死神狂騒曲!
明日は晴れるといいな
第1話
俺は今、眠れなくて自分の部屋の窓の外を意味もなく眺めている。携帯で今の時刻を確認すると丁度深夜二時に突入しようとしているところだった。
今夜はかなり強めの雨が降っている。最近梅雨に入り雨が降る日が多くなってきた。
俺は雨が好きだ。なぜなら雨音のおかげであまり憂鬱なことを考えなくて済むからである。好きな漫画のアニメ化がクソ作画だった時も雨の音で気持ちを誤魔化した。だがここ最近は雨が降っているのにもかかわらず気持ちが憂鬱である。まるでのどにでかい骨がつっかえたような気持ちだ。
俺の父がこの前交通事故に巻き込まれ亡くなった。ここ数年で日本の経済状況が一気に悪くなってから増えた暴走族による事故だ。
父はよく仕事から帰った後、家のリビングでビールを飲みながらバラエティー番組を見て笑っていた。前はうるさく感じていたが、なくなってみるとかなり寂しい。家が急に静かになった。
「はぁ…」
いつの間にか俺の口からため息が出ていた。
俺は去年の春、会社でパワハラを受けメンタルを病み辞職した。それからというものニート生活を続けている。部屋でゲームをするだけの毎日だ。
父はかなりの額の貯金を残してくれていた。しかし、いずれ底を尽きるだろう。そろそろ職を探さないといけない。
母はもうすでに俺が小さいころ病気で他界している。母に関する記憶はほとんど俺には残っていない。
外を眺めていると不意に視界の下のほうに動く人影が見えた。暗闇でよく見えないが玄関の前に誰かいる。
誰だあいつ…完全に不審者じゃねぇか!
普通にかなり怖い。俺には残念ながらこんな夜遅くに訪ねてくる友達がいないため赤の他人であることは確かだ。
俺はパニックになり、とりあえず廊下に置きっぱなしになっている父のゴルフバッグからクラブを一つ武器として手に取り階段を下りた。ただでさえ今日はじめじめしているのに汗が頬を伝い、不快感を覚えた。
うわぁもし強盗とかだったらどうしよ…ゴルフクラブで勝てるか? いや冷静に考えて運動不足のニートには無理だろ。まあとりあえず誰なのか確認だ。自宅警備員としての意地を見せろ…!
深夜テンションで完全に思考が鈍っている。
階段を下り、廊下の電気をつけ、玄関の内側までやってきた。見慣れたはずのモダンで茶色っぽい扉が今は魔界へ続く門のように思える。
俺はドアに手を伸ばし、ゆっくりと前に押した。残念ながら誰もいないということはなく、玄関の前にはオレンジ色のアロハシャツにジーンズという季節外れな服装をした少女が立っていた。年齢は16とかそこらだろうか。全身びしょぬれで至る所が泥などで汚れており、ところどころ擦り傷もある。よく見ると服もボロボロだった。銀色のロングヘアーからは水が滴り落ちていた。
深夜に少女が一人とか家出か…? いやだとしたらなんでこんなにボロボロなんだ…
すると少女がこちらにゆっくりと近づいてきた。
俺がぽかーんとしていると彼女の手からどこからともなく黒い色をした影のような巨大な鎌が出現し、それを素早く俺の首元に持ってきた。何が起こったのか俺には意味が分からない。
「はぇ…?」
いつの間にか俺の口から馬鹿みたいな声が出ていた。手から俺の唯一の武器であるクラブが滑り落ちる。
なんだこの鎌どっから出てきた!? え、殺される? 殺されんの俺…?
どうにか生存しようと頭の中を様々な記憶が飛び交う。しかし、対処法は見つからない。体が震えてきた。
「目的は…なんだ?」
様々なことを考えているうちに自然と映画や漫画でよく聞くセリフが出てきた。
「私を助けろ。」
「……ん?」
予想外過ぎる返答で俺はさらに意味が分からなくなった。
「だから…私を助けろ。聞こえんのか?」
俺がなんて返答すればいいのか分からずに黙っていると彼女はイライラした態度で再度そう言った。
「ど、どういうことだ…?」
「だからそのままの意味だ。私を助けてくれ。具体的に言うなら飯とか飲み物をくれ。見ての通り私はボロボロだ。私を助けてくれないならお前を殺す。私は今危機的状況に陥ってるんだ。」
危機的状況に陥ってるのはどっから見ても俺のほうなんだが…
「め、飯を持ってきたら助けてくれるってことか?」
「まあそういうことだ。で、どうするんだ? 飯くれるのか? くれないのか?」
「わわわ、わかった…! 飯食わせてやるからそ、その鎌を引っ込めていただけませんでしょうか…」
俺が情けない声でそう言うと首元にあった鎌は瞬時に消滅した。
なんだこの鎌…魔法…みたいな感じか?
「よしきた! そうだジュースはあるか? できればジュースが飲みたい!」
俺の恐怖とは裏腹にこいつはなんか楽しそうだ。
「で、飯はどこだ?」
「ちょ、ちょっとそこで待ってろ! 今、持ってくるから…」
「わかった! 早くしろよ!」
俺は足早にリビングにある冷蔵庫へと向かった。
冷蔵庫を開くと中にはほとんど何も入ってなかった。
うわぁ…うち今なんにもないんだった。そうださっきジュースが飲みたいとか言ってたな…
俺の目にゲームで集中するためにネットで買ったエナジードリンクが映った。
これでいいか。
俺はエナジードリンクを手に取り冷蔵庫を閉めた。食事は買い貯めておいたカップ麺がある。しかし、これらで彼女が満足するかどうかかなり不安だ。
まさかカップ麺とエナジードリンクに命を託すことになるとは人生の中で思ってもみなかった。
エナジードリンクを持って俺は一旦玄関に戻った。
「ジュース…これでいいか?」
「おおエナジードリンクか! 一度飲んでみたいって思っていた!」
彼女の顔に笑顔ができた。どうやらエナジードリンクは気に入ってくれたみたいだ。最初の難所は乗り越えた。だが、まだカップ麺が残っている。
「め、飯だがカップ麺でいいか?」
「カップ麺! 最高だな! 深夜に食べるカップ麺ほど旨いものはないと聞いたことがある気がする! これもいつか食べてみたいと思ってたんだ!」
よかった。カップ麺もセーフだった。カップ麺はやはり正義だな。というかこいつカップ麺食ったことないのか? エナジードリンクはまだわかるけど…
「今からお湯沸かして作るからちょっとそれ飲んで待っててくれ。」
「わかった!」
俺はまた足早にリビングのキッチンへと向かった。やかんに水を入れてガスコンロの上に置き、コンロのスイッチを付け点火する。
やかんをそこに放置して床に置いてある段ボールの中から適当にシーフード味のカップ麺を取ってキッチンの空いてるスペースに置き、カップの蓋を線のところまではがした。
やかんの水が沸騰するまで暇だったのでぽけーとしていると俺の頭が少しずつ冷静になってきた。
ここからどうするのが最善手なんだ…? 警察に、電話するか…? というかそもそも彼女の正体はなんなんだ。自由に出せる巨大な鎌とか完全にファンタジー世界の話だよな。ファンタジー世界に常識は通用しない。うーんそれならやっぱ警察に電話したほうが生き残れる確率が高いんじゃ…
悩みに悩んだ末、俺は通報することにした。ズボンのポケットに手を入れスマホをそっと取り出す。そして電源ボタンを押そうとしたその時、足音が聞こえてきた。
クッソ勘づきやがったか!?
俺は急いでスマホをポケットの中に戻した。
「飯はまだか~?」
声がしたかと思うとリビングに彼女が入ってきた。
なんだ飯のことか。よかった。ってか靴……
彼女は当たり前のように泥だらけの靴のまま家に上がり込んでいた。
「め、飯なら今作ってるところだ。」
靴から視線を逸らし、やかんのほうを見ると既に水は沸騰していた。急いでやかんの取ってをつかみ、カップ麺にお湯を注ぐ。
「後三分待ってくれ。」
「はぁ…なかなか長いな。」
彼女は不満げな顔をしてそう言った。
「そうだテレビ見ていいか?」
「え、ああいいぞ。」
つくづく自由な奴だな…
彼女は座卓の上に置いてあるリモコンを取ってテレビを付けた。テレビから軽快な音楽とともに『今ならなんと8,500円!』というセリフが聞こえてきた。多分テレビショッピングだろう。
深夜二時にショッピング番組なんて一体どこの層向けだよ。需要ねぇだろマジで…
しかし、彼女のほうを見るとニッコニコで食い入るようにテレビを見つめている。
「それ面白いか…?」
「ああ! めっちゃ面白いぞ!! 薄い板に映像が流れているのは見ていて楽しい!!」
何その原始人みたいな感想…
少し経つと彼女はほかのチャンネルに変え始めた。テレビに洋画やアニメ、スポーツやバラエティーなど様々な番組が映し出される。
彼女はそのどれもに信じらないほど興味を示していた。まるで初めてテレビを見た子供のようだ。そうしているうちに三分が過ぎた。
「あ、もう三分経ったから食えるはずだ。」
「もうか! 意外とあっという間だったな!」
俺は台所から割り箸を探し出し、カップ麺とともにテーブルに持って行った。彼女はリモコンを置いて座卓の前に座った。
「いやぁ~罪な香りだ! カップ麺最高!!!」
彼女は満面の笑みでカップ麺の蓋をはがし、箸を持って食べ始めた。
「そうだ私の名前を言うのを忘れてたな! えーと私の名前は...うーん..西上だ! お前の名前は?」
「あ、ああ俺は佐藤虎太郎だ。」
「そうか長くて言いにくい名前だな! これからよろしく頼む!」
ド失礼な奴だなこいつ。全然よろしく頼みたくねぇ〜…それとなんでちょっと自分の名前悩んだんだよ。
さっきから彼女と話していると所々謎の違和感を感じる。
「いやにしてもカップ麺旨いな! 期待通りだ!」
「……」
「…なんか喋れよ。気まずいだろうが。」
「え、あ、いや…」
西上が少し不愉快そうにこっちを見た。
喋ろうにも彼女の気に障ったら怖いんだよなぁ。でもここで喋らないのもそれはそれで怖い……
「えーと…今日は土砂降りだな。」
「そうだな。だからどうした?」
「いや、うん…」
静寂が訪れた。俺は絶望した。
終わった。完全に終わった。流石に酷過ぎる。今日は土砂降りだなってなんだこの盛り上がらなさそうな話題……
「………」
「ぷ…ハハハハ! 会話下手すぎるだろお前!」
しばし沈黙が流れたのち、西上が急に笑い始めた。
ん? これ笑い飛ばしてくれた感じか…? よかったこいつ陽キャだ…!
場の空気が少しだけ和らぎ俺は安堵した。
「それにさっきから思ってたがお前絶対引きこもりだろ! この家カップ麺しかないし!」
「あ、ああ。合ってるぞ……」
「お前みたいな奴どうせ彼女とかもいないんだろうな!」
「ああ…合ってるぞ………」
「ぷっはは! やっぱそうか!」
さっきの安堵から一転、段々俺の顔色は悪くなってきた。
「そうだシャワー借りていいか? 流石に体が泥だらけはきつい!」
「え、ああいいぞ。」
「風呂の位置はどこだ?」
「この部屋を出たとこのすぐそばにある。」
「わかった! じゃあちょっと借りるぞ!」
そういうと西上は立ちあがって風呂場に向かった。カップ麺を見るといつの間にか食べ終わっている。スープもきれいに飲み干されていた。
よし、今のうちに…!
俺は携帯をポケットから取り出して電源を付け電話を開いた。そして電話を開き、番号を打つ。
まずは1、次も1,最後に0……
いや……やっぱ、やめとくか。
俺は警察に電話がつながる直前でスマホの電源を落とした。
西上は間違いなく普通の人間じゃない。俺にとっての非日常を生きている。だが…俺にはあんなうまそうにカップ麺を食べ、しょうもないことで笑うやつが悪い人間とは思えない。それにこのリビングで誰かの笑い声を聞くのがなぜだか少し嬉しかった。本当に久しぶりの出来事だ。
「マジで馬鹿だよなぁ…俺って……」
一人で俺はそう呟き、ポケットにスマホを入れた。
まあ風呂が終わったらすぐ出て行ってくれるだろう。どうせ今日だけの仲なんだ。
ふと気になることがあり首を下に落とすと西上の靴の泥がびっちりとついていた。
「………」
やっぱ通報しようかな。
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