江戸の妖事情

さやか

仮面夫婦


恋とは、何か?

おらの名前は花道。

江戸に生きる庶民だ。

おらには親もいないし、まともな職にもついていない。

花道なんて洒落た名前がついてるが、そこら辺にいる野郎と対して訳がねぇ。

今日も金稼ぎに町をブラブラしていた訳だが、どういう訳なのか?

未来という娘と一緒にいる。

「あのぅ、未来さん。これは一体どういう訳ですかい?」

「花道と言ったわね。今から私たちは夫婦よ!」

「はぁ?!」

花道に意味が分からないし、未来自身も言った本人も良く分からない。

一体どうしろと言うのだ?

おらは江戸の町から外れにある廃墟と化した荒れた村で育った。

実の両親の顔なんて知らねぇ。

神に仕える異様な姿をした男女に育てられた。

オレも青年期にさしかかり、ちょっくら江戸の町に出かけた。

江戸に行くのは小さい頃からの夢だ。

町は色んな人種がいる。

暫く歩いていると裏通りで1人の同い年ぐらいの若い女が男に絡まれていた。

おらはとても気が弱いが、女に近づいて彼女の腕を掴むと男に妹に変なことはしないでくれぇっと告げて殴られるもその場を逃げることができた。

女は未来と名乗り、素性は明かさぬが彼女は突然見知らぬおらに告白してきた。

とにもかくにも妻にしてくれと懇願する彼女はある長屋の一室に連れ込む。

「ここは人が住んでいないと最近知った」

「しかし、おらはお主を妻にするなんて覚悟ができぬぞっ!」

「素性は訳あって明かさぬが、お主の下にしばし置いてくれぬか?身の回りの世話はする」

どうせ、短い期間だろう?

花道は未来に承諾したのだった。

しかし、花道には人に知られていない過去があった。

それは〝陰陽師〟のはしくれであること。

未来は洗濯をしている。

「花道さん。こんなことは言いたくないのですが、もっと高収入な職に就けなかったのですか?」

「ははっ、傘職人も結構楽しいですよ」

「笑い事じゃないですよ!」

未来は後悔した。

花道は売り物である傘を持つと家を出る。

(花道、彼女にはホントのことを伝えた方が良いでないか?)

花道の肩に真っ白いイタチの姿をしてイズナが飛び乗る。

「少しの間だけです」

(たくっ、お人好しめ)

未来は洗濯を畳んでいると扉を物凄い勢いで蹴り破る。

「花道いるか?」

陰陽師阿倍野剛は未来を見る。

「だ、誰ですか?」

未来は驚くもその美形にポッとする。

「女を連れ込むとはいい度胸じゃねぇか」

「あのぅ、どちら様ですか?」

「名乗りはいらねぇから花道のバカが帰ってきたら仕事だと伝えておけ」

剛は去って行く。

「何だったの?」

扉があらわになったことで室内が通行人に晒された。

「未来!」

年配の夫婦が未来に気付いて叫ぶ。

「お父様とお母様」

「探したのよ!」

「婿殿がお待ちだ」

未来は抵抗する。

「いやっ!私は結婚したくありません」

母親は未来をビンタする。

「いい加減にしなさいっ!」

「お前は旗本の娘としての自覚がないのか?」

2人は力づくで未来を連れて行く。

花道は帰宅後、その荒れように驚く。

「一体何があった?」

花道はブツブツ言いながら扉を直す。

「花道、仕事だ」

背後に剛が立っている。

(阿倍野剛)

「仕事って陰陽師はなしです」

「陰陽師の端くれに選択権はない。旗本八重山邸に向かえ」

「まず扉を直さないといけない」

「扉ならオレが蹴飛ばした」

「何故⁈」

「八重山家の娘がお前ん家にいたから仕事があると伝えた」

「八重山家の娘?未来さんがそんな裕福な家柄だったのですか?」

「話は済んだ」

剛は去っていく。

「ちょっ、扉を直してください!」

八重山邸。

未来は綺麗に仕上げた着物に身を通し、居間で父と母と一緒に婿となる宏一と対面する。

「とてもお美しい方で私としても鼻が高いです」

「身なりは美しいですが、じゃじゃ馬でして……」

「自慢の娘ですわ!」

父と母は嬉しそうに語る。

「本当に食べ応えがありますよ」

浩一は豪快に抱きつく。

「えっ⁈」

「こ、浩一殿?」

「呪印さえ示せばわしのものっ!!」

浩一は鋭く尖った牙で未来の首筋に噛みつこうとした。

未来は抵抗しょうとしたその時。

般若の面を被った1人の青年が現れる。

「邪道の鬼が人の前を抜け抜けと姿を見せるとは何事だ」

彼は短刀で浩一だけを斬り裂く。

「ぎゃぁぁぁ!」

浩一は鬼の皮が剥がれ、消滅する。

鬼を滅した彼の後ろ姿……。

未来はその素顔をもっと見ようとした時、両親に抱きしめられる。

「未来、無事だったか!」

「今回の縁談がダメでもあなたはまだ若いからきっと大丈夫よ!」

彼は振り返り、面を見せる。

「あっ……」

未来は何か言おうとしたが、彼は去っていく。

邸を後にした花道の肩にイズナが乗る。

(あの娘の婿になれば花道も良い生活が送れたのに勿体ない)

「おらには傘職人が合ってる」

彼を屋根から見下ろす剛は笑みを浮かべる。

長屋に戻った花道。

何故か未来がいる。

「おかえりなさい」

「未来さん、何か用ですか?」

「私はあなたの妻よ」

「それは縁談から逃げるためでしょっ?」

「一度交わしたことは責任を果たさなきゃならないわ。それに妖に取り憑かれた娘なんて誰も近寄らないわ!」

「未来さんは美人ですから大丈夫です」

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