純白色の鱗に向かって突き刺した⋯⋯だけど簡単に弾かれた。

 そして私の横に相手の大きな口が迫った。


 終わった⋯⋯そう確信した。


 「やめろぉぉぉぉ!」


 スズちゃんが一瞬で銃を引き抜いて放つ。

 その弾丸は正確に相手の瞳を撃ち抜け⋯⋯なかった。

 瞳で弾かれた。それでも、そのお陰で私は相手の顔で吹き飛ばれた。

 ただ顔を振っての体当たり。

 しかし、その威力は絶大だった。


 「シャー!」


 アオさんが盾になるように間に入ったけど、僅かな効果しかなかった。

 いや、その僅かな効果があったからこそ私は生きているのかもしれない。


 「ああああああ!」


 吹き飛ばされた私は全身の骨が折れる感覚に陥った。

 激しい痛みは【痛覚耐性】を貫通した。

 血反吐を吐いて、感じるのは僅かなHP、つまりは命の灯火。

 アオさんも満身創痍。


 運良く吹き飛ばされた方向はスズちゃんの方だった。


 「なんだよアレなんだよアレ!」


 スズちゃんはボロボロの私を拾い上げて必死に走った。

 後ろに弾丸を放ちながら必死になって走った。

 相手は追ってこない。

 気まぐれか、それとも縄張りから出たからか、とにかく追ってこない。


 【痛覚耐性】はレベル6へと上がっていた。


 翌日、再生能力のお陰で私の体は完璧に治っていた。

 しかし、心に受けた傷は癒されない。これにスキルなんて関係なかった。

 これは寂しさ。苦痛でも攻撃でもない。


 「ちくしょう! 私が、もっと私が警戒していたら」


 アオさんは何も言わず私の体に巻きついている。

 大丈夫だよ、そう言って慰めているように感じた。

 アオさんは私達をいつも慰めてくれる。


 「お姉ちゃん」


 スズちゃんも辛いだろう。

 憎しみの籠った瞳を本質に残しながらも必死に泣くのを堪えている。

 これは私だけのミスじゃないと、スズちゃんは言っているようだった。


 ──ああ、嫌だ。

 昔の自分に戻ってしまう。ここまでようやく普通の女の子っぽい性格になったのに。

 また、昔のような復讐に囚われた人間になってしまう。

 でも、今だけはそれでも良いのかもしれない。


 もう泣くのは止めた。

 泣いて悔やんでも仕方が無い。

 今は前を向いて歩かないといけない。


 「お姉ちゃん⋯⋯」


 「私はやるよ。アイツを殺す」


 「うん。アタシもそのつもり。アイツぶっ殺して、沢山後悔しよう」


 「ああ。後悔する前に、アイツを殺しないとな」


 でも、今のままじゃ絶対に無理だ。

 武器を揃えて、レベルを上げないといけない。

 そうとなれば行動あるのみだ。


 「詮索さん。アイツは?」


 《回答。白く角の生えた見た目から『夜刀神』だと推測されます。さらに先程の夜刀神はネームドモンスター『ヴィペール』です。猛毒を使いながら斬撃を操ります。物理よりも魔法に特化しています。防御面は高いです》


 「そうか。ヴィペール。そいつが私達の敵か。弱点は?」


 《明確な弱点は存在しません。王道的な討伐方法は相手の防御力をダウンさせて突破する、です。物理攻撃にも魔法攻撃にも強いのでデバフが有効的です》


 デバフなんてのは無い。

 ⋯⋯強くなりながら考えるか。


 「確実に殺る。ヴィペール。絶対に、絶対に」

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