悪童蟲毒-アクドウコドク-
たわける
第1話
苛ついて仕方がない。同い年であることしか共通点のないガキをギチギチに閉じ込めた狭い部屋。嫌いなものに序列をつけるなら、それはかなり上の方に位置しているだろう。
「桧山くん、ジャージは?」
「……忘れましたァ」
「あっ! よく見たらその服、私服のズボンじゃない!」
隠していたわけでもない校則違反に漸く気付いた愚鈍な女教師は、嫌な高さの声を張り上げる。
不快な音波が耳を通り抜ける感覚に、少年・桧山は眉間に皺を寄せた。
ここはとある田舎の無名中学校。
頭のいい進学先といってもたかが知れているレベルの、頑張る意味のない町。
そこで不必要に生徒を縛り付けているのが、桧山の通う中学校だった。
小学生、同中他中の生徒といった、多数の町の子供たちからは『刑務所』とあだ名されている。
「着替えなさい!」
「だから忘れたンだって……」
女教師の顔が近付く。口が臭い。
世の男は女を求めてやまないというが、こんなもののどこがいいというのか。
生え際から既に固そうなパサついた髪や、上側だけがやけに腫れぼったい筋の目立つ唇。
……全く、甚だ理解不能だ。
桧山は教室をぐるっと見渡した。
勿論、仲良しの友達に予備のジャージを借りる為ではない。
隅の方で大きい身体を縮めながら着替えている男を見つけるなり、大声で呼びつけてやる。
「おい、アマネ!」
「なに? 桧山くん」
アマネは、最近つるむようになった便利な奴だった。
桧山が命じれば、盗みでもなんでもやる。
アマネが名字だったか下の名前だったかは忘れた。
そんな彼が着ようとしていたジャージを奪い取った桧山は、頭から被ってまた椅子にふんぞり返った。
「着替えましたけど。文句ないでしょ」
「何言ってるの、周くんは……」
「このままにしとけば? 先生が言ったんだもんねぇ~? ジャージ以外着ちゃいけないって」
奪ったジャージ姿の桧山に、立ち尽くす女教師、そしてパンツ一枚のアマネ。
シュールな光景に、ちらほらとクスクス笑いが聞こえ出す。
女教師は、額から頬にかけてをみるみる赤くしていく。
桧山のように普段から他の生徒と馴れ合わない奴でさえも、教師をおちょくる時にだけは、ある種の連帯感を生じさせる。
こういう空気が蔓延しているから、教師達には最悪のクラスと称されていた。
「く、か、返しなさい、周くんに!」
女教師は目をひん剥き、桧山を怒鳴りつける。
途端に教室は静かになり、女は三十人余りの子供に冷ややかな目で見られた。
「聞こえないの!? 返せ! 返せってェ!」
桧山の暴挙の被害者である筈のアマネですら、女に軽蔑の眼差しを注いでいる。
自分の目的や役職すら忘れ去ったかのように叫び散らす女は、引き戸の開いた音にハッとし、振り返った。
呆れた顔の中年男性は、女教師が姿勢を正す程度の立場ではあった。
「おや~? これは学年主任の田中先生~。ごめんなさいねぇ、うちの担任が落ち着きなくて」
桧山でもヤマネでもない男子生徒がしゃしゃり出て、学年主任の田中にちょっかいをかける。
再び緩んだ顔をする生徒達とは裏腹に、田中は被っていたニット帽を更に深く引き下げた。
「……周、ジャージがないなら保健室で借りて来なさい」
そう言い残し、引き戸が閉められる。
三年一組の下らない一日の始まりだった。
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