太極の神子 ~最強だった三貴子~
無銘
第1話 神子
神聖一四六年––––。
小鳥の
「——
母に連れられ、車の助手席に座る一人の幼女が呟いた。
底の知れない艶やかな黒髪を、肩甲骨まで伸ばしたミディアムヘア。毛先は、その一本一本が丁寧に規則正しく切り揃えられている。
左側頭部から伸びる
非常に見目麗しく端麗で、クリームのように精緻な肌と、宝石のような碧緑色の瞳は、場違いなほどに美しい。
怪訝そうな相貌を向ける彼女に、母は前を見据えながら穏和に答える。
「ええそうよ
「
「ええ。破滅からもたらされる人々の平和への祈願、それら希望が寄せ集められる事で、成長途中の少女達が、その過程の新たな養分として、集められた祈りを受けて神格化する……。—— で、この御三家は〝始まりの厄災〟と呼ばれた〈第二次下関戦争〉において、一番最初に神格化した由緒正しき偉大な名家なの。以来、神子主義国家となったこの国は、御三家の一つ〈月岡家〉を〈
「なるほど!」
明依が突然母の言葉を
「つまり、この御三家は、初めての破滅出現で、誰もが混乱し、政治体制が崩壊する中、それでもなお立ち上がった偉業があるから、認められたんですね! そして世代を重ねるたび活躍すれば、それがまた人々からの新たな信頼と期待を集め、次世代の子達の神格化を約束する」
「え、ええ。そうよ。難しい言葉を知っているのね明依は……」
「遠星家の者として、色々勉強していますから!」
むっふん! と莞爾な笑みを見せる明依。
愛らしい娘の姿には、強張っていた母の頬も自然と緩んでしまった。
「——それじゃあ、そろそろ着くわよ。あなたももう小学生になるのだから、御三家の
辿り着いたのは、街から遥か遠くに位置する山々。その根本に位置する巨大な神社。
総面積七十万平方キロメートルという、圧倒的な敷地を誇っている。
「……東京にも、似たような神社がありましたよね」
参道を歩みながら突拍子もなく口にする明依。
「東京のは敷地のほとんどが木々に囲まれていて、本堂なんて普通の神社と大差ないわよ。見かけだけのなっちゃって巨大神社なんだから」
シレッと東京の某神社を小馬鹿にする母だが、別に恨みがあるわけでもない御様子。
純粋に、思ったことを口にしているだけのようだ。
しばらく歩いた先で、すでに到着していた別家の執事が優雅な出で立ちで頭を下げる。
「遠星様でございますか。
「ええ、失礼するわ」
どこか上から目線な母に対して、明依はしっかりとお辞儀をしていく。
「母様。どうしてそんなに塩対応をなされるんですか?」
「私達は御三家の一家なの。それ相応の誇りをもって、下の者達は多少見下すくらいが、期待値も高まるものよ」
「……そうでしょうか。
執事の方を振り返り、心配そうに彼の背中を見つめる明依。
しかし、母は明依の手を握り、半ば強引に彼女の視線を前へと戻させた。
「重宝する偉業を持って偉大な姿を惜しみなく振るう事と、形だけを漠然と真似ただけの威厳を私欲の為に振りかざす事は全く違うわ。言いたい事……わかるわね?」
「……つまり、イキっているだけのチンピラと違って、私達には相応の逸話があり、それ故の振る舞い……と言う事ですね?」
次の瞬間、母の足がピタリと止まり、後をついていた明依の顔が鼻先から衝突する。
「あだっ……。お、お母様? どうかなさいましたか?」
振り向いた母は、どこか引きつったような笑みを浮かべていた。
「めい? そんな品のない言葉を……いったいどこで覚えたの?」
母の質問に対し、一瞬、頓狂な顔を見せた明依。ポケットから、電子端末を取り出す。
「SNSなるものに沢山書かれていますよ!」
曇なき
皆んなが使っているから、それが常識なのだと、誤った価値観を持ってしまったようだ。
母は悔やむように拳を握った。
「くそっ! やっぱ六歳でスマホは早かったか‼︎」
「……………?」
母のらしからぬ様相に首を傾ける明依。
すると母は影のある笑みを浮かべて、半ば忠告するように明依を諭した。
「いい? 明依。そんな下品な言葉はもう使ってはダメよ? いいわね?」
「……わかり、ました」
険悪な雰囲気に気圧され、明依は思わず、濁った声を出してしまった。
本堂へ足を踏み入れると、既に大勢もの人々が密集していた。
皆が皆、上品な身なりを纏っており、漂う空気はさながら、豪族のオープンパーティー。
その賑やかさと華やかさには、遠星家の令嬢である明依も、童心に帰り、テンションが上がってしまった。
「すごい! これ全部御三家の傘下なのですか⁈」
「ええ、そのはずよ。部外者は立ち入り禁止だから」
自分で聞いておきながら、明依は母の言葉に耳を傾けなかった。
それほどまでに、今この現状に感激を受けていたのだ。
散りばめられた宝石のように、目の前の光景に瞳を瞬かせている。
純白のクロスに包まれた円形のテーブルが堂内の至るところに並べられ、その卓上を、華やかな料理が彩る。
明依はお気に入りの料理を見つけると、一切の遠慮なく真っ直ぐに駆け寄った。
「お母様! これ食べてもいいんですか?」
輝かせた目で母を見る明依。
既に何人かの人は料理を手にしている。それゆえの明依の行動だろう。
それにしても
だが、ある意味子供らしいその姿は非常に微笑ましく、母もしばらくは明依の無作法を許すことにした。
「ええ、いいわよ」
「やったぁ!」
みっともなく
「あれが、遠星様の御息女ですか」
娘の背中を眺めていると、近くにいた男が、ワイングラスを片手に訪ねて来た。
明依を見る彼の目は、母同様にどこか微笑ましげだ。
「ええ、お恥ずかしながら……」
苦笑する母。自分の娘が場違いなほどフランクに、並べられた料理を食い漁っている。それが親としては嬉しくもあり、少々羞恥でもあり——複雑な気持ちだ。
謙虚にはにかむ母へ、しかし男は緩めた頬をそのままにしてくれた。
「——子供は、きっとあれぐらいがいいんですよ」
依然として明依に柔らかな視線を向けたまま彼は語る。
「それが神子候補ともなれば尚更だ。きっとこれから先、彼女達には、我々が想像も出来ないほどの困難が立ち塞がるでしょう。下手をすれば輝かしい未来さえ——」
「ええ、存じておりますわ。私も、神子でしたから……」
若かりし頃、明依の母は神子だった。何も不思議なことではない。遠星家に産まれれば、子供の有無を問わず、人々の期待が降り掛かる。さすれば必然、少女は神格化してしまう。
母——
だが、それでも、彼女は生き延び、神子として人々を護ってきた。
茉優は、自身の過去を噛み締めながら、今、目の前に居る
「——けれど、だからと言って逃げ出すことは出来ません。遠星の子として産まれた以上、背負わされた運命には立ち向かわなければならないのです。たとえ理不尽でも抗うことが大切なんです。遠星の者である以上、降り掛かる期待は絶大。そして、それは神子の力を左右します」
「そうですね。御三家であるならば、強力な神子として覚醒することは、まず間違いないでしょうから……まぁ、万が一の最悪は……訪れないでしょう」
「ええ。この経験は、きっとあの子自身を強くします。誰よりも果敢に育つことでしょう。私は親として、それを見守ります。——最後まで。だから今日くらいは、子供らしくあることを許しましょう」
茉優の真っ直ぐな眼光が和らぎ、暖かな笑みへと変わる。
するとふと、茉優は辺りを見渡し始めた。
「ところで、〈朝陽家〉と〈月岡家〉の娘さんは?」
「これだけ人が密集しておりますからね。探すのは困難でしょう。時間になれば、全ての電灯が消えて、御令嬢さん方達にスポットライトが当たるはずですよ」
釣られて、男も遠望する。
「……いくら多くの期待を集めたいからとは言え、さすがに密集させすぎじゃありません?」
「まぁそもそも、御三家の傘下がその為に集められたようなものですからね」
「これ、傘下全員が集まってらっしゃるんですか⁈ 私の時はもっと少なかったような……」
「まぁ、茉優さんの時から、もう十年以上経ってますからね……。量も増えますよ」
「……もう集める必要ないでしょ……まったく」
御三家のやり過ぎ傘下収集に、もはや動揺を通り越して呆れ果ててしまう二人。
次の瞬間、堂内全ての照明が落とされた。
「お、始まりましたね……」
明依は、頬張った伊勢海老を口に
「……………ん?」
そして、最前にある壇上にスポットライトが当てられると、一人の男が姿を見せる。
「諸君‼︎ 此度はよくぞ……あ、よくぞ集まって下さいましたァ‼︎ 皆んなのアイドル! 神子主義国家の神威大将軍。
マイクを右手に、左手人差し指を高々と掲げて、大層派手な登場を見せたのは、月岡家共に
「相変わらずテンションがお高い方だ」
彼を見上げる大人達は、慣れた様子でその様相を宥めた。
どうやら、鐘貞のこの様相は通常運転のようだ。
彼による進行はその後も続く。
「——此度皆に集まってもらったのは他でもない! あ、ついに! 我が御三家が誇る、次の神子候補が覚醒期を目前としている‼︎ 知っての通り、彼女達の力は他人の認識下にあって初めて成立する。御三家と言う肩書きの上で、皆が‼︎ 彼女らを認知することで、平和への願いが収束するのだ‼︎ だからこそ、ここに多くの御三家傘下を集めたと言うわけなんだぜイエェーイッ‼︎」
天を仰ぎながら、熱唱の容量で馬鹿デカい声を張り上げる鐘貞。続いて、堂内を盛大な拍手が満たした。
一頻りした後、鐘貞は両手で皆に静まるよう指揮をし、再びマイクを構える。
「ではいよいよ、彼女達に参上して頂こう! まずは! 我が月岡家が誇る神子見倣い‼︎ 徳島県が誇る一柱‼︎
彼の奇声に連動し、消灯機が点火した場所は堂内の隅っこも隅っこだった。
可憐な少女の姿が群衆の前に晒される。
身を丸くして座り込み、読書をしていた彼女。突然の閃光に肩を跳ね上げた。
「ひゃっ⁈」
純白のゆるふわロングヘアをハーフアップに束ねたお姫様のような容貌。
結び目に飾られた水色のシースルーリボンは、頭からはみ出るほど大きく愛らしい。
前髪は左目を半ば覆っており、人との視線が合いづらくなっている。
鐘貞は、そんな彼女を真っ直ぐ見つめ、穏やかな声音で煽動する。
「さ、日音? 壇上に上がってきて?」
「…………」
あまり気乗りしなさそうに、周りの目を気にしながら、足を進めて行く日音。
その間にも、鐘貞の進行は続く。
「お次は‼︎ うどんが美味しい香川随一の神聖‼︎ 朝陽家‼︎
照明は堂内の中央を照らす。そこには、炎のように真っ赤な髪を持つ少女が、勇ましく佇んでいた。
燃え上がる髪は一重咲きをした赤いストックの髪飾りでアップヘアに束ねられ、毛先は緩く巻かれている。それは、燃え上がる炎の象形か、あるいは、飛散する真っ赤な火花を風刺したものか——。いずれにせよ、一目見れば、万人の脳裏には雄渾なる陽炎が浮かび上がる。
——太陽の
炎熱する熱い瞳もまた、その
そんな果断な
「さてさて‼︎ 次で最後‼︎ 今一冴えない淡路島より‼︎ 非旅行ランキング最下位なんて言わせねぇ‼︎ 国産みは我らが起源だ‼︎ 魅せてやれ淡路の意地‼︎ 遠星家、遠星明依‼︎」
照明の示した先には、当然明依が映るのだが、——彼女はいま、暴食の真っ最中だった。
いったい、どれほど詰め込んだのか——。まるでリスのように。頬を膨らませ、口からカニの足が飛び出している。更に、食への追随はそれだけにとどまらず、彼女の両手は、エビやカニなどの様々な食材を鷲掴みにしていた。
司会者の進行や、壇上に登る神子候補など、今この場に起こっている全ての事に興味がないと言わんばかりだ。
彼女の食事に対する品の無さは常軌を逸していた。
せめて
鐘貞ですら、その自慢のテンションを沈黙させるほどの暴挙。
ようやく声が出たのは、明依が口の中にある物を飲み込んだ後だった。
「……さぁ、明依ちゃん。前に出て来てくれるかな?」
その時、明依もようやく、相応しい振る舞いへ準じなければならない事を思い出す。
一風変わって、上品な足取りで舞台へと躍り出た。
壇上に、三人の美少女達が揃う。
「彼女達が‼︎ 今世代の神子を代表する存在であろう! 既にご存知の方も居るだろうが、御三家により構成される
鐘貞の叫声に圧感する大衆。
感嘆の声が野太く響く中、明依が何気なく独白する。
「
しかし、限りなく小さな声は虚しく、誰の耳にも届くことは無かった。
「では‼︎ これから三人には、同じ
「え——っ、そ、それって……」
父の暴論に不安気な声をあげる日音。——いや、日音だけではない。晴葵や明依も同様。信じられないような物を見る目で鐘貞を見上げていた。
だが、父は三人に向けて真っ直ぐな眼差しを差し向ける。
「君たち三人は同じ屋根の下で共に暮らしてもらう。——はいこれ決定‼︎」
「はああああああああああああああああああああああああああ—————ッッ⁈」
のちに響いた悲鳴のような奇声は、虚しくも、しかし高らかに堂内を駆け抜けた。
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