お嬢様
「
その言葉に一瞬ドキッとする。
葛籠貫スグリは学園でも最上級の美少女で、全学年を通して男女ともに人気があった。持ち前の愛嬌は多くの男を勘違いさせ、最終的に奈落の底へ突き落したというのも有名な話だ。また、イギリス人の父と日本人の母のハーフということもあり、その金髪碧眼は否が応でも人目を惹いた。
シンプルな人気だけでいうなら、鹿沼ミハルよりも断然葛籠貫スグリの方が高い。
「いやぁスグリちゃんは、相変わらず美人だなあ。目の保養、目の保養」
手で双眼鏡を作った新村が涎を垂らす。
「おいやめろよ。汚いな。そんなに好きならお前も、あの輪の中に入って来いよ」
「はっ、それはナンセンスだぜ鴫野。俺はあんなミーハーな連中とは違う。ただじっと遠くから彼女を見守るんだ。それが厳かな日本人の品というものなんだよ」
「それのどこが厳かで品があるんだよ」
涎の垂れた新村の口元が視界に入る。とうてい品があるとは思えない。
「あぁ、ほんとに可愛いな~。スグリちゃん彼氏とかいんのかな? なあ鴫野」
「俺に聞かれてもわかんねえよ。てか遠くから見守るんだったら彼氏なんてどっちでもいいだろ」
「そうだけどよ、やっぱあわよくばって思うじゃん? あんな超絶美人、アニメでも早々いねえよ。かぁー付き合いてええええ」
やっぱミーハーじゃねえかと心の中で盛大にツッコむ。
声に出さなかったのはこれ以上こいつの相手をしていては、きりがないと思ったからだ。
そして俺はもう一度、会場入り口の群衆に目を向ける。さっきは見えなかったが、今では葛籠貫スグリの姿がはっきりと確認できた。
確かに可愛いとは思うが、やはり鹿沼ミハルの方が俺にとっては一番だな。
その時だった。
葛籠貫スグリが一瞬こちらに視線を向ける。
やばっ! 焦った俺はとっさに視線をそらし俯く。
今、目があったか?
いやいやいやいやいや、それはないって。
そんな気もするが距離が遠かったこともあったし目があったという確証がもてない。
「いま、葛籠貫さんこっち見なかった?」
俺がそう言うと、キョトンとした表情で新村がこちらを向く。
「おいおい鴫野。いくらスグリちゃんが超絶美人だからってそういう妄想は流石にキシだぞ」
キシというのは新村の口癖で『きしょい』の略だ。
「お前に言われたくねえよ! 涎垂らしてたお前の方がよっぽどキシだからな‼」
「はいはい、そうですか」
俺の言葉を流すように、顔の前で手をひらひらとさせる。
なんと憎らしいやつだ。
俺は苛立ち交じりに、勢いよく席を立ちあがった。
「ちょっと行ってくる」
「ど、どこへだよ」
急に立ち上がった俺に困惑を隠せていない。
一息おき、俺はまっすぐに一点を見つめながら言った。
「葛籠貫スグリのとこ」
「ま……まじ……?」
「うっそー、お手洗いだよ」
新村を背に俺は会場出口へと向かった。
俺の嘘に腹を立てた新村の罵声を浴びながら俺は聞こえないふりを貫きトイレへと向かった。
「ねえ」
お手洗いを済ませ再び会場に戻る途中、いきなり背後から声が飛んできた。
といっても声の主は俺にはだいたい想像できていた。
そんな声には答えず、聞こえないふりをして会場へ向かう歩を早める。
「ねえっ‼」
さっきよりも声が大きくなる。
でも、聞こえません。
「聞こえてるんでしょ‼」
聞こえてないです。
「ちょっとまちなさいよ」
まちません、てか聞こえてません。
どんどん早足にしているつもりだったが、声の主はなかなか食い下がってはくれない。
「待ちなさいって言ってんでしょ‼」
その瞬間ばっと腕を掴まれた。
「お、おい!」
思わず声を出す。
「やっと返事した。ちょっと来なさいよ!」
そう言って声の主は、人影の少ない場所へと俺を強引に誘導する。
同窓会会場は目と鼻の先にまできていたというのに……。
ラスボスをミリ単位で殺し損ねた時のような悔しさが体を満たしていく。
「あぁぁぁぁ~~」
襟元を掴まれ引きずられている俺は、未練たらたらで会場入り口に両手を伸ばすことしかできなかった。
連れてこられた非常通路近くの小さな空間は、メインの廊下からは完全に死角になっていて密会をするのにはもってこいの場所になっていた。
なんでこんな場所を知っているのかやや疑問ではあったが、あえて聞くことはやめた。
なんせ目の前にいる、お嬢様が鬼の形相で
こっちを見ているんだもの。
怒り心頭といった様子で、今にも怒鳴り散らしそうですもの。
「あ……あのう~……」
恐る恐る俺が口を開こうとすると、目の前のお嬢様……いや、幼馴染の葛籠貫スグリが食い気味にそして語気を強めて言った。
「で、な・ん・で・無・視・し・た・の‼」
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