第13話 再会

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いまだ見えぬ背中を追い続け―――

もがき苦しむことになったとしても―――

君は柔道が楽しいか?

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 柔祭りが開催される先刻、蒼海大学付属高等学院の部室では、休日にも関わらずマネージャー達が集まり、事務作業を黙々と行っていた。

 リーダーである花染葵はなぞめあおいを中心に、今後の活動資金に関する資料を作成したりしている。

 

「カナちゃん、資料の進展はどう?」


「はいっ!! 完全遂行バッチグ―であります、葵さん!!」


「そう、ありがとうね。カーネーションも、感謝の言葉を伝えているわ……あら? 誰かしらアレ」


 辺りに深い闇が漂い始めた時間に、誰か見知らぬ人間が道場を訪ねてきている。

 誰か人を探しているのだろうか。

 気を利かせた五十嵐いがらしカナが、謎の訪問者の元へと向かって行く。


「すみません、何か御用でしょうか?」


「え? あー……ちょっと人探しというか、流石にこんな夜分にはいないですよね……へへっ」


「人? その人のお名前は?」


「えっと……青桐龍夜あおぎりりゅうやってやつなんすけど……」


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 柔祭りがお開きとなり、景品の商品券を受け取った青桐あおぎり

 城南の留学生選手達4人と連絡先を交換し、木場きば花染はなぞめに簡単な挨拶をしていく。


「今日は感謝あざした。俺ちょっとそこのコンビニエンス道場で練習してくるっす」


「あぁ? ……青桐あおぎり、オメェちょっと頑張きばり過ぎじゃねぇか? 5連戦だぜ5連戦。ちった~休んだ方良いんじゃねぇか?」


「それはそうなんすけど……血が騒いだままっつ~か」


「暴風は治まらんか……明日の練習には遅れるなよ」


理解わかりました。おつかれさまです、木場先輩、花染先輩」


「おう!! 気ぃ~つけてな!!」


「良い風が吹くことを祈っているぞ」


 青桐の疲れ切った背中が見えなくなるまで見送った木場と花染。

 彼らの脳裏には、今から数か月前に起こった出来事が、鮮明に呼び覚まされていたのだった。

 青桐のことを気にかけて欲しいと相談された、あの日の事を……


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「木場先輩、花染先輩、ちょっと良いですか?」


「ん? ど~したんだ夏川なつかわちゃん、青桐絡みかぁ?」


「風に相談でもしに来たのか?」


「あ、やっぱり理解わかりますよね~……いや、そんなに本気ガチの話じゃないんですけどね……アイツ、真っ当な社会生活が送れるかどうかの怪しいラインの奴じゃないですか」


「そ~だなぁ……目を離すと危なっかしいつ~か」


「風の如く動きが読めんからな」


「そうなんですよ……一応ワタシが見てるんですけどね? マネージャーの仕事が忙しい時だと、アレの世話が出来ないんですよ。なんで、普段から気にかけて貰えるとありがたいなぁ~って感じの相談なんです」


「くっくっく……アイツの彼女も大変だなぁ!? 結婚まりった後が思いやられるぜっ!!」


「春風のように微笑ましい限りだよ」


「い、いやいやいや……まだ結婚マリるの考えるのは早いですよっ!! 先輩、それじゃ失礼しますね。あの馬鹿のこと、よろしくお願いしますっ!!」


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「……行っちまったな。どうする? 俺達もどっかで柔道るか?」


「こっちはそのつもりだ」


「おうよ。んじゃとっとと糞親父の仕事、終わらせてくるわ」


「ああ……」


「ん? どした?」

 

「いや……風が妙に騒いでいると思ってな」


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こんばんはウィ~スいらっしゃいませぇ~らっしゃっせ~


 木場、花染と別れた青桐。

 24時間営業のコンビニエンス道場へ向かうと、入口の支払機にカードをかざし、施設内へと入場していく。

 一通りのトレーニング機材が揃った、ジムと道場の複合施設。

 時間が遅いため、現在は店員1人しか建物内にいないが、夕方ぐらいの時間なら仕事帰りのサラリーマンなどが汗を流したりしている。

 

(ん? ……こんな夜分に誰かいるな……大人チンピラ? 絡まれると面倒ウザいから、話しかけべしゃらないようにしよっと)


 荷物をロッカー内に仕舞うと、空いているトレーニング機材に腰を下ろす青桐。

 先ほどの試合の反省会をしながら、トレーニングの準備にかかる。


(技ありを取られたのは痛かったな……腰を切るのが遅れたし、相手の動きを予測しねぇとな……)


「あっ」


 反省会に夢中で手元が不注意になっていた青桐。

 重しを落としてしまい、室内に大きな落下音が鳴る。

 離れた場所でトレーニングをしていた先客は、その音に反応し、小さな驚嘆の声を上げる。


「さ、謝罪さっせん。ご迷惑おかけしました」


「あ~いいっすよ、俺、気にしていないんで……あ?」


「……ん? ……お前」


 先客の顔に見覚えのある青桐。

 どうもそれは向こうも同じなようで、互いに時間が止まったかのようにその場で固まってしまう。

 深紅の天然パーマ―をした男。

 東京で開かれた新人戦で、青桐に屈辱的な敗北を与えた男の名は―――


「お前、烏川うかわ……? リヴォルツィオーネの」


「あぁ!? やっぱ青桐じゃん!? 何でこんな所にいんだよっ!?」


「いや、俺、福岡に住んでるし……それ言ったら、お前この県じゃないだろ。えぇーと……何県だっけ?」


柔県やわらけんだよっ!! お前、あんなに存在感インパクト絶大だったのに何で覚えてねぇんだよっ!? 俺らを無礼ナメてんのっ!? あ"ぁ"ん!?」


「お前相手にけたことに比べればなぁ……」


「え、そうなの? そんなに屈辱メシマズだった? いや、え、それならいいんだけどさ~はっはっは~」


「……」


(コイツ鬱陶しいウザいなぁ……俺はこんな奴にけたのか……)


 表情がころころ変わり、挙句の果てには調子に乗り始めた烏川に青筋を立てる青桐。

 このまま放置しておくと一生調子に乗っていそうだったので、青桐は話題を変えようとする。

 その時、青桐の脳にぼんやりとある考えが浮かんできた。 


「……」


「はっはっは~は……おいなんだよ、俺の顔をじっと見てさ……」


「おい、烏川」


「んだよ」


「今から柔道しあいしねぇか」


「…………はっ? 何で!?」


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 道場内で急遽野良試合を行うことになった烏川。

 青桐に抗議の怒号を浴びせるも、彼が適当に見繕った言葉に気を良くしたようで、しぶしぶながら戦うことを許可したのだった。

 道着に着替え、神前に礼をする両者。

 セットしたタイマーの音が鳴ると、両者組合にかかる。


「しゃぁぁぁ!!」


「へっへっへ~……こいっ!!」


 試合を承諾した烏川の胸中はかなり楽観的であり、他の仲間を待たせているが、瞬殺で終わらせれば問題ないだろうと考えていた。


(さぁ~て……蠅野はえの先輩や東雲しののめ先輩が待ってるし、速攻ちゃっちゃと終わらせようかねぇ~……)


「……お?」


「オラァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!」


(……前言撤回てのひらがえしかな、こりゃ~)


 青桐と相四つの状態で組み合った烏川。

 1か月前と同じように、投げ飛ばすのに時間はかからないだろうと高をくくっていた。

 だが、ガッツリと目の前の男と組み合うことで、その考えは撤回することになる。


「う"ら"ぁ"ぁ"!!」


 雄叫びを上げる青桐。

 以前の彼の組手は、綿でも掴んでいるようかのに抵抗する力が弱かった。

 だが今の彼は、両腕から溢れんばかりの力で烏川の体を揺さぶりにかかっている。

 ジョブのように右足で刈り取る素振りを見せ、相手に足技を警戒させる青桐。

 右足を烏川の左足の外側へと踏み込むと、左足は烏川の右足の脛へと持っていき、両腕はハンドルを左にきるように回しながら行う足払い。

 支えつり込み足を繰り出し、烏川の体制を崩しにかかる青桐。


「へへ……ちょろいぜぇ!!」


 腰を落とすと、両腕の腕力のみで青桐の体の動きを止めた烏川。

 限界まで力を込めたかと思うと、一瞬で脱力し、押し返そうと踏ん張っていた青桐を前のめりに崩す。

 途端に烏川の背後に現れる灼熱の太陽。

 それは輝きを増していくと、烏川の姿がゆらゆらと揺れて炎に包まれていく。

 同時に燃え上がる地上の熱が青桐へと襲いかかり、熱波によって両手が道着から外れ、弾き飛ばされてしまう。

 がら空きになった胴体へと潜り込むと、青桐の右足を烏川の右足が払い刈り取っていく。

 小内刈りの強化技。

 No.45―――


陽炎刈かげろうがりぃ"ぃ"!!」


「っ!!」


 足を刈り取られ後方へと押し倒された青桐。

 以前より遥かに粘ることが出来たが、依然として実力の差には開きがあるようだ。

 今の自分が、どの程度烏川に通用するのか。

 実力差を図る試合だったが、結果は依然として惨敗。

 悔しさを滲ませる青桐は、畳から上体を起こすと、無言で烏川を睨みつけている。


「んだよ、まだまだやる気モチベあんじゃん……しゃぁねぇなぁ……んじゃ、いっちょ畏怖ガジらせちゃおうかねぇ!!」


 烏川の纏う空気が変わる

 大気は熱を帯び、地面には地獄のような業火が広がっていく。

 彼がやろうとしていることは不明だが、その勢いは、世界そのものを作り替えようとしているようだった。

 

「まだ未完成イマイチだけどよぉ……特別サービスだっ!! No.10……」


「烏川!! ココ二居タ!! パなク探シタ!!」


「ん? ……げぇ!? 蠅野先輩!?」


「モウ時間、過ギテル。早ク帰ル!!」


「うえぇ~現実マジっすか……いいところなのにぃ~!!」


 駄々をこねる烏川を引きずるようにして連れ去っていく、金髪巨漢の男である蠅野。

 畳に背中をつけるように倒れ込む青桐は。緊張の糸がぶつりと途切れる。

 結局、烏川が最後に繰り出そうとしていた技は、分らず終いとなってしまった。


「はっ……はっ……はぁー……まだ惨敗ムズイか。1か月じゃ足りねぇわな、そりゃぁ……」


「そりゃそーだろ。1か月でそんなえぐくなったら、誰でもプロに行けるわ」


「そうだよなぁ……あっ!? お前、誰だ!?」


「おいおい……久々に会うからってツラまで忘れたのかよ……蒼海の道場からここまで爆走とんで来たのによ……」


 烏川達と入れ替わりで道場へとやって来た人間。

 あまりに馴れ馴れしい話しぶりに、一瞬誰だと戸惑ったが、入口で呆れ返っている青年の顔を見ると、かつての記憶が蘇った。

 小学生の頃を共に過ごした幼馴染の1人。

 菜の花色の髪をホストのようにこじゃれた形で整えている男性。


「お前……隼人はやとか?」


「へへっ……ご無沙汰おひさ~龍夜!!」

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