魔装鬼デュマ・デュマ 婚約破棄から始まる無双伝説
長野文三郎
第1話 婚約破棄
その
おおぜいの立会人が見守る中で戦っているのは、シリウス・ブルドランと婚約者のセティア・ホワイガーである。
「シリウス、セティアの婿になりたいというのならお前の実力をここに示すがいい!」
セティアの父ドノバル・ホワイガーが大声を張り上げる。
「セティアも手を抜いてはならぬぞ。ホワイガー家に軟弱な婿はいらん。シリウスのような
親同士が決めた婚約だった。
シリウスは東の
家格もつり合い、美男美女の組み合わせだ。
きっと似合いの夫婦になるだろうと言われていた。
ところが、結婚を半年後に控えた今になって、ドノバル・ホワイガーは突然婚約破棄を申し入れてきたのだ。
「持病を抱えた傷物の婿などいらん」
それがホワイガーの言い分だった。
三年前のとある事件が原因でシリウスは体内に魔力を巡らすことができない体になってしまった。
いわゆる
魔力を循環させることによって人外の力を得る
シリウスの両親は息子の病気を治そうとあらゆる手を尽くしてきた。
ドノバルもそれは知っていたので、これまでは協力する素振りをみせてきたのだ。
だが、どうやっても病は快方に向かわないと見定めたドノバルはついに婚約を破棄することに決め、今に至っている。
ドノバルの意思を伝えられたブルドラン家はもちろん腹を立てた。
結婚の約束はもう八年も前に交わされていたのだ。
それを今さら破棄するなどとんでもないことである。
当人であるシリウスも悔しかった。
病気にはなったが、自分は幼いころから全身全霊をかけてブルドラン流の武術を身につけてきたのだ。
これではその努力がすべて否定されたようなものじゃないか。
だいたいセティアはこの婚約破棄に同意しているのだろうか?
確認したくてセティアに何通も手紙を出したが、返事は一度も返ってきていない。
おままごとみたいな恋愛だったけど、自分たちは愛し合っていたとシリウスは思っていた。
だがそれも自分だけの思い込みだったようだ。
セティアは俺のことなんてもともと愛してはいなかったのだろう……。
シリウスは次第にそう考えるようになっていった。
ブルドラン家がさんざん抗議するとホワイガーは少しだけ妥協した。
だったらシリウスとセティアに試合をさせよう。
もしシリウスがセティアから一本でも取ることができたのなら二人の婚姻を認める、そう言ってきたのだ。
これだけのわだかまりができてしまった以上、セティアと結婚してもうまくはいかないだろうとシリウスは考えている。
だが、シリウスにも意地があった。
どうせならセティアと戦い、一本取った上で婚約破棄を了承しようと考えたのだ。
だが、そんな思惑は
実際に試合が始まると、予想以上にセティアは強く、自分の剣は遠く及ばないことがわかった。
わずか三年の間にこれほどまで差がついてしまったのかと、シリウスは
セティアの苛烈な剣をどうにか
自由に魔力を操れるセティアにシリウスが戦闘で敵うはずもない。
勝敗の行方はわかり切っていたが、シリウスは傷つこうとも、倒れようとも、そのたびに立ち上がって剣を構えた。
婚約の話はもうどうでもいい。
自分の初恋を断ち切るための一太刀がほしかったのだ。
稽古用の剣なので刃はないが、当たれば当然ながら傷を負う。
だが勝負は無情だ。
懐に入ったセティアが剣の柄でシリウスの頭側を打ち据えにきた。
さいわい防御は間に合ったが、魔力の乗ったセティアの攻撃はガードの上からでも効いてくる。
大きく弾き飛ばされたシリウスは柱に激突し、そのまま前のめりで床に倒れた。
「もう立つこともできまい……」
立会人の一人がつぶやいたが、大広間にいる全員が同じ気持ちだった。
だがシリウスは諦めていなかった。
剣を支えにして膝を起こし、戦意を失っていない目でセティアを睨みつける。
それまで無表情に戦っていたセティアの目に初めて怯えの色が浮かんだ。
震える足でシリウスは一歩前に出たが、突如試合会場に飛び込んできた母マリアが彼を抱きしめて遮った。
「それまで! もうじゅうぶんでしょう。これ以上は見ていられないわ‼」
シリウスを溺愛するマリアは美しい顔を歪めてドノバル・ホワイガーにとげとげしい態度で向き直る。
「これで満足かしら、ホワイガー殿?」
マリアの剣幕にもホワイガーはたじろがない。
全身が筋肉の鎧のようなホワイガーは面の皮も相当厚いのだ。
悪びれることもなく言い放った。
「ふん、やはりこの程度の力量ではホワイガー家の婿はつとまらんな。それが証明されたということだ。シリウスはセティアに一太刀も返せなかった。約束通り婚約は無効にしてもらおう」
「ええ、けっこうですわ。ドノバル・ホワイガー殿の申し出をお受けしましょう。シリウスとセティアの婚約は白紙とします! あなたもそれでいいわね?」
問われて夫のウンドルフも苦々しく頷いた。
シリウスは己の不甲斐なさに俯いた。
まったくもって情けない。
婿として認められないこと、セティアに一太刀も返せぬばかりか、母親に試合まで止められてしまったのだ。
自尊心はズタズタである。
これでは母のスカートの陰に隠れる子どもと同じではないか。
十八歳の男子の姿ではない。
これ以上セティアの前にいることに何の意味があるだろうか?
よろよろと通路を歩くシリウスの背中にドノバル・ホワイガーのだみ声が突き刺さった。
「かつては三百年に一度の天才などともてはやされていたが、セティアもとんだ貧乏くじを引いたものだ!」
それもこれもセティアのせいじゃないかっ!
シリウスは叫びたかったが、そんなことをしたところで恥の上塗りだ。
振り返ることもなくシリウスは大広間から出て行った。
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