cheers
@azume_ryo
Cheers
「カンパーイ」
距離を伺いながらグラスをぶつける。
「飲まないの?」
「僕はいいの、まだ未成年だもん」
「誕生日来週でしょ? みんな飲んでるし、私の家じゃん」
「僕はみんなじゃないもん」
うらやましいな、内心つぶやいてしまう
「たまには乾杯したいのになぁー」
ワタちゃんは私の軽口をあしらいながらてきぱきとテーブルにお菓子を並べている。
「で、何があったの?」
バレバレだなぁ
「この前話してた男いたじゃん。フラれちゃってさ、まぁ暇だから付き合ってあげてただけだし、別にいいんだけどね。」
嘘だ。いつも取り繕う言葉ばっかりスラスラ出てくる。
学生だから、子供だと思われたくなくて買ったマーガレットハウエルなロングコート。
本当はもっとカジュアルなものが欲しかったけど、それは彼と会う時には着ていけない。
重厚な扉は店内を外界から隔絶させているみたいだった。
扉の内側は居心地がよく、まるで怪獣のおなかの中のようだった
「何にされますか」
「ワイルドターキー、ロックで」
「同じもので」
彼の隣にいると、いつも私がわからなくなる。
服も、髪型も、アクセサリーも。彼の隣に立てるように、浮かないように、必死に取り繕っていた。
けれど全て彼の一言で泡となってしまった。
「どうせフラれるなら好きにしたらよかったな。バーとか連れてかれたって何飲んだらいいかわかんないよ。」
「そんなの好きなの飲んだらいいじゃん。」
ほら、ワタちゃんならそう言うと思ったよ。
ワタちゃんの僕っ子も、紫のウルフカットも、男の子が着てそうなミリタリージャケットも、私が備えちゃいけない。私にはそぐわない。
「ワタちゃんはいいよね」
小一時間ほど飲んだ頃、つい言葉が漏れてしまった。ワタちゃんの顔が少しゆがんだ、ような気がした。
このまま言葉を続ければ嫌われてしまうかもしれない。もう一緒に居てくれなくなるかもしれない。
「いつも自分があって、好きな服着て、好きな髪型にして」
こんなのただの嫌味だ、皮肉だ。メンヘラの面倒くさいやつだって思われる。
口から溢れてしまう。心の奥に固めておいた後ろ向きな言葉が流れ出ていく。
「私の思いなんて知らないで。服選びも、髪型も、いつもどういう恰好だったら隣に立てるかなって」
それらは彼女に向けたのか、彼に向けたのか、もはやわからなかった。
一度溶け出した言葉はしばらく止まらなかった。
顔が熱く、視界が滲んでいる。肩が震え、俯いた顔を挙げることが出来ない。
沈黙が耳に響く。
カシュッ
恐る恐るワタの様子を伺うと、ワタの唇は八重歯が見えていた。
「初めて話せたかもね。」
普段いくら進められても飲まない缶ビールを持っている。
「乾杯しようよ。」
なぜかすり減らしてきた笑顔も無駄ではなかった気がした。
愚痴やケンカも取りこぼさずに傷つきたくなった。
cheers @azume_ryo
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