第15話 深淵に潜む金の亡者

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柔道はただの金儲けの道具に過ぎない―――

この世の理から逸脱していた人間が相手だとしても―――

君は柔道が楽しいか?

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 九条大助くじょうだいすけと名乗る刑事から、血も凍る言葉を告げられた。

 数か月前に起こった悲劇。

 目の前の人物の言葉を信じるなら、その悲劇は仕組まれていたと言われているに等しい。

 情報を処理しきれない青桐あおぎりは、体が動くことを拒んでいる。

 やっとのことで絞り出した言葉は酷く震えており、その所々に怒りを含んでいた。


「……誰がやったんすか」


「まだ確実に特定できていない。目撃情報もあることにはあるのだが……捜索中あらいだしちゅう故に多くは語れん」


「……」


「来年のインターハイはリヴォルツィオーネのこともあって、嫌でも注目される大会になる。そこで優れたトップクラスの成績を残すため、悪事あくに手を染める大人チンピラ達が例年以上に多い。君達も気を付けることだ」


「……理解わかりました」


「それとだ……リヴォルツィオーネの工作員らしき人間には気を付けろ。やつらが起こしたであろう事件ヤマが日に日に増えている。俺が追っている人間、審判寺四郎しんぱんじしろうとも、深く関わりがあるそうでな。福岡では誘拐らちが多発している……用心することだ」


 九条は警告ともとれる言葉を青桐達に伝えると、彼らに背を向け街の中へと溶け込んでいく。

 沈黙のままその場で立ち尽くす4人。

 先に口を開いた青桐の言葉で、やっと彼らの足は前に進んで行く。


「……帰ろうぜ、みんな」


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 2020年10月23日金曜日。

 蒼海大学付属高等学院は文化祭の期間中であり、各クラス催し物が行われていた。

 色とりどりの装飾がなされている空間で、青桐はただ1人、賑やかな世界をフラフラと徘徊しているのだった。

 柔道研究部の仲間と共に研究成果を発表している伊集院いじゅういん、実家が大工なこともあって木工作業を率先して行っている石山いしやま、屋台を開く木場きば、執事カフェの手伝いを行っている花染はなぞめ……

 部員達がそれぞれ充実した時間を過ごしている中、青桐の表情からは笑みが消えている。


「……石山に休憩サボって良いって言われたけど……また気ぃ遣わせちまったか? ……なんでだ……?」


「そりゃ~死にそうな顔しけたツラだからだよ」


隼人はやと!? お前っ急に現れんなよ……なんだ、買い出しか?」


「いいや休息サボりだぜ!!」


「お前……」


「そんなゴミを見るような目を……女子生徒アマに絡まれすぎて疲れてんだよ」


「そっすか……」


「……お前、九条刑事デカに言われたこと、まだ引きずってんのか? ……鈴音すずねのことも」


「……流石に分るか」


「バレバレだぞ。他の連中はお前に気ぃ遣って言わねぇようにしてるみてぇだが……いい加減切り替えた方が良いんじゃねぇか? 龍夜りゅうや、鈴音にも言われてなかったか? 気持ちの切り替えが下手だって」


「そうだなぁ……もう3か月近くなるし、いい加減切り替えねぇとな……けどさ」


「あん?」


「鈴音がいない日常に慣れたくねぇんだよ。アイツが居ない日常を、当たり前にしたくない」


「……鈴音、まだ目が覚めないんだよな」


「……ああ、そうだな」


「なあ、龍夜……お前、明日暇か?」


「練習終わりなら」


良いイカした場所に連れて行ってやるぜ。その死んだ顔しけたツラが、ちょとはマシになる場所にな」


「……? ……っ!? おい隼人」


「ん、なんだよそんなに教えて欲しいのか?」


「ちげぇよ、アレは何だ?」


 かつての旧友と話をしながら歩いていた青桐。

 校内を出て中庭辺りに差し掛かった際、ベンチに座って周囲をしきりに見渡す1人の人物を目撃する。

 黒いグラサンをかけており、髪はスキンヘッドの成人男性。

 明らかに学園際を目的に来たとは思えない人物が、ベンチから腰を上げると、何処かへと早足で歩いて行く。


「龍夜、アイツ知り合い?」


「あんなハゲ知り合いなわけないだろ……九条刑事デカが言っていたこと、覚えてるか? リヴォルツィオーネの工作員には気を付けろって」


「……アイツが?」


「分かんねぇし勘違いの可能性もあるけど……後を付けてみないか?」


「へへっ!! いいねぇ尾行か。興奮ワクワクしてきたぜ」


 正体不明の人間を目撃した2人は、気づかれないように尾行を開始する。

 怪しい行動が確認出来次第、すぐさま警備員へと連絡することを誓う2人。

 人で溢れ返っているのを利用して、姿を集団の中に潜ませながら、スキンヘッドの男を追っていく。

 校内の駐車場まで移動した青桐と草凪。

 車両の影に身を潜め、駐車場の隅で連絡を行う男の会話の内容を盗聴していく。


「……ああ、こっちは順調だ。偵察については問題ない」


「偵察ねぇ……龍夜、もうちょっとそっち行ってくれ」


「無理、我慢しろ」


「……1月1日に柔県やわらけんで……ああ、それまでにやることはやっておかないとな。東京湾で……」


「!! 柔県って言ったな」


「確かリヴォルツィオーネの本拠地アジトみたいなもんだろ? テレビで見たぞ。んじゃ~あのハゲはやっぱ……」


「リヴォルツィオーネの工作員の可能性が高いな……!!」


「お、おい馬鹿!!」


「んだよ、止めんなよ……!!」


「相手は何やって来るか分かんねぇんだぞ? 警備員ポリに報告して……」


「おいお前ら何をしている」


 スキンヘッドの男へ特攻を仕掛けようとした青桐を羽交い絞めにする草凪。

 落ち着くように説得するも、物音に勘付いたスキンヘッドの男が、青桐達の目の前に立ちふさがる。


「……ここで何をしている」


「柔道の練習っすね!! 寝技が苦手でレクチャーして貰っていたんですよ!! はっはっは……」


「……」


「青桐、そのまま俺に体を預けとけよ」


「……は?」


「走るぜ、No.6……飛雷脚ひらいきゃくっ!!」


 誤魔化しが効かないと判断した草凪は、雷を両足に纏うと、雷音を轟かせその場を後にする。

 青桐を羽交い絞めしたままにも関わらず、その足並みは豹にも勝っている。

 後方から制止するように怒声を浴びせられるも、草凪の足が止まることは無い。


「あ"ぁ"ぁ"ぁ"!! 龍夜君、なんですぐに特攻かまそうとしたんだい!? 約束ちぎりは!?」


「……悪い、頭に血ぃ上った」

 

 校内の職員室前まで飛んで走って行った草凪。

 肩で息をし嗚咽している彼は、目的の場所へ到着すると、そのまま冷たい廊下へとぶっ倒れていく。

 青桐は草凪のことは一先ず放っておき、職員室内の先生に事情を伝え、警備の人間に連携するようにお願いする。

 一通りの対応が終わった彼は、廊下で死にかけの虫ように息をしている草凪に事後報告を行う。

 

「ぜぇー……ヒュー……!! ゴホゴホおえぇっぇぇぇ」


先生センコー達には伝えておいたから一先ず安心だな。直ぐに警備ポリの人間にも伝えるってさ」


「おえぇ"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"!! おえぇ"ぇ"ぇ"ぇ"!!」


「アイツらが九条刑事デカが言ってた奴らか……こりゃ本気ガチで信じるしかなくなってきたな……」


「ゲホゲホっ!! おげぇぇぇ!!」


「……おい、まだ息が整わねぇのか? 相変わらず体力が……」


「お前を担いで走ったんだぞ!? 無茶言うなよ……あぁ~明日お前を連れて行くの辞めよっかなぁー……」


「その連れて行く場所ってどこなんだよ……随分勿体ぶるなぁ?」


「そりゃそうだろ……お前が尊敬リスペクトする人の道場だからな」


「あん?」


古賀和彦こがかずひこさんの道場だよ」


「……現実マジで? あの秘境のっ!?」


「おうよ。いや~見つけ出すのに苦労したぜ。なんて言ったって……」


「あのっ!! 青桐さんですよねっ!?」


 青桐と草凪のもとへ駆け寄って来た一人の女性。

 彼女は青桐を見つけると、下心丸出しの表情で握手し始めた。


「龍夜、誰この人」


「俺が知るかよ……あの、誰ですかアナタ」


「あ、私ですね、青桐さんのバリューを買ったものです!! 青桐さんのバリューなら、今後凄いパない勢いで上がっていくと思って……思わず買っちゃいましたっ!!」


「……? 話が見えてこねぇ……」


「お、青桐じゃん!! 本物マジモンカッコいいマブイじゃん!! 昨日俺、買ったんだぜ!! 頑張って試合に勝ってくれよ!!」


「青桐さん!!」


「青桐君!!」


「青桐……」


 青桐と草凪に近づいて来た成人女性。

 青桐のファンのようだが、彼女は聞いたことの無いワードを発している。

 顔を見合わせる2人。

 そんなことをしているうちに、続々とファンの人間が近づいて来た。

 異常な人数が集まりつつある校内の一角。

 もみくちゃにされそうになっていると、集団を強引に搔き分けて来た2人の人物によって、青桐と草凪の身柄は確保される。


「お、おい誰だお前っ!! ……あ」


「お~う、随分後輩に横槍ちゃちゃいれてんじゃねぇか。あぁ?」


「風の知らせを受けて来てみれば……要件なら俺達が聞こう」


 青桐の先輩である花染と木場。

 ファンを歓迎するにしては殺気立っている2人に、怖気づく目前の人々。

 熱狂から覚めた彼らは、そそくさとその場を後にしていく。


「ふー……おう2人共っ!! 危険やばかったな、怪我はねぇか!?」


「ええ。けど……アレなんすか?」


「俺達も分からん。やたら青桐のことを聞いて来る人間がいたのでな。風に導かれるままここに来たら、お前達が絡まれていたってわけだ」


「そうなんすか」


「9割9分9厘、俺達も同じだ」


「石山に伊集院……?」


「だ、大丈夫? みんな無事やった?」


「先輩方の疑問は、これで9割9分9厘解決できます。このスマホの動画を見て下さい」


 伊集院がポケットから取り出した愛用のスマホ。

 そこには動画投稿サイトで流れる広告動画が、再生されているのであった。


『アナタに富をっ!! 財前ざいぜんネットワークは、バリューを発行しておりますっ!! 手数料は無料タダ、是非とも口座の開設をお願い致しますっ!!』


「バリュー? ……伊集院、バリューってなんだ?」


「ざっくり言うなら株みたいなものだ。株が企業の価値を示す物なら、バリューは人の価値を示すものになる」


「人の価値?」


「その人間に価値があると思えば、買う人間が増えて値段が上がる……逆もまたしかり。財前ざいぜんは城南の理事長だ。これも一種の妨害活動こうさくとみていいだろう。9割9分9厘な」


現実マジかよ……」


「青桐、お前は特に気を付けた方がいい。ざっと調べてみたところ、お前のバリューが一番高値がついている。高校生ランクに比例しているのか? ……これからは迂闊に負けられんぞ。高校生ランクが落ちようものなら、バリューの値段も下がるだろうからな。購入者の不満が一気に襲い掛かる」


「おいおい糞迷惑すぎんじゃねぇか!? どうする? 警察ポリに相談するか?」


「9割9分9厘無駄だ。賞金首ならまだしも、今回のバリューはあくまで値段を付けただけ。警察ポリに事情聴取されても、値段を付けただけで、危害を加える気は無かったと言い訳されるのがオチだろ」


「ちっ!! 面倒ウザくなってきやがったな……」

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