たとえば、優劣が目に見えて分かる世界の話

牛寺光

私の目にはあなたしか映らない

 町を歩いていると『優劣診断』という文字が見える。

 この世界で今のおじいちゃん世代から導入されたこの制度は『優劣制度』と言って、この世界に革命を巻き起こした。

 同時に差別を生んだ狂った制度。


 人に優劣をつけてそれを数字にして評価するというもの。

 そのおかげで企業は優秀な人の採用が出来るようになった。

 そのおかげで数字が全てみたいな風潮ができた。

 そのせいで私の彼氏は苦しんでいる。


 今日はそんな私の彼氏との大切なお出かけの時間。

 今日は私の好きな遊園地に向かう。

「お待たせ。待った?」

 集合時間の25分前に集合場所の遊園地前に来るともうそこ私のかっこいい彼氏がいた。

 普段はそれなりな格好で納得しているのに私と出かける時は何処だろうとめっちゃかっこいい恰好をして生きてくれるところが好き。

 周りを気にしていない振りをしていながらも、私が来たのを私よりも先に気づいてくれるところも好き。

「おはよ。遊園地のチケット買っておいたよ」

「ありがと。いくらだった?」

「んー。内緒。そんなことよりも早く行かないと混んじゃうよ!行こ!」

 私の手を取って入り口の方へ走り出す。


 私の手を取る手がいつもよりも強張っている気がした。


「ではチケットをこちらの機械にかざしてください」

「は~い」

 私がチケットをかざす。

「…はい。ありがとうございます」

 夕貴君は物の管理が苦手だから今日も自作のポケットのいっぱいあるショルダーで来ている。

 でもこういうチケットとかの管理は私の仕事。

 そういう分担の仕方。

「いつもごめんね……。」

 私の後ろから申し訳なさそうな声が聞こえる。

「大丈夫だよ!それよりもどこから行く?」

「すぐ混んじゃうところから行かない?」

「いいね。どんなとこ?」

「ジェットコースターだって。それが凄い怖いらしくて」

「夕貴君……大丈夫なの?」

 私の最高に可愛い彼氏は絶叫系が大の苦手。

「サーちゃんのためなら頑張る!」

 佐喜さき真悠まゆ、の名字の『さ』を取ってサーちゃん。

 付き合い始めたときに特別な呼び方が欲しい、ってお願いしたときに呼び始めたこのあだ名。

 最初の方は、ぎこちなかった呼び方も今ではだいぶ慣れてきて自然に呼べるようになった。

 あのぎこちない夕貴君を見ているのも、面白可愛いかったけれども今の余裕のある呼び方もかっこよくて好き。

「じゃあジェットコースター行くよ?」

「もちろん」

 ゴクリ、と覚悟を決める夕貴君を見ながらパンフレットの地図を見ながらジェットコースターに向かう。

 左手で夕貴君と手をつなぎながら、それなりにいっぱいいる人と人の間を歩いていく。


 50分待ちがざらなアトラクションなのにまだ人がいなくて並ばずに入ることができた。

「あー楽しかったね!」

「そ、そうだね……。」

 青い顔をしていてとても楽しそうには見えなかった。

「ほんとに大丈夫?」

「もちろん……。次どこ行く?」

「休憩しなくても大丈夫?」

「う、ん。それよりも遊ぼうよ」

「……分かった」

 何故か焦っているように見えた。

 今日の夕貴君の様子のおかしさが私を不安にさせる。




 そこから何時間も遊び続けた。

 お昼ご飯を食べて、そこからも買い食いをして、常に遊び続けた。

「そろそろ帰る?」

 あたりが暗くてふっと時計を見ると閉園時間まであと1時間を切るところだった。

 こんなにも長く遊んだのは初めてだった。

「じゃあ……最後にあれに乗りたい」

 夕貴君が指を指した先にはライトアップされている大きな観覧車があった。

 今日、一日かけてもあれには乗っていないことに気が付いた。

 夕貴君は本来、あんな感じの落ち着いたものが好きなはずなんだけど……今日は一度も観覧車の話にはならなかった。

 まるでどちらかがその話題を避けているかのように。



 時間に近いということもあって観覧車は空いていた。

 並んでいるのは幸せそうなカップルばかり。

 そんななか、夕貴君は、今日初めて暗い顔をしていた。


 そして待ち時間というほどの時間もなくゴンドラに乗ることができた。

「いい景色だねぇ……」

 外を見ると綺麗な夜景が広がっていた。


「ねぇ。サーちゃん」

「なに?」

「別れよ」

 ………………。

「っとなんて?」

「別れよ。俺と」

「なんで……?」

「なんでも。このまま付き合っててもいいことないよ」

「は?意味わかんない」

 でもこれで今日の違和感の意味が分かった。

 でも何も分かんない。

「他に好きな人ができたってこと?」

「………違う」

 絞り出すような否定。

「じゃあ私のことが嫌いになった?」

「…絶対にありえない」

 少しの間を置いた覚悟のある否定。

「じゃあなんで?」

「…………なんでも」

 また、絞り出すような言葉。

 気づくともうすぐ観覧車が一番高いところまでつく。

「周りの人に何言われても気にしなくていいんだよ。私は夕貴君と付き合えて幸せだから」


 狭いゴンドラの中の向かいに座る夕貴君は静かに泣いていた。

「……昨日、電話が、あったの」

 静かに夕貴君が口を開く。

「お前じゃ佐久間のことを幸せに出来ないって」

「私は」

「それで僕の取得可能な年収を調べたの」

 夕貴君は私の言葉を遮って自分の話を続ける。

「うまくいっても250万。うまくいっても一人が生きていくのが限界なお金」

「だからどうしたの?」

「だから将来は絶対に別れなきゃいけない。」

「な」「ならこれ以上、僕がサーちゃんのことを好きにならないうちに別れたい。ダメ?」


 ゴンドラは気づくと頂点を過ぎてしまっていた。

「ダメ」

 この言葉は驚くほど自然に出てきた。

「な」「そもそも私が夕貴君のことを養ってあげるからお金の心配なんてしなくていい」

 仕返しとばかりに夕貴君の言葉を、反論を遮って言葉を続ける。

「それに私は夕貴君としか幸せになれない」

「なんで……。サーちゃんならもっといい人と結婚できるのに………」

「私にとって夕貴君ほどかっこいい人いないよ。私のことが信じられないの?」

「…………うんん。信じる。」


 ゴンドラの降り口まではもう少し。

「ねぇ。夕貴君。」

「なに?」

 いつの間にか涙の止まっていた夕貴君が返事をする。

「結婚しよ。私と今日の帰りにさ、籍を入れようよ」

「…………。どういうこと?」

「だから今日の帰りに役所に行ってさ、籍入れよ?」

「まだ僕たち学生だし、えっと、あーと……親御さんにも挨拶しなきゃ」

 否定されないのが嬉しい。

「そうだね。」

 幸せな笑みが漏れてしまう。

「確かにそうだね。せめて学生やめてからにしようか。」

「え、うん」

「だから高校生をやめてからになるから、あと丸々一年くらい?あー待ち遠し!」


『ガッコン』


 ゴンドラが急停止する。

 そして扉が開く。

 丁度よく地上に着いた。


「じゃあ帰ろっか!」

 今回は私が夕貴君の手を引いて前を歩く。

 スキップをするように帰路につく。


 私の手まで私の心臓の音が届いていないといいなと願い出口を目指す。

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