絶対に遊びまくりな彼女がなかなか浮気しません

三葉 空

第1話 弱いから悪い

 そこまで陰キャではないが、決して冴えている方ではない。


 16年ほど生きて来て、そのことは自覚している。


 ただ、それでも、どうしたって憧れくらいは抱いてしまう。


 無理だと分かっていても、想像してしまう。


 妄想してしまう。


 サラサラとなびく黒髪がきれいな、あの子と付き合って。


 楽しい思い出をいっぱい作る、自分の姿を。


「ほら、また見ている」


 目の前の男が、ニヤリと笑っている。


昇太しょうた、お前ってば本当に好きなんだな、佐伯さえきさんのこと」


「いや、その……」


 慌てる俺の様子を見て、友人の大貫隼士おおぬきしゅんじはニヤけ面のまま、


「で、いつ告んの?」


「いや、告るとか……無理だから」


「何で?」


「いや、だって佐伯さん、モテるし……俺なんかじゃ、釣り合わないだろ?」


「そんなことないって。当たって砕けろ」


「砕けるのはなぁ~」


 俺はため息をこぼす。


 そして、目の前の友人を改めて見る。


 こいつ、陽キャで結構イケメンだから。


 もしも、俺がこれくらいのルックスだったら、告白くらいは出来たかもしれない。


 佐伯芽衣めいさん。


 清楚な黒髪ロングの美少女。


 大人しくて優しい性格だから、1年生の頃から男子もアプローチしまくって。


 でも、誰かと付き合ったという話は聞いたことがない。


 恐らく、みんな丁重にお断りされたのだろう。


 そして俺は幸運にも、1年生、そして進級した2年生でも、同じクラスになれた。


 けど、いつもずっと、教室内で眺めているだけ。


 あの可憐な天使の姿を……


「……お前がモタモタしているなら、オレがもらっちゃおうかな~?」


「えっ?」


「なーんて、冗談だよ」


「び、びっくりさせるなよ」


 確かに、隼士はイケメンだ。


 けど、佐伯さんとはタイプが違うというか……うん。


 だから、付き合うことはない……と思う。


 ていうか、もしこいつが本気だったら、1年生で同じクラスだった頃から、アプローチしているはずだし。


 そう、こいつはもっと、同じ陽キャの……ギャルとかが似合う。


 俺はチラ、と目線を向ける。


 その先には、友人と駄弁りながら、ポチポチとスマホをいじる女子……ギャルがいた。


 舞浜里菜まいはまりな


 佐伯さんとは正反対のタイプだけど……まあ、可愛いと思う。


 まあ、絶対に俺なんかが関われるタイプじゃないけど。


 隼士には、あっちの方がお似合いのような……


「……んっ?」


 ふっと、舞浜さんがスマホから目線を上げる。


 一瞬、目が合って、俺はビクッとした。


 速攻で、目線を逸らす。


「おい、昇太。1週間以内に告れよ」


「だから、無茶ぶりすんなって」


 全く、明るい陽キャくんは良いなぁ、楽しそうで。




      ◇




 2年生になってクラス替えをしたけど、1年生の頃から友人の隼士がいたから、そこまでソワソワする感じはなかった。


 けど、何だかんだ、慣れない空気もあって。


 ほら、あのちょっと近寄りがたい、ギャル子さんとか……


 まあ、1週間ほど経って、新しい空気にも馴染んで来たんだけど。



 ピロン♪



「んっ?」


 ある晩、風呂上がりに部屋でくつろごうとしたら、スマホが鳴った。


「何だ、隼士か」


 メッセが届いていた。


 まあ、どうせ、また佐伯さんに告れとか、そんなことだろうけど……



『佐伯さんと付き合うことになったわ』



 …………


「はっ?」


 声に出してから、スマホで返事を打つ。


『はっ?』


 同じように。


『誰が、佐伯さんと……?』


『オレが』


 スマホが手から滑り落ちそうになった。


『悪いな、昇太。でも、言っただろ? オレも佐伯さんに告ろうかなって』


『あ、ああ……』


『お前にも、1週間以内に告れって……忠告してやったぜ?』


『忠告って……お前……』


『悪いな、昇太。友人のお前に対して、ヒジョーに申し訳ないが……恋は戦争だ』


『うっ……』


『特に若い内はな……早いとこ、良い女はモノにして、色々と経験を積まないとさ』


『お前……佐伯さんも、ステップアップの1つってか?』


『まあ、いくら美少女でも、卒業後まで付き合うってのはないだろ。せいぜい、同窓会で再開して、そこからセ◯レになるみたいな♪』


『お前……サイテーだな』


 本当に、こんな奴があの佐伯さんと……?


『まあ、詳しいことは、明日ガッコで話してやるよ』


『……いい、聞きたくない』


『あっそ……じゃあ、またな』


 俺はスマホを勉強机の上に置くと、ベッドに身を投げた。


 叫びたい、暴れたい、けど……


「……マジか」


 圧倒的な虚無感が、静めてくれた。




      ◇




 翌日。


 学校をサボろうかと思った。


 けど、さすがにそれは情けな過ぎるから。


 鉛を仕込まれたかのように重い体を引きずって、何とか登校する。


 でも、ずっと机に突っ伏していた。


 隼士と顔を合わせたくないし。


 あいつもまた、そんな空気を読んでか、今日は俺に近寄って来なかった。


 そして、放課後。


 俺にある種のチャンスが訪れる。


「あっ……」


 トイレから出ると、誰もいない廊下で、彼女と会った。


加瀬かせくん」


「佐伯さん……」


 1年生の頃からクラスメイトだから、これくらいのあいさつはする。


「大丈夫?」


「えっ?」


「何か今日、元気がなかったから」


 たったその一言だけで、嬉しくなってしまう。


 何て安い男だ。でも、仕方がない。


 そして、やっぱり信じられない。


 こんな良い子が、あんなクズと付き合うなんて。


「……ねえ、佐伯さん」


「なに?」


「あのさ、隼士と……」


 その時――


「――おーい、芽衣ぃ~」


 他に誰もいない廊下で響く、奴の声――


「あっ、大貫くん」


 佐伯さんは振り向く。


「おいおい、隼士って呼べよ。オレたちもう、付き合っているんだろ?」


「ちょっと、やめてよ。恥ずかしいから……」


 そう言って、頬を赤らめたまま、こちらに振り向く。


「……あのね、加瀬くん……そういうことなの」


 ……どういうことですか?


 マジで、本当に……


「……付き合っているの?」


 俺の問いかけに、佐伯さんは照れたまま、頷く。


 何て柔らかいハンマーだ。


 豆腐メンタルが、一瞬でグチャッと……


「……昇太」


 歩み寄って来た奴が、ポンと肩に手を置く。


「欲しかったら、奪い返しても良いんだぜ?」


「……何だと?」


「これって、NTR(寝取られ)……いや、BSS(僕が先に好きだったのに)……かな?」


「お前……」


 ギリリ、と歯噛みをする。拳を握り締める。


「お前は良いやつだから、友達のままでいたかったけど……悪い、性欲が勝った♪」


「……クズ野郎」


「でも、オレは何も悪いことはしていないぞ? 悪いのは……弱いお前だ」


 最後の一言が、グサリと深く、心臓に突き刺さるようだった。


 隼士はニヤリと微笑んだ後、クルリときびすを返す。


「行こうぜ、芽衣」


「あ、うん……またね、加瀬くん」


 最後に、天使が手を振ってくれる。


 わずかに、心がうるおいかけるけど……


 すぐさま、絶望が押し寄せる。


 幸せオーラを放つ2人をよそに、俺は1人……ゾンビのように歩いて。


 フラフラと、今にも倒れそうになって――


「――どしたん?」


 その声に、ハッとする。


 チュー、と音を立てて、紙パックの牛乳を飲むのは……


「……ま、舞浜さん」


「あんた……ゾンビみたいな顔しているけど、大丈夫?」


「いや、その……ハハ」


 もはや、笑うしかない。


「ふぅ、仕方ないなぁ」


 小さくため息をこぼした彼女は、次の瞬間……


 にゅぽっ。


「むぐっ?」


 俺の口にストローを差した。


 今し方、自分が飲んでいた、牛乳のそれだ。


「ほら、吸いなよ」


「む、むぐっ?」


「ママのおっぱいみたいにさ」


「ぶふっ!?」


 俺は盛大にむせた。


「ちょい、大丈夫?」


 舞浜さんは意外にも優しく、背中をさすってくれる。


「ご、ごめん、ちょっと……」


「いや、今のはあたしも悪かったわ、許して」


 そう言いつつ、また牛乳をちゅーと飲む。


「あっ……」


「んっ?」


「いや、そのストロー……」


「ああ、間接キス? 別に気にしないよ、処女じゃあるまいし」


「……で、ですよね~」


 分かり切っていたことだけど。


 やっぱり、経験済みだよなぁ~。


 ゴリゴリの黒ギャルじゃない、可愛い白ギャルさんだけど。


 絶対、昔からモテていただろうし。


「で、どしたん?」


「あ、いや、その……」


「バーガーでも食うか?」


「はい?」


「駅前んとこ。仕方ないから、おごってあげる」


「いや、あの……舞浜さん?」


「ほら、行くよ~」


 ゆるっとさらわれる。


 半ばゾンビ状態の俺は、あっさりと。




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