第2話 俺が異世界に転移するまでの……後編
「あ、起きた」
それが耳に届いた第一声だった。
目の前には若い女性の顔面があった。よく日焼けした褐色の肌だ。アイシャドウと口紅をばっちり塗ってる……いわゆるギャルだ。
「ええっとぉ、俺は何を……きみは誰なの?」
と言ってから、仰向けに寝かされている状態なのに気づいた。そして後頭部が温かい。俺はこのギャルに膝枕されてる!
「ひえぇ」
慌てて飛び起きた。
「え、なんでー、おじさんって膝枕嫌いなん?」
「いいえ、滅相も御座いません。きみのように若いギャ……娘さんから膝枕なんてされたら、その後で怖いお兄さんが登場するってのパターンだから」
「きゃは、おじさんって面白いねえ」
なんなのだ、このギャル。
と、いうかなんだここ。
何もない空間だった。全てが白一色。そこにソファがひとつ。俺がルーチンでチョコアイスを囓ってた、あのソファに似ていた。
ギャルはそこに座って「おいで、おいで」とキャバ嬢のように俺を誘った。もっともキャバクラなんて行ったことはないけど。
「ここはどこなんですか」
俺の問いかけに人差し指を頬に充てて「うーん」と首を傾ける。ギャルなのに時々ロリっぽい仕草をする。
「天界」
突然、意味不明な単語を呟いた。
「ん、なに?」
「だから、ここは天界。厳密にいえば天界の入り口」
ギャルの口元が「にやりっ」と口角があがった。知ってる。これは何か悪巧みを考えているときの表情だ。
「確かに俺は死んだ。それは認めよう。でも、天界とか……そんなラノベみたいな話があるわけない。俺はもう中年だぞ。十代のガキじゃあない。そもそも、ここが天界だったらきみは何者だね。まさか女神とでも言うのか」
喋りながら、興奮していくのが自分でもわかった。天界、死後の世界、そんなものあるわけが……でも、ちょっとまて。このギャルは、だったらいったい、「誰なんだよぉ!」
「だからあ、女神だよ」
「……は?」
「ああ、疑ってるな。あたし女神さまだぞ」
「いやいや、そんな無駄に日焼けして、肌見えまくりのブランドもの服着こなしてるギャルが女神とか、それは無いわー、絶対ありえん設定だわー」
「んー、じゃあ」
ギャルは立ち上がると軽く手を「ぱんぱんっ」と叩いた。
目の前にあった、ちょっとノスタルジーをくすぐるソファが消えた。
次に白一色の世界が眩しい光に満たされる。ギャルは、そう俺の前に立っていた褐色の女性は両手を大きく広げる。天から降り注ぐ別ベクトルのライトシャワーに包まれた。髪がふうわりと泳ぐ。表情が柔らかくなり、何故か良い香りもした。
その背から見事なまでの白い羽が生まれ出た。羽毛が周囲に舞い散り、細かく霧散し、視界を埋め尽くした。ただ、圧巻だった。
「女神さまだ」
俺は膝をついて両手を胸の前で握った。
「信じていただけましたか、
口調まで変わっている。
「はい。信じます」
「じゃあ、そういうことで……ああ、しんどい」
「は?」
あっという間に周囲は元の白一色、神々しかった女神さまはギャルにお戻りになられた。
「あー、っとどういう」
俺は混乱していた。
「だって、あの姿って結構キツいんよ。いつものこの格好が楽でいいわあ」
「ひとつ、お聞きしても宜しいでしょうか」
「うん、何?」
「……背中に羽根が生えてましたが」
「そうだよ、女神だもん」
「いえ、羽根が生えているのは天使であって……」
うお、急に脇で首を絞められた。女神とはいえ、こんな若いギャルに隙をつかれるとは、さすが俺。女子高生に腕相撲で負けるレベルだもんなあ、死んでもそこは変わらないんだな。
「おじさん、細かいことにウザい。いいのよ、ああいうのは雰囲気なんだから」
脇締めされながら思った。このギャル、けっこう大きい。顔の横半分がおっぱいに埋もれている俺。これって、後で怖いお兄さん……怖い神様が出てきて「おい人間、そこでジャンプしろ」とか脅されないよな。
「おじさんに謝んなきゃ、いけないんよねえ」
女神としての役割を思い出したのか、ギャルは急にしおらしくイジイジしながら喋りはじめた。
「謝る? 何を」
「実はさあ、おじさんの人生パラメータがこっちのミスでおかしくなってたんよ」
「意味がわかりません」
「つまりね、おじさんの人生って本当はもっと楽しいハズだったんよ」
「……あ、いや。それなりに楽しかったぞ。カネには苦労したが」
「そう、それ。天界で作成した予定表では、おじさんお金持ちになる予定だったんよ」
「どういう?」
「おじさん、小説の新人賞に応募したことあったよね」
「ああ、若い頃に。一次選考にすら名前が無くて、才能無いのだと。すっかり忘れていたけど」
「本当はあれ、受賞するハズだっ……た……んよねぇ、ごめん」
「な、なにぃ!」
「予定表では受賞したあとで「天才新人」とか騒がれてテレビにひっぱりだこ。ベストセラー何作も書いて、海外でも評判でハリウッドで映画化もされるんよ。おじさんの名前TAKUMAは世界を席巻するわ。ハーフの美女と結婚して女の子を一人もうけるの。日本以外にイギリスのロンドンとイタリアのベネチアに別荘も持つんよ」
「……なんですか、それ」
「おじさんの、本当の人生」
「いや、俺って道路工事で交通誘導やって、薄給生活してたんすけど」
「それは間違った人生」
「間違えたのは……」
「ほんとぉに、ごめんなさい。ああ、でもあたしが悪いんじゃないんだからね。天界のAIにバグが入り込んだんだから。仕方ないのよ」
「バグ……プログラムミスのことじゃあ」
「何言ってんの、バグよ。AIが動いてる量子コンピュータの中にバグが入り込んだの。卵まで産み付けてのよ」
「掃除しろよぉ!」
「とにかく、天界としてはおじさんに謝罪しなきゃいけません。これを放置したら神様の信頼も落ちるからね」
「いや、すでに俺の中では落ちた」
「これから行く死後の世界で、おじさんの希望をふたつ叶えてあげます」
「ふたつ……ケチ臭い」
「なによぉ、本当は死後の世界は問答無用で行ってもらうんよ。神が下劣な人間の希望なんて聞いてあげるわけないじゃん」
「さらに信頼落ちたな」
「さあ、希望を言いなさい。何でもいいわよ」
急に言われても、困ったな。そもそも死後の世界なんてどんな場所か知らないからなあ。
「場所の設定とかも可能なんですか」
「良いわよ。大自然豊かなサファリとか未来感溢れるスペースコロニーとか」
「ううむ、想像していた死後の世界と違う……つまり異世界も可能か」
「ふーん、異世界かあ。そういえばラノベ好きだもんね」
「あ、こいつ俺の考え読みやがった。っていうかラノベなんて好きじゃない。俺はもう中年だぞ、そんな十代のガキが読むようなもん……で、でも悪くない、です」
「じゃあ配置はエルフとかドワーフがいる異世界ね。もうひとつは?」
「パートナーが欲しい、です」
「どんな?」
「出来れば、あの小さくて、可愛くて……」
「いいわよ」
「ほ、ほんとうスっか。ああ、俺は別にロリコンじゃないし、そのぉ、そういう意味じゃないんですよ。たんに、ほら可愛い女の子が好きなだけで」
「うん、わかったわ。用意します。いつもそばに一緒にいる小さくて可愛い子ね。オッケー」
マジか。
俺の人生変わる。確実に変わるぞ!
* * * * * * * *
な、なんでじゃぁぁぁッ!
俺は絶叫した!
転移した俺の前にいたのは野性味あふれる男臭い野盗の集団だった。
俺の命は間違いなく風前の灯火だった。
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