繋ぎ人

@tume30

殺人事件と魔物の女性_1

 雲一つない晴れ間の朝、放射冷却による寒さに体を震わせる。朝の到来を噛みしめると、赤毛の少女――コリンは背伸びをした。

 コリンの顔はさえない。それもそうだろう、今コリンが着手している事件は彼女にとって初めての事件なのだから。

 十八歳になってから間もないコリンは若年ながら、三つの村からなるリッツ地区の自警団区長第二補佐を務めている。リッツ地区は国元から離れた田舎であり、法の下に取り締まる機関がなく、ここでは自警団が住民の治安を守っているのだ。

 守っているとはいってもリッツ地区は穏やかな場所であり、ここ十数年事件という事件は起きてはいない。

そう、三日前までは。

朝食を取っていると、村長の一人であるコリンの養父が思い出したように紙を取り出した。

「明日から、お前にはこの人に仕事の案内もしてもらいたいんだ」

コリンはそれに目を通すと、不満気に養父の顔を見た。

「繋ぎ人?」

「まあ、そう嫌な顔せず、ちゃんとやってよ。ようやく連絡とれて、わざわざ都会から来てくださるんだから」

 コリンは不服の感を隠さずに鼻を膨らませる。仕事をするようになってから、年齢で仕事能力を差別されないために外では堅い振る舞いとなっているが、彼女も年頃の少女なのだ。家族などの親しみ深い相手には、ついつい子供らしい反応をしてしまっている。

「まだ、魔物が関わってるとは決まってないです。繋ぎ人の力なんて、必要ありません」

 へそを曲げるコリンに、養父は手を合わせ、恵比須顔を見せる。

「な、この通り。目付け役として、まじめな子を希望してるんだよ、その繋ぎ人様は」

 まじめな子という言葉が嬉しかったのか、不満たらたらといった体は崩さずに、コリンはわずかに目尻を下げて頷いた。

 養父の満足気な声を聴きつつ、コリンは空の胃にベーグルとベーコンをたらふく入れた。

 コリンは朝食を終えるとすぐに仕事へと向かった。その際、事件現場である養豚場前の林道に寄り、固くなった血の広がる地に道すがら摘んでおいた花を添えておく。

 目的地である村はずれに位置する小さな畑を抱えた住宅につき、コリンは軒先に設置されたベルを鳴らした。家から出てきた若い男は明らかに年下であろうコリンに慇懃に挨拶すると、離れの小屋へと案内をする。

 かび臭いが小屋の中は物置ではなく、ベッドと椅子が一席だけ置いてあるのみで、せっかくのスペースを遊ばせていた。

ベッドに腰を下ろしている、鉄条で手足を拘束された女性がコリンを一瞥する。それを見て、若い男は逃げるように小屋を出て行った。

冷や汗をかきつつ、コリンは椅子に腰かける。カバンから書類を取り出し、仕事相手に努めて冷静を保った顔を向けた。

「朝早くからごめんなさい。今日も、事情聴取させてもらいます。いいですね?」

 女性は生気の感じられない青白い顔をうなずかせた。女性が動いたのに反応し、コリンはわずかに身を引いた。女性は悲しげに虚ろな目を細める。

「どうせ、私には、することがないですもの」

 一時間ほどすると、コリンは小屋から出てきた。事件からすでに三日目だが、彼女の担当する取り調べの進展はなかった。

 コリンは自警団の役所へ向かう前に、とある家に寄る。そこは小屋ほどの大きさの一軒家で、生活臭が漂っていた。

 窓を開け、木が腐らないように換気をする。この家に入ってからというもの、コリンの表情は、虚ろなものに変わっていた。

 写真たてが目に留まる。そこには、幼いコリンの姿があった。

 コリンはそれを地面になげつけると、感情のはけ口を見失ったかのような足取りで家を出た。

 自警団の役所に足を運ぶと、まぶたを重くした同僚のマークが眼鏡をあげてコリンを見る。

「なんだ、コリンか。交代の時間じゃないのか」

「マークさん、調査の方はどうなってますか?」

 マークはかぶりを振ると、ため息まじりにコーヒーを啜る。

「そっちはどうだ。あの化け物、なんか白状したか?」

 化け物。その単語を聞いた時、わずかにコリンの顔がひきつった。

「いいえ、なにも。それより、被害者の確認、もう一度していいですか? 捜査から今回は外されてますが、なにもしないままは嫌なので」

「おう、ついでに、消臭も頼むわ。俺の番するの忘れちまってた」

 コリンは奥へと進むと地面の石扉を開き、階段を下りて行く。先ほどまで迷いなく進んでいたコリンの足は、ここに来て鈍った。

 地下の開けた場所に出ると、異臭が鼻についた。コリンは鼻を袖で覆うと、部屋の中央に設けられている藁束をかぶせた鉄製のテーブルへと向かい、藁束の脇に置かれた小瓶を手にする。その中身を口に含み、膨らみを帯びた藁束に向かい吹きかける。霧状の液体を受け、異臭は少しずつ和らいでいった。

 極力臭いから意識をそらして深呼吸をすると、コリンは藁をめくった。すると、異臭の元である死体が目に映る。

 目を逸らすと、コリンは体の空気が全て抜けるのではないかというほど重たい息を吐く。運のいいことに、それには気体以外のものは混じっていなかった。

 息を整えると、コリンはもう一度死体へと目を向ける。外傷はただ一つ。死体の顔は、鼻から顎にかけて、無残につぶされていた。鈍器を使っても、一度殴っただけではここまで無残な潰れ方はしないだろう。

だが、数回暴行を加えたようには外傷から見てとれなかった。

コリンは潰れた個所に握り拳を近づける。すると、陥没した個所はそれと似通った拳大のものだった。

 コリンの脳内に、先ほどの拘束された女性の青白い顔が映る。身の毛がよだった。

 三日前、この死体は養豚場前の林道で発見された。被害者は養豚場の主人であり、発見者は被害者の妻であった。犯行の目撃者はなく、死体の周りには争った跡が残っていたことから鈍器による殺害として自警団による捜査は開始された。

そんな矢先、通報があった。家の者が犯行を行ったに違いないと。

最初はデマだと誰しも思っていた。だが、その犯人と言われた女性が魔物だと聞き、周りの反応は一変した。

魔物とは人間と同時期に誕生したと言われる異形の生物だ。人のような姿の者もいれば動物のような者もおり、その存在は人間からは害とみなされていた。

最近では種類によれば人間世界に溶け込む魔物もいるが、それでも魔物が害であるという認識は変わってはいない。見分の狭い田舎では、その考えが顕著だ。

そんな存在が村にいると聞き、ろくな証拠がないというのに、住民のほとんどはその女性を犯人として国に突き出すと言い出している。捜査の進展はなく、このままでは彼女が犯人と言うことで落ち着くだろう。

その彼女の取り調べを行っているのが、他でもないコリンなのだ。

 事件を左右する重大な仕事をコリンが任されている理由は、彼女の勤勉な態度も一因するが、彼女の養父が村長の一人だということが大きい。

 死体と状況報告書とを照らし合わせると、コリンは藁を元に戻す。いや、戻そうとした。

「ああ、ちょっと失礼。僕にも確認させてください」

 横から伸びる、自分の手に重ねられた一回り大きな手のひらの主をコリンは見やる。そこには、見たことのない顔があった。三十にさしかかろうかという見た目である、学者風の男だ。

「ちょっと、ここは関係者以外立ち入り禁止よ!」

 コリンに手を振り払われた学者風の男は、やぼったく帽子をあげて目礼した。上等な厚手の生地の服を着込んでいるが、髪の毛は後ろでだらしなく縛り、無精ひげを生やしている。紳士的な服装とは、真逆の見た目なのだ。

 腐臭がましになっているとはいえ、男は死体を前にホットドッグをさも旨そうにかじり、にんまりと笑って見せる。

 こんなうさんくさい男を遺体置き場に通すなどマークはなにをしているのかと、コリンは藁で遺体を隠すと苛立たしげに階段の方を見やった。

「なるほど、顔の下半を一打のうちにつぶされている。これなら痛みもなかっただろうなあ」

 自分から視線が外れた瞬間を狙ったように、藁をめくってまじまじと男は死体を見ている。

ぶつぶつと口にして観察を始めた男の行為をコリンが阻止しようとすると、男はコリンに見向きもせずに懐から取り出した紙を彼女の眼前に突き出す。

 その紙は重厚な羊皮紙で出来た書状であり、今朝コリンが養父から渡された紙と同じ内容が描かれてあった。

「どうも、イザドルです。イザドル・アランデル。繋ぎ人です」

「繋ぎ人!?」

 男――イザドルは胸ポケットにかけられた片眼鏡をかけると、ホットドッグを咀嚼しながら死体に鼻がつきそうなほどに顔を近づけ、舐めまわすように観察を始めた。

 コリンは唖然とその様を見守った。死体を前に肉を頬張る様にも、明日来るはずの繋ぎ人が今日いることにも驚いたが、それよりも自分が案内を担当する繋ぎ人がこんな男だということに驚愕したのだ。

(こんなのが、繋ぎ人?)

 コリンの抱いている繋ぎ人の印象は、裏で手を汚している聖職者や、お堅い権力者に近いものがあった。

繋ぎ人とは魔物に対する専門家の一つで、魔物と人間との関係を繋げ、互いの立場を重んじて両方共の平和を願う者のことである。

だが、それは概念的説明であり、繋ぎ人の実態とは、魔物に困っている人々から交渉料として高金を巻き上げたり、保護と称して魔物を奴隷や売り物にしたりしているのだ。

 魔物に対する知識が並々でないからと、そのような悪行に手を染めている者たちに、コリンはいい印象を抱いてはなかった。だが、コリンはイザドルを見て、繋ぎ人に対する別の感情を抱いていた。もちろん、いいものではない。

「あの、あなたがいらっしゃるのは明日と聞いてましたが」

「ああ、そうでしたっけ? まあ、早いに越したことはないでしょう」

 イザドルは片眼鏡をしまうと、ホットドッグの残りを全て口に入れ、藁を元に戻した。大切な書状に迷うことなくイザドルはメモを取ると、口に物を入れたままコリンに顔を向ける。

「御嬢さん、ちょっと質問を。僕の案内人を担当してくれる人、ご存じですか? さっそく調査に当たりたいのですが」

「私です」

 御嬢さんと言われ、コリンは声を尖らせた。それに気がついたのか、イザドルは笑顔のまま綺麗に頭を下げた。

「やや、気づかなかったとは申し訳ない。まさかこのような聡明そうな方がよそ者の僕の案内人を担当してくれてるとは、思ってもいなかったものでして」

「いいえ、お気になさらずに。では、ご案内致します」

 小馬鹿にされたようにも感じたが、コリンは素直に聡明という評価を喜び、先だって部屋を出た。その彼女の頭を、イザドルはすかさず撫でた。

「ありがとう、御嬢さん。これからよろしくね」

 年頃らしい顔で歯ぎしりをしつつ、コリンはイザドルの案内を始めた。

 まず、イザドルがこれから寝泊りする自警団の役所の案内。次いで、事件の報告書を見せた後、事件現場へ。そして、犯人の有力候補である、女性の小屋へ。

 イザドルはコリンの同席の上で女性に質問と軽い往診のようなことをしていたが、特に変わった様子は見られず、コリンは彼が本当に繋ぎ人なのかどうか疑わしく思った。

 小屋を出ると、コリンの案内を待たずにイザドルは家の者を呼び出した。

「彼女は確かに魔物です。明日、彼女を繋ぎ人として預りに来ますので、署名捺印をよろしくお願いします」

 イザドルはそれだけ言うと、繋ぎ人による保護に関する書類を置き、コリンの反応を他所に昼食を取りにさっさと敷地を後にした。

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