第16話 VS平成の三四郎

 2020年10月24日土曜日。

 福岡県古賀市古賀駅から歩いて数分の川沿い。

 博多駅地下での特訓を終えた2人は、そのままの足で、古賀が運営する道場へと足を運んでいる途中で合った。

 バリューの件もあり、動画配信者などの格好の餌食になっている青桐あおぎり草凪くさなぎは、向かい来る雑兵の群れを柔道で蹴散らしながら、一歩一歩目的の場所へと向かっていく。


こんばんはちぃぃぃすっ!! 本日のタイトルは……『有名選手に凸ってみたっ!!』 視聴者リスナーのみんな、よろ……」


一本負けくたばれやぁ"ぁ"ぁ"!!」


「ぎゃぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!?」


「おう乞食ていへん配信者ぁ……取れ高2秒ぐらいですまねぇな? 尺稼ぎにあと100回ぐらいぶん投げてやろうかぁ? あ"ぁ"!?」


「ひ、ひぃぃ!! さ、謝罪さっせんっしたぁぁぁ!!」


「はぁ……はぁ……!! あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!! んで町を歩くたびに乱取りしあいを挑まれなきゃいけねぇんだよ!? 俺は暇じゃねぇんだよ糞がぁ"ぁ"ぁ"!!」


「龍夜ぁっ!! 口っ!! テメェ古賀さんの前でもその話し方すんなよな!? 本気マジでさぁ!?」


 日も暮れた古賀の町に木霊する雄叫び。

 役所近くの大根川に沿った通りを進む彼らは、乱取りでウォーミングアップのように体を動かし、街の中にひっそりと佇む年季の入った道場に到着していた。

 大々的には道場の存在を知らせていない為、噂だけで探し当てる必要があるこの場所。

 青桐も中学生の時によく探し回ったのが、あまりにデマ情報が多いので、泣く泣く諦めていた。

 そんな秘境のような道場を、草凪の案内により、すんなりと見つけ出すことが出来たのだった。


「はぁ……はぁ……やっと着いた。しっかし、こんな場所にあったのか……隼人はやと、よく見つけたな」


「殆ど人づてに聞いた情報ネタだけどな。結構苦労したんだぜ? んじゃ行くぞ」


 木造の扉を横に引くと、い草の香りが体を覆う。

 既に稽古を行っていた実業団選手に始まり、老若男女、上は80歳から下は5歳程の人間が、道着を纏い相手に技を掛け合っている。

 入口付近で指導していた師範と思わしき人間。

 道場に入って来た青桐と草凪に気が付くと、静かに言葉を発していく。


「……来たか」


おつかれさまです、古賀こがさん。コイツが前に言っていた青桐あおぎりってやつです」


「初めまして」


「初めまして。君が青龍の青桐龍夜あおぎりりゅうやか……隼人から聞いているよ」


感謝あざっす……? おい、隼人、お前何話したんだよ……」


「えぇ? さぁ~」


「じゃあ、早速始めようか」


「……え?」


 青桐に背を向けて試合会場へと歩いて行く古賀。

 これから始まることに薄っすら察しがついた青桐。

 ニヤニヤしながらコチラを見てくる草凪に、青桐は顔を引きつらせながら答えを聞いていく。


「俺、今から古賀さんと柔道しあいするのか……?」


「正解ですよっと。んじゃ頑張きばれよ~」


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 練習していた門下生達は練習を一旦止め、試合会場を囲うようにして畳に座っている。

 黒帯をギュッと締め、軽いウォーミングアップを行った青桐。

 正方形の場内へ足を進めると、瞳を閉じ集中している古賀と相対する。


(隼人の野郎……やりやがった……!! 今から古賀さんと柔道しあい? かつて現役最強てっぺんって呼ばれたあの人と……? はっは……うっそだろ)


「準備はいいかい?」


「ええ、準備万端おねがいしゃす


「……審判」


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 高校生ランク21位「青桐龍夜あおぎりりゅうや

       VS

 社会人(プロ)ランク元1位「古賀和彦こがかずひこ

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了解ぎょいッ!! 開始はじめッ!!」


 静かな威圧感に圧倒される審判は、気圧されながらも試合を始める。

 真っ向から組合にいく青桐。

 特に激しい組手争いを行うこともなく、相四つの状態になる両者。

 古賀は青桐の出方を窺っているようだ。


「……」


(古賀さん、わざと組んだな? 俺の実力うで測るためすために……上等だ……!!)


 横襟を掴んだ右手を絞り、右腕の側面を相手の体に押し付ける青桐。

 古賀を押し込みスペースを作り出すと、投げ技に繋げるための一歩目を踏み出す。


(小内刈……りっ!?)


 古賀の右足の内側を刈り取りにかかる青桐。

 鋭い刀を振るう若武者の太刀筋を、狙われた足を一歩引くことで躱す古賀。

 燕が宙を折り返すように、刈り取ろうとした足を逆に刈り取っていく道場の師範。

 燕返し―――

 青桐の攻めを一手で切り返した古賀。

 足を滑らせるように倒れる青桐に審判は一本負けを告げる。


「うげぇ!!」


「ふぅー……まだやるかい?」


「……渇望おねがいしゃす


 畳に背を付ける青桐を右手で引き起こす古賀。

 再度所定の位置まで移動すると、試合を続行していく。


「こい」


「……っ!!」


普通の技こうどうかんのわざじゃ無理か……? なら……!!)


 まだ未完成で気力の消耗が激しいNo.80静謐せいひつの構え。

 清水を纏った青桐。

 小波を激浪へと変貌させるため、矢継ぎ早に攻撃を仕掛けていく。


「……絶海ぜっかいか」


「う"ら"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


 質量の重い水を纏った右足を大きく後ろに振りかぶる青桐。

 振り子のように加速させた足から放たれる大内刈りにより、古賀の左足の内側を刈りにいく。

 重心を落とし受け止めに行く古賀。

 深く踏み込んだ足払いを途中で止められた青桐は、その右足を支点に、すぐさま次の技に切り替えていく。

 シャボン玉のような泡で目の前の強者を包み込む青髪の青年。

 左足を古賀の右脛へと磁石のように引っ付けると、そのまま両手は左にハンドルを切るように回していく。

 No.32泡包あわづつみ―――

 右へ左へ繰り出す足技を浴びせ続ける。

 その連げ……


「……未熟まだまだだな」


「んなっ!?」


 特に柔皇の技を使用した形跡は見受けられない。

 両手でそれぞれ握りしめている横襟と中袖の位置調整、両足の把持力と僅かな重心移動。

 それらの僅かな動作だけで、青桐の猛攻を軽々受け止めていく古賀。

 あしらわれた青龍は、攻撃の手を緩めることなく、自分が使える技を立て続けに繰り出していく。

 八雲刈やくもがり、露払つゆばらい、叢雨返むらさめがえし、滝落たきおとし、双牙そうが……

 どれだけ連撃を叩きこんでも、目の前の男は、岩壁のように荒れ狂う激流を弾き返していく。


「……っ!! う"ぉ"ぉ"ぉ"ぉ"!!」


 月明かりが照らす水平線の世界。

 組み合う青桐は、荒れ狂う波と共に背負い投げを繰り出そうとする。

 右足を軸に体を180度反時計回りに回転させ投げ飛ば―――


「……俺を投げ飛ばせるのかい? その小波ナマクラで」


「っ!?」


 右肘を青桐の顔の前まで差し出すと、後方にエルボーするような動きで、青桐が掴んでいた左手を切る古賀。

 左手で青桐の右手の中袖を握っている古賀は、彼の代名詞である一本背負いを繰り出す。

 青桐の投げ技とは比べ物にならないくらい洗練された動き。

 重力から解放されたかのように、澱みなき足さばきで体を反時計周りに回転させると、背中で担ぎ、青桐の背中を強く畳へと叩きつけていく。


「や"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」


「一本ッ!!」


 今日何度目かの一本負け。

 リヴォルツィオーネと同じように、まるで勝てる気がしない相手。

 敗北するたびに苦渋に満ちた表情ばかりを浮かべていた青桐。

 だが今回は今までと少し違う。

 憧れの人物が相手だからだろうか。

 抱え込んでいた悩みも重圧も忘れて、ただひたすら柔道をすることに没頭している青桐。

 そんな彼の表情は―――


(ん……彼……笑っている? これはまさか……)


 生まれ持った龍の属性を持つ若者達。

 そんな彼らにだけ使える技がある。

 柔皇の中でも、特に習得するのが難しいとされているその技は―――


「……謝罪さっせん、古賀さん。試合ラスト良いっすか?」


 No.99青龍せいりゅう呼応こおう

 人龍一体となりし技―――

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