2.38

 思案長考するのは悪い癖であるがこんな時にも出てしまうとは難儀というか間が抜けているというか。戒めて改善していくための資料を作成しよう。後日な。



「始末はつけた。行こう。責任を放棄するための逃避行へ」


「別に責任逃れというわけじゃありませんがね。まぁなんでもいいや。じゃ、参りましょう……ちょっと失礼」


「うん? 窓など開けてどうした」


「ここから出ていくんですよ。照美ちゃんは受付の奥にある部屋にいますからね。物音で目を覚まして見つかったなんて間抜けな下手を踏む可能性もある」


「ははぁ。なんだか忍者のようだな」


「そんな呑気な事を言ってる場合じゃありませんよ。さ、早く行った行った。ここを真っ直ぐ進めば茶屋がございますので、その周辺にいてください。私は予定通り朝まで待って照美ちゃんを誤魔化した後に向かいますから」


「了解した。すまんな富士、なにから何まで」


「かまいませんよ。それにこういった悪戯は久しぶりでして、年甲斐もなく楽しんでいます。この辺の子供達を連れて蛍なんかを見にいきましてねぇ。懐かしいなぁ……」


「ノスタルジックなところ悪いがこれは私の人生がかかった一大事。すまないが懐古に付き合っている暇はないぞ」


「置き手紙を書きながら思案を巡らしてなきゃ、私の思い出話もできたでしょうに」


「存外嫌味な奴だな貴様は……分かった分かった。この逃亡が終わったら聞いてやるから。それでいいな?」


「それでしたら、若かりし日々の記憶を綴った長編小説をノベルアッププラスに投稿しておりますので、後程リンクを共有いたします。あ、そういや旦那はスマフォをぶん投げてましたね。街に出たら格安SIMを契約しましょう」


「あぁ」



 何を言っているのかさっぱり分からんが説明を聞いている時間はない。今はただ黙って頷き生返事。窓から飛び降り「しばし達者で」と手を掲げ、抜き足差し足忍び足からの隠密ダッシュで森を走って息切れて、ようやく見えた麓のお茶屋。一休みしつつ、朝まで待とう。それにしてもさすがに喉が渇いた。近くに自販機でもないか探してみるか。どうせ暇だしな。


 辺りを見ながら茶屋まで近付き深呼吸。自然の香りが清々しい。図らずともバケーション。今は憂いを忘れて大地と緑を堪能しよう。





「お兄さん、どこへいらっしゃるのかしら」


「おわぁ!?」




 急に響く声! 誰だ!? 誰だ!? 誰だ!? あ、お前は!?




「照美!?」


「おはよう。よく眠れた? 私は全然。なんでだと思う? お兄さんを待ってたから」




 待っていた!? 筒抜け!? 情報漏洩!? うーんインシデント! これは重大過失だぞ!

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