花屋(1)



ダリヤの手を掴み、駆け出したフルカンにマルコがどんな顔をしていたか確認する暇などなかったかもしれない。


「もし、上手くいっているならいいけど・・・」


ダリヤがそれ以上先を言うことはなかった。フルカンが香りを頼りに扉を開けたのなら香水の瓶が割れて、香りができるだけ遠くまで広がることが重要だった。ダリヤが救われたのはその香りがフルカンに届いたことであっとしても、この部分がダリヤだけでなく、ウムトにも引っ掛かっていた。


ブシュラはもう一度その香水を作ってくれないだろうか?これから先もダリヤが窮地に追い込まれたとき、その香りが力を与え、救ってくれるんじゃないかと淡い期待がダリヤの胸の中で渦巻いていた。


紛れもなくダリヤを救ってくれたのはその香りだった。


「フルカンもダリヤがそこまで勇敢だとは思っていなかったと、驚いていました。長い付き合いになるのにまだ知らない一面があるとは思いもしなかったみたいです」


フルカンからボイスレコーダーを盗み、一人でマルコのところに行くことが無鉄砲な行動であっても、それ以外に解決策は浮かばず、可能性が限りなくゼロに近いことはダリヤも理解していた。


もし香水の瓶を鞄に入れていなければ、あの場所でマルコに撃たれ、二度と起き上がることはなかったかもしれない。その香りがマルコに奪われた声と力を与えてくれた。


香りは人に何かしらの影響を与えるものだとしても、ダリヤの身に起きたことはそう簡単に信じられるものではなかった。あの時感じた不思議な感覚を今でも覚えていた。ウムトはそろそろ帰ることを伝え、玄関に向かった。


「ちょっと待って、渡したいものがあるから」


玄関で待つウムトに渡されたのは白い三つの封筒だった。


「これは?」

「手紙よ、あなたが預かって。そこには知りたかったことが書かれているはずよ」


ダリヤの言葉だけでなく、手にした瞬間に既視感があった。ウムトはその封筒を前回と同じように大切に鞄にしまった。


「それからやっぱりこれもあなたが持ってて、フルカンはあなたに渡したかったのよ」


二つのボイスレコーダーも受け取ったが、もう価値があるものではなかったのかもしれない。


「ウムト、あなたには感謝してもしきれない気がする」

「どういう意味ですか?」

「気にしないで、いつでもまたここに遊びに来てってことよ」


微笑むダリヤの表情に深い意味はなく、純粋に助けられたことに感謝しているのだと考えることにしたが、ウムトはまだ知らなかった。そう遠くはない日にダリヤはエジプトに戻るつもりだった。一週間後に渡さなければならないアパートの契約書にサインするつもりはなかった。


「それじゃ、また来ますね」


そう言いながら扉を閉めて外に出ると、あらゆる方向から風が吹き、ウムトのことを包み込んでいた。風がこれからもウムトを守ってくれるのだろうか?


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